使えるものは親でも使え⑤
「いや、迷惑なんて一言も言ってないし使ってもいいけど、ここ最近バタバタしてて家の掃除が全然できてないんだ。俺は今日もそんなに早くは帰れそうにないからなぁ……」
えっ、使ってもいいって?!
「掃除くらい伊藤先輩がやるから大丈夫です」
しかも伊藤くんが掃除をすることになってる……!
さすがの三島課長も、急には無理だと言って断るに違いないと思ったのに、私の予想に反してすんなりと三島課長の家の使用許可がおりた。
ここまで来ると『優しくて誰からも慕われる面倒見の良い人』を通り越して、もはや『いい人すぎて気の毒』なレベルだと思う。私も他人のことは言えないけれど、こんなにお人好しでこの先大丈夫なんだろうか。
「というわけで許可をいただきましたので、仕事が終わったら1階ロビー横の自販機コーナーに集合ということでお願いします」
瀧内くんは言いたいことをすべて言い切ると、三島課長を置いてさっさと歩き始めた。
「三島課長、何してるんですか。急ぎますよ」
「あ……ああ……」
呆気にとられてポカンとしていた三島課長はとっさに我に返り、慌てて瀧内くんの後を追う。仕事はできるし人望も厚いのに、どうして普段は黙って部下に振り回されてるんだろう?
「志織、私らも急がんと」
葉月が腕時計を私に見せた。あと10分ほどで昼休みが終わってしまう。
「あっ、そうだね。急ごう」
私と葉月は小走りで会社へ戻った。
ここ最近、以前と比べてやけに慌ただしいのは、私の気のせいではないはずだ。
仕事が終わった後、瀧内くんに言われた通り1階ロビー横の自販機コーナーに行って少し待つと、葉月と伊藤くん、瀧内くんがやって来た。
葉月のタコ焼きが絶品だと瀧内くんに教えたのは伊藤くんだったらしい。
三島課長は仕事が終わり次第急いで帰ると言っていたそうだ。
会社を出て4人で他愛ない話をしながら、歩いて三島課長の家に向かう。
「材料の買い出しとか部屋の掃除とか、明日でも良かったんじゃないの?」
「それだと焼き始めるのが遅くなるじゃないですか。タコ焼きってたくさん焼こうと思うと時間がかかりますよね、木村先輩?」
「そうやな。焼き出したら何時間も休まれへんから、買い物行って遅なったら焼くのめんどくさなるわ」
一体どれだけ焼くつもりなんだ。百個?二百個?
焼き出したら何時間も休めなくなるって、葉月はいつもどれくらいの数のタコ焼きを焼いているんだろうか。
それとも葉月に限らず大阪の人はみんなそうなのかな?
「ホンマは私も買い出しに行きたいねんけどな。タコとか粉とか、自分の目で見て選びたいやん?」
「いいですよ。じゃあ木村先輩は僕と一緒に買い出しに行って、佐野主任には伊藤先輩と二人で掃除をしてもらいましょうか」
ヤキモチ妬きの葉月の性格を見越して、伊藤くんと私を二人きりにさせると不安を煽ったのだろう。瀧内くんがわざとらしくそう言うと、葉月は少し顔をしかめた後、首を横に振った。
「やっぱりええわ。私は掃除しとくし、志織と二人で行ってきて。でも私が言うたやつ
「わかりました。じゃあこれ……お願いしますね」
瀧内くんは伊藤くんに鍵を手渡した。三島課長から家の鍵を預かってきたということは、瀧内くんは相当高い頻度で三島課長の家に出入りしているのだろう。家主の不在時に掃除することを許可される伊藤くんもそうなのかも知れない。
三島課長の家に向かう途中で二人と別れ、私と瀧内くんは会社から歩いて15分ほどの場所にある大型スーパーへ足を運んだ。
会社から近いとは聞いていたけれど、三島課長の家はこのスーパーのすぐそばで、徒歩通勤ができるくらい近いらしい。毎朝ラッシュアワーの満員電車に乗って通勤している者からすれば、本当にうらやましい限りだ。
スーパーで葉月に指定された通りのタコ焼きの材料と、その他にもサラダや簡単なおかずを作れるような食材とビールをかごに入れ、立ち止まって買い忘れはないかと確認する。
「ビールはこれくらいで足りるかな……」
かごの中のビールを数えていると、瀧内くんがお総菜のコーナーの方を指さした。
「今日の晩御飯はどうします?何か買っていきますか?」
「えっ、今日の晩御飯?」
「自分の家に帰ってからだと遅くなるし、そこから用意して食べるの面倒でしょう?」
「たしかに……」
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