備えあれば憂いなし?④

 一昨日キッチンを借りたときにも思ったけど、独身男性の一人暮らしにしては調味料や調理器具がそろっているし、料理をする手付きもやけに手慣れているから、この様子だと三島課長は普段から自炊をしているに違いない。


「料理は普段からされてるんですか?」

「簡単な家庭料理くらいはひととおりできるよ。父子家庭だったからな」


 料理をするようになったきっかけがなんであれ、料理のできる男性は私の周りにはあまりいないし、食べる専門で文句ばかりが一人前の護と付き合っていた私にとってはとても新鮮だ。

 共働きの多い現代社会において、きっと今後は男性にとっても料理は必須になると言っても過言ではない。


「それにあいつらが頻繁に飯をたかりに来るから、だんだんレパートリーが増えて今に至る」

「あいつら?」

「瀧内と伊藤」


 そういえば3人の関係が気になってはいたけど、昨日はなんとなく聞けなかった。

 普通は上司の自宅まで部下がごはんをたかりに来たりはしないだろうし、仕事の後や休みの日に同じサークルでバレーをやって、おまけに上司に送り迎えまでさせるなんて、3人は上司と部下よりももっと親密な近しい関係なんじゃないだろうか?


「ずいぶん仲がいいんですね」

「仲がいいっていうか……子どもの頃から面倒見てたから、ほっとけないっていう方が合ってるな」

「子どもの頃から?」


 予想外の言葉に驚き、剥いた玉ねぎを包丁で切る手を止めて三島課長の方を見ると、三島課長もお米をゆすぎながら私の方に顔を向けた。


「うちの親は来るし、昨日は驚いただろ?」


 三島課長は私が気になっていたのもお見通しのようだ。


「はい、まぁ……。ただの同僚ではないのかなって……」


 驚いたのは事実だし、隠してもしょうがないので本音を言ってみると、三島課長は研いだお米をボウルに移して水に浸し、手を拭きながら苦笑いをした。


「だよな。あいつら、俺のいとこなんだよ」

「……いとこ?」


 三島課長は冷蔵庫から卵を取り出し、慣れた手つきでボウルに割り入れ、菜箸でかき混ぜる。


「前にも話したけど、うちの両親は俺が中学のときに離婚して……」


 三島課長の話によると、三島課長の母親と瀧内くんの父親と伊藤くんの母親が兄弟で、どの家庭も子どもは一人で、すぐ近所に住んでいたこともあり、三島課長たちは兄弟のように仲良く育ったらしい。


「血筋なんだろうな。異性関係がだらしないっていうか、家庭とは別っていう考えの人たちだから、みんなそれが原因で離婚してる」


 6人いる兄弟全員が、そろいもそろって家庭よりもよその異性に拠り所を求め、不貞が原因で離婚しているそうだ。中には愛人とその間にできた子どもが何人もいるという、性欲と繁殖力の強い人もいるらしい。

 三島課長は、子どもの頃は父親が仕事で忙しかった上に、浮気三昧の母親にもろくにかまってもらえず、家政婦の作った料理で一人で食事を済ませる寂しい幼少期を送っていたと言った。


「両親の離婚後、子どもはみんなその一族じゃない方の親に引き取られて戸籍上親戚ではなくなったけど、俺たちは変わらずよく会ってた。それで俺があの会社に勤め出したら、特に俺になついてたあいつらも追っかけてきて入社して、何年か前にうちの親父と瀧内の母親が付き合うようになって、半年前に再婚した。成人してた玲司は三島の戸籍には入らなかったから、戸籍上は兄弟じゃないけど実質は弟みたいな……ややこしいだろ?」

「……ですね……」


 私の脳内会議では、また主任の私がホワイトボードに一族の家系図を書きなぐって、会議に出席している何人もの私が、そのややこしさに頭を抱えている。

 まさかの血縁関係に、私の脳はキャパシティをオーバーしかけてパンク寸前だ。


「巻き込んでおいて黙っとくのもなんだから話したけど……まぁ、あまり深く考えなくていいよ。佐野にとっては3人とも同僚ってことで間違いないだろ?」

「たしかに……」


 3人の仲の良さが、ただの同僚ではないからだということはわかった。ここは単純に『仲の良いいとこ』ということで良しとしておこう。

 そんな話をしているうちに三島課長は卵焼きを人数分焼き終えて、次は何を作ろうかと冷蔵庫を覗いている。私も具材の煮えただし汁の中に味噌を溶き、少しだけ小皿によそって三島課長に差し出す。


「味見してもらえますか?」


 三島課長は私の作った味噌汁を味見して、嬉しそうに笑った。どうやら気に入ってもらえたようだとホッとして火を止める。


「うまいな……」

「そうですか?」

「佐野の作った味噌汁、毎日飲みたい」

「えっ?!」


 まるで一昔前のプロポーズみたいな言葉に驚いて手を滑らせ、うっかりお玉を落としてしまった。

 三島課長もそれに気付いたのか、あたふたしながら小皿を調理台の上に落とした。その音がガチャンとキッチンに響き、私も三島課長も必要以上に驚いてしまう。


「いや、あの……それくらいうまいよ」

「……お気に召したようで良かったです」


 たかが味噌汁くらいで大げさだとは思うけど、そんな風に誉めてもらえたことが嬉しくて、人並みに料理ができて良かったと、生まれて初めて心の底から思った。



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