使えるものは親でも使え⑮

 三島課長に何があったのかは知らないけれど、関係のない私は口をはさむべきじゃないと思うし、話は簡単に終わりそうにないから、三島課長と瀧内くんを交互に見ながら、頭の中を一から整理することにした。

 潤さんというのが三島課長で、玲司というのが瀧内くん、ついでに志岐というのが伊藤くん。

 三島課長のお父さんが瀧内くんのおじさんで、ゆうこさんというのが三島課長のお父さんの再婚相手で、三島課長の継母にあたる人で、おまけに瀧内くんのお母さん……?

 三島課長のお父さんは、瀧内くんだけでなく伊藤くんのこともよく知っているようだった。

 それで結局、この3人の関係って……何?


「だったら自力でなんとかしてみなよ。小娘のひとりもあしらえないくせに。潤さんが要らないなら、佐野主任は僕がもらっていいよね」

「えっ?!なんで私が?!」


 瀧内くんが突然とんでもないことを口走ったので、びっくりして思わず大声を上げると、見事に声が裏返った。

 さっきはいつの間にか三島課長と結婚を前提にお付き合いしていたけれど、今度はなぜか瀧内くんにもらわれることになっている?


「要らないとかもらうとか、佐野に対して失礼すぎるだろう!佐野はものじゃないんだぞ!」

「僕がお嫁にもらうんだからそれでいいんだよ。佐野主任だって、ただ優しいだけの優柔不断で煮え切らない男なんかイヤですよね」


 いきなりそんなこと聞かれても困るってば!


「え?いや、あの……」


 さらに何がなんだかわからない状態になり、パニックで返す言葉も出てこない。


「佐野主任……いや、志織さんだな。志織さん、泊まりの用意してきてるんでしょ?これから僕の家に行きましょう」


 瀧内くんはいけしゃあしゃあとそう言って、私の右手を引いて立ち上がらせた。


「僕はだらだら付き合うより、早く結婚して一緒に暮らしたいな。なんなら今夜から一緒に住みますか?」

「えっ、今夜から?!」


 片手で私の腕を掴んで、もう片方の手には私の荷物を持ち、瀧内くんは私を引きずるようにしてリビングを出て廊下を歩き、玄関へと向かう。

 なんなの?このドッキリみたいなハチャメチャ展開は?!タネ明かしはまだ?!ホントもう勘弁して!!


「いい加減にしろ、玲司!佐野が困ってるだろう!」


 慌てて後を追ってきた三島課長が珍しく声を荒らげ、瀧内くんの手から引き離した私の腕を強い力で引き寄せた。その弾みで私の体はポスンと三島課長の腕の中におさまる。


「なに?僕に志織さんを取られたくないの?」

「……佐野はおまえのものじゃない」

「ふーん……?曖昧な言い方だけど、まぁいいか。おじさんにああ言った手前もあるし、みんなもいるから今日のところは引いてあげてもいいよ」


 瀧内くんは挑発的な口調でそう言って、スタスタとリビングに戻っていく。

 三島課長と私は呆気にとられてその背中を眺めていたけれど、三島課長は我に返ると私を抱き寄せたままであることに気付き、慌てて手を離した。


「なんかもう……重ね重ね本当に申し訳ないけど……今日から俺の婚約者になってくれるか?」


 なかなか変わった言い回しだけれど、しばらくの間、例のバレーサークルに参加するときと、ご両親の前でだけ婚約者のふりをすればいいんだよね?

 できることならなんでも協力すると言ったし、少しでも三島課長が幸せになるための役に立てると嬉しい。


「わかりました、お引き受けします」


 私が承諾すると、三島課長は少し恥ずかしそうに右手を差し出した。私も右手を出して三島課長の右手を握る。


「よろしくな」

「こちらこそ」


 入社して三島課長と知り合ってから何年も経つけれど、こんな風に手を握りあったのは初めてだと思う。

 束の間の偽婚約者だとわかってはいるけど、なんだか少しくすぐったい気分になった。


 こうして私は、三島課長の婚約者になったのだった。

 …………急場しのぎの偽物だけど。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る