See you lover,so goo!~修羅場遭遇~②

 伊藤くんは葉月を担いで躊躇することなく店の中を歩いていく。葉月は足をバタバタさせて、離せとか降ろせとか、伊藤くんに悪態をつく。

 周りの視線がかなり痛い。

 私はレジで会計を済ませ、そそくさと店を出た。


 店の前にはハザードランプを点滅させて、ワンボックスカーが停まっている。車の中では瀧内くんがうんざりした顔で待っていた。

 三島課長は運転席に座り、私を助手席に乗るよう促した。

 伊藤くんは葉月を後部座席に座らせてシートベルトをしめ、そのすぐ隣に座る。完全に臨戦態勢だ。

 三島課長は後部座席の二人の様子を気にしながら、ゆっくりと車を発進させた。葉月と伊藤くんは黙ったままにらみ合っている。


「佐野、木村の家知ってる?」


 赤信号で止まったときに、三島課長はナビを操作しながら私に尋ねた。


「知ってますよ。えっとたしかこの道を……」

「三島課長」


 私が地図を見ながら葉月の家の場所を説明しようとすると、伊藤くんが突然声をあげた。


「木村は俺が連れて帰ります」

「連れて帰るって……だから木村の家の場所を……」

「それは必要ないです、俺の家に連れて帰るんで」

「ええっ?!」


 私と三島課長は驚いて思わず大声をあげたけれど、2列目のシートに一人で座っている瀧内くんは、相変わらず興味なさそうに黙って前方の信号を見ている。


「私はアンタんちなんか行かへん!勝手なこと言わんといて!」

「勝手なのはどっちだよ!また逃げんのか?」

「逃げるって何よ!」


 葉月と伊藤くんがまた喧嘩を始めてしまったけれど、車の中では動けないので間に入ることもできず、私と三島課長は後ろを振り返ってオロオロするばかりだ。


「三島課長、信号変わります。前を向いてください」

「お、おお……」


 この中で冷静なのは瀧内くんだけらしい。


「葉月は俺のこと全然信じてくれなかったくせに、俺が転勤になって会えなくなったら他の男に乗り換えようとしたじゃん」

「はぁ?私はそんなことしてへんわ!急に音信不通にしたんはそっちやろ!」

「だからそれは!長期出張中に商談相手がコーヒーこぼして俺のスマホに思い切りかかって壊れたからだよ!急いで新しいの買ったけど、連絡先がわからなくて電話もメールもできなかったから出張終わってすぐに会いに来たけど、葉月は他の男とイチャイチャしてただろ!」

「私が他の男と?はぁ?そんなん知らんわ!」


 何か話がややこしいことになっているけれど、急に伊藤くんと連絡が取れなくなった理由はわかった。

 しかしそのあと伊藤くんが会いに来たことも、葉月に他の男の人がいたことも、葉月からは聞いていない。

 だったら伊藤くんの会った男の人って……誰だ?


「三島課長、僕コーヒー飲みたいんでそこのコンビニ寄ってもらえます?それに木村さんに水飲ませといた方がいいと思います」

「あ……ああ、うん、そうだな」


 三島課長は少し先にあるコンビニの駐車場に入り車を停めた。

 瀧内くんは場の空気を読むとか上司や先輩についていくということを考えないのか、さっさと車を降りようとしている。


「みなさんも何か欲しいものあります?」


 いや、むしろ後輩だから上司や先輩に気を遣って、欲しいものはないかと聞くのか?

 そういえば瀧内くんは、望みもしないのにやたらと修羅場遭遇率が高いと言っていたから、もしかしたら単純に、葉月と伊藤くんの修羅場から解放されたかっただけなのかも知れない。

 瀧内くんがコンビニに寄りたいと言ってくれたおかげで、ヒートアップしていた葉月と伊藤くんは若干クールダウンした状態になっているようだ。


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