こじらせた想い⑩

「もしもしーぃ?この間の返事やけどな、私アンタと結婚するわぁ。だから今すぐ未来の嫁を迎えに来てやー、頼んだでぇ」


 ずいぶんと一方的な電話だ。

 葉月は言いたいことだけ言うと、相手に返事をする隙も与えず勝手に電話を切ってしまった。


「ちょっと葉月……迎えに来いって言ったって、今のじゃ無理でしょ?場所とか店の名前とか言わないと、迎えには来られないよ」

「うーん……私、言わんかったっけ?いや、言うたよ、居酒屋熊八って」

「いや、言ってないし!それにここ居酒屋熊八じゃないし!」

「それでも私のことがホンマに好きやったら、どこにおってもわかるはずや」


 もう言ってることがむちゃくちゃだ。

 だいたい三島課長が来ると言ってくれているのに、茂森さんを呼んでどうする!


「せめてもう一度茂森さんに電話した方がいいんじゃない?迎えに来なくても大丈夫とか、どうしても来て欲しいなら場所を言うとか」


 葉月は「うーん」とうなりながらスマホをいじっている。一応私に言われた通りに、もう一度茂森さんに電話しようとしているみたいだけれど、どうやって電話帳とか発信履歴を出したらいいのかがわからないようだ。


「まぁええか、来たかったらあっちから電話してくるやろ」


 そう言って葉月がテーブルの上に置いたスマホの画面には、発信履歴が映し出されている。

 なんだ、ちゃんと操作できてるのに、酔ってわからなかっただけか。

 そう思ったけれど、発信履歴の一番上に表示されているのは茂森さんの苗字ではない。


「葉月、茂森さんの名前はなんだっけ?」

「なんやっけ……シゲオじゃなくて……タカフミやな」

「タカフミ?」


 発信履歴に残っている名前は『志岐』だから、どう考えてもこれは茂森さんではなさそうだ。

 だったら葉月はさっき誰に電話したのか?

 しかしこの『志岐』という名前は、なんとなく見覚えがあるような気がする。だけどそれが誰の名前なのかが思い出せない。

 私がそんなことを考えているうちに、葉月はついに限界を超えたのか眠くなってしまったようで、頭はユラユラ揺れて、重そうなまぶたは今にもくっついてしまいそうだ。

 さすがにこんなところで寝られると困る。せめて三島課長が来てくれるまではなんとか持ちこたえてもらいたい。


「ちょっと葉月……こんなところで寝ないでよ」


 軽く肩をつかんで揺らすと、葉月は頬杖をついて「うん」とうなずいた。


「……あのとき意地張らんとついて行っとけば、今も一緒にいられたんかなぁ……」


 葉月はうつむき加減でほんの少し笑みを浮かべながら、穏やかに話す。

 ホントに好きだった彼のプロポーズを断ったことを、葉月は今も悔やんでいるんだ。

 お節介なのは百も承知だけど、すぐ近くにいるならどうにかして素直な気持ちを伝えることだけでもできないものだろうか。


「ねぇ葉月……今からでも……」


 私が最後まで言い終わる前に、葉月は笑って首を横に振った。


「アホやなぁ……今さらそんなん言うたって遅いわ。だからもう忘れる。全部なかったことにするねん」

「……ホントにそれでいいの?後悔しない?」

「さぁ……どうやろ?そんなん後になってみなわからんな……」


 今どうすることが葉月にとって一番幸せなのか、それは未来の葉月にしかわからない。

 だけどできるなら葉月には、本当に好きな人に愛され求められて、二人で一緒に幸せになって欲しいと心の底から思った。





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