こじらせた想い⑨

 なんとかして葉月をなだめてお開きにしようとしていると、軽快な着信音が流れた。大阪人にはお馴染みのお笑い番組のテーマ曲だから、葉月のスマホだとすぐにわかる。

 葉月は着信音に合わせて鼻唄を歌いながら、ジャケットのポケットを探る。


「あらー、ないなぁ。どこ行ったぁ?あいつ足でも生えとんちゃうかぁ?」


 葉月はひたすらジャケットのポケットを探しているけれど、どう考えても着信音は鞄の中から聞こえている。


「そこじゃなくて、これ鞄の中で鳴ってるんだよ」

「ホンマかぁ?」


 鞄の中をごそごそ漁ってようやく取り出したスマホの画面には、三島課長からの着信通知が表示されていた。


「もしもしー、木村ですー」


 相手は上司だというのに、一声で酔っぱらいの大阪人だとバレる電話の出方だ。

 おそらく三島課長は仕事に関係することで急ぎの用があるから電話してきたと思うのだけど、こんなに酔っている葉月が三島課長の話を理解できるのか心配になる。


「ゆうあい生命の納品書ですかぁ?そんなんとっくの昔にできてますやん!私のパソコンの中ですわ。朝イチで?ハイ、よろこんでー!」


 大阪の居酒屋みたいなノリになってはいるけれど、なんとか会話は成立しているようだ。

 明日の朝までに忘れていなければいいけどと思いながら聞き流していると、葉月がまたコップに残っていたビールを一気に飲み干して、「三島課長、お話が!」と叫んだ。

 今度は一体何を言い出すつもりなのかとハラハラする。


「私、結婚して大阪帰ることになったんで、会社辞めます!」

『えっ、結婚?!会社辞めるって……ええっ?!』


 葉月の突然の寿退社宣言に驚いた三島課長の声が、スピーカーにしてもいないのにハッキリと聞こえてきた。

 三島課長の驚きぶりに葉月は至極ご満悦の様子だ。


「今、志織と飲んでるんですけど、三島課長もはります?じゃあ志織に代わりますねぇ」


 有無を言わさずズイッと差し出されたスマホを仕方なく受け取って電話を代わる。

 三島課長はかなり動揺していたけれど、葉月がかなり酔っているのを心配していて、私ひとりでは送るのも大変だろうし、とりあえず車で迎えに行くから店の名前と場所を教えてくれと言った。

 さすがは生き仏、どこまで部下思いで面倒見のいい上司なんだと感動すら覚える。

 電話を切ってスマホを返そうとすると、葉月はまたジャケットのポケットを探っていた。


「んー、ないなぁ……。どこ行ったんやろ?」

「何探してるの?」

「スマホスマホ」


 自分が強引に渡したくせに、それを忘れて探しているようだ。お笑いネタによくある、眼鏡は額のところにあるのに、それを忘れて『メガネメガネ』と言いながら探すやつに似ている。

 大阪人はみんな、酔うとナチュラルにギャグをやってしまうのかしら?


「葉月のスマホはここにあるってば」

「おー、そんなとこにおったんか」


 葉月は私の手からスマホを受け取り、何やら操作し始めた。しかし酔っているせいか、なかなかうまくいかないようだ。


「んー?これちゃうなぁ。あれー?どうするんやっけ?お、あったあった」

「何してるの?」

「気が変わらんうちにシゲに返事しよおもて。あ、かかった」

「えっ、今?!」


 泥酔状態でプロポーズの返事をするなんて、いくらなんでもあり得ない。一生に関わる大事な話なのだから、日を改めてシラフのときにするのがお互いのためだと思う。

 しかし時すでに遅し、葉月のかけた電話は繋がってしまったようだ。


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