そうと決まれば話は早い③

 誰に気兼ねすることもなくひとりでのんびり街を歩いて、自分のためにお金を払って美味しいものを食べるのも、気ままに映画なんか観るのもいいな。

 普段は休みの日に用もないのに外出なんてしないけど、今日は暇だし気晴らしに外に出てみよう。



 出掛ける用意をするためにクローゼットを開けると、デザインが気に入って買ったのに一度も着ていないワンピースを見つけた。買ってからずいぶん経つのになぜ着ていないのかと不思議に思いながら、鏡の前で体にあてがってみる。

 ああ、そうか。護に『その色好きじゃないし、そんな短いスカート似合わない』と言われ、クローゼットにしまいこんだままになって、着るタイミングを逃したんだ。それにここしばらくは休日に友人とも会っていないし、護とは私の家で一緒に食事をするくらいでデートなんてしていないから、着る機会もなかった。決して安くはなかったし、せっかく気に入って買ったんだから着てみることにしよう。

 ワンピースに着替え一周回って姿見でチェックした。普段仕事のときに着ている服より少しスカート丈が短めで色合いは明るめだけど、似合わなくはないと思う。


 家を出てどこに行こうかと考えながら駅まで歩いた。

 せっかく新しい服を着たことだし、いつもはあまり行かない場所に行ってみようと思い立ち、普段はめったに乗ることのない会社とは逆方向に向かう路線の電車に乗り、降りたことのない駅で電車を降りる。

 人の波に流されるようにして改札を出ると、にぎやかな通りにはいくつものショップが軒を連ねていた。

 建ち並ぶお店の中でも、落ち着いた雰囲気のインテリアショップが目についた。

 この際だからスリッパや食器などを買い替えて、思いきって模様替えもして、護と過ごした痕跡を部屋から消してしまおうか。そんなことを考えながら、店先に並ぶスリッパを手に取ろうとしたとき。


「あれ?佐野主任じゃないですかぁ」


 少し鼻にかかった甘ったるい声の女性が背後から私の名前を呼んだ。聞き覚えのある声の主は、不本意ながら心当たりがある。

 軋んだ音が聞こえそうなほどのぎこちない動作で、作り笑いを浮かべながらおもむろに振り返ると、そこには思った通りの人がいた。


「こんにちは。こんなところで会うなんて偶然ですねぇ」

「……こんにちは……。ホントに偶然ね……奥田さん……」


 よりによってなぜこの場所で、このタイミングで、別れようと決めたばかりの彼氏の浮気相手に会ってしまうんだろう?私って本当についてない。

 奥田さんはスリッパを取ろうとした手を思わず引っ込める私を不思議そうに見ている。


「お買い物ですか?」

「そういうわけでもないんだけどね……予定が流れて暇だったから、ちょっとブラブラしてみようかなぁって……」

「私もなんです!約束ドタキャンされちゃって、もう暇で暇で……!良かったらそこのフルーツパーラーで一緒にお茶でもしませんか?フルーツタルトが最高に美味しいんです!」


 たしかに甘いものは食べたい気分だったけれど、私はむやみにいろんな種類のフルーツが乗ったケーキは好きじゃない。それなのに何が悲しくて、奥田さんと一緒にフルーツタルトを食べねばならんのだ?

 浮気された女と浮気相手が甘いものを囲んで、フルーツを腐らせるほどの毒々しい会話をしろとでも?


『最近彼氏とあまり会えないの。仕事忙しいみたいなんだよね』

『それは仕事じゃなくて、ずっとうちに入り浸りだからですよ。明日はそちらにお返ししますね!』


 ……みたいな?

 それはもう地獄絵図でしかないでしょう。


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