使えるものは親でも使え⑥
用だけ済ませて三島課長の顔も見ずに帰るのも愛想がないし、せっかく仕事が終わり次第急いで帰ると言ってくれているんだから、待っているのが筋というものだろうか。
「三島課長の家のキッチンを勝手に使わせてもらってもいいなら、みんなの分作るけど……。あっ、もちろん簡単なものね」
「いいんじゃないですか?三島課長もその方が喜びますよ」
私も帰って一人で適当に済ませるよりは、みんなと一緒に食べた方が楽しい。
三島課長も独身の一人暮らしだから、私と同じように、仕事から帰った後に一人で食事を作ったり食べたりするのは面倒だと思うのかな。
一度にたくさん作れるものがいいのでカレーを作ることにして、材料を揃えるために食料品売り場をもう一周する。
「料理って作ってあげる相手がいればまだ頑張れるけど、一人だと急に面倒になるんだよね」
「やっぱり佐野主任と三島課長って似てますね。僕は料理はまったくしないし、その気持ちが全然わからないんですけどね」
あれが食べたい、これが食べたいと子どものようにわがままを言う瀧内くんに、お母さんのように手際よく料理を作ってあげる三島課長の姿を、容易に思い浮かべることができる。二人の関係って、きっとこんな感じなんだろう。
これは私の勝手な妄想だけど、三島課長はいい旦那さん、いいお父さんになりそうだ。
「三島課長って多分、理想の旦那さん像を地で行ってるような人だと思うんだよね。あんなに優しくていい人が、あの歳まで独身なんて奇跡に近くない?結婚願望とか、理想のタイプとかないのかな?」
「さぁ……それはわかりませんけど、忘れられない人がいるってことはチラッと聞いたことがあります」
「へぇ……」
忘れられないということは、三島課長は今でもその人が好きなのかな?
三島課長が一途なのはなんとなく想定内という気はするけれど、忘れられない人がいるから他の誰とも付き合わないということなら、その『忘れられない人』と一緒にならない限り、三島課長は生涯独身ということになってしまう。
一生独身を貫いてでも、どうしてもその人でないといけないくらい誰かを好きになれるって、すごいことなんだと思う。
私は誰かからそこまで深く愛されたことはないし、私自身もそこまで一途に誰かを思ったことはないから、少しうらやましいような気もする。
「僕らが入社するより前の若い頃に、秘密の社内恋愛で傷付いた経験があるらしいです」
「三島課長が秘密の社内恋愛……?」
私が入社した頃にはすでに誰からも慕われる優しい先輩だったから、三島課長が社内恋愛で傷付いたというのは正直言うとピンと来ない。
三島課長と直接そんな話をする機会があるかどうかはわからないけれど、もし私が護とのことや将来のことを相談したら、三島課長はどんな反応をするんだろう?
『そうか、俺も昔こんなことが……』なんて、経験談を語ったりするのかなと一瞬思ったけれど、やっぱり三島課長は自ら過去を話したりはしそうにない。その代わり、ただ真剣に私の話を聞いて、否定するでも考えを押し付けるでもなく、すべてを受け止めてくれそうな気はする。
「その後もいろいろあって、恋愛には慎重というか、臆病になってしまうみたいですよ」
「そっか、いろいろあったんだ……」
今まで聞いたことがない話だったから気にはなるけれど、三島課長がいないところで勝手に過去のプライベートなことをこれ以上聞くのは良くないと思い、あえてそれ以上は聞かなかった。
話しながら材料を探してかごに入れ、レジに向かおうとすると、瀧内くんがストローつきのコーヒー飲料をふたつかごに入れた。
「喉渇きませんか?そこのベンチでひと息ついてから三島課長の家に行きましょう」
「うん、そうだね」
レジで会計をしてもらっていると、入れた覚えのないチョコレート菓子がいくつかかごから出てきた。私の知らないうちに瀧内くんが放り込んだらしい。
「いつの間に?」
「さぁ?」
会社での瀧内くんはクールで口数も少なく、ついこの間までは人との間に壁を作っているように見えたのに、最近はわがままで子どもみたいな一面があることを知った。
警戒心が強い分だけ、心を開くとなついて甘えてくるのが憎めなくて、瀧内くんってやっぱり猫っぽいと思う。
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