乗り換えますか?①
実家からの帰りに、電車を乗り換えるため駅の構内を歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれ、驚いて振り返った。
「伊藤くんか……びっくりした……」
伊藤くんはスーツ姿で仕事用の鞄を持ち、肩から小振りなボストンバッグを提げている。ただの休日出勤にしては荷物が多すぎるから、一泊程度の出張の帰りだろうか。
「よう佐野、デート帰りか?」
伊藤くんはニヤニヤ笑いながら尋ねた。
これは明らかに冷やかしだ。本当はそう思っていないのが手に取るようにわかる。
「違いますー」
「わかってるよ。普通に考えて、デートなら土曜の夜のこんな早い時間に一人で帰すわけないじゃん」
わかってるならそんな野暮なこと聞かないでほしい。土曜の夜にデートに誘ってくれる相手もいない寂しさが余計に身に染みる。
「デートする相手もいなくて悪かったわね」
「悪くはないけど、晩飯まだなら一緒にどう?」
「もう食べた」
「じゃあおごるから一杯付き合ってよ」
相変わらず軽いノリだ。いや、コミュニケーション能力が高いと言うべきか。
こんな調子で男女問わず気軽に声をかけるから、伊藤くんのまわりには常に人がいるように思う。ただの同僚としてなら楽しくていいかも知れないけれど、これが彼氏なら浮気が心配でしょうがないだろう。
過去にどんな噂が立とうが、私にとって伊藤くんはただの仲の良い同期だし、伊藤くんにとっての私も多分そうだと思うから、なんの問題もないのだけど。
「まぁ……少しくらいなら付き合ってあげてもいいけど」
「よし決まり、早速行こう。ここの駅前に餃子のうまい店があるんだ」
伊藤くんは私の意見も聞かず嬉々として歩きだした。
伊藤くんが私を口説こうとしてるとか、瀧内くんから変な話を聞いて少し警戒した方がいいのかもと思っていたけど、いかにも伊藤くんらしくてなんだか安心した。二人で飲もうと餃子の美味しい店に誘われる私は、伊藤くんに女性としてまったく意識されてはいないようだ。
伊藤くんは店に入ると餃子を2人前と
まずは乾杯をして生ビールを喉に流し込む。
「一緒に飲むの久しぶりだなぁ。何年ぶりだっけ?」
「伊藤くんが異動になる前だから、3年くらいかな」
ビールを飲みながら他愛ない話をしていると、伊藤くんが注文した料理が次々と運ばれてくる。
ひとつひとつがけっこうな大盛りだ。本当にこの細い体のどこにこんな量が入るんだろう?
「佐野も酒のあてに適当につまんでいいよ」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
伊藤くんイチオシの餃子を箸でつまみ上げ、小皿の中のたれにつけて口に運ぶ。口の中で溢れる肉汁とキャベツの甘味がたまらない。
「美味しい!」
「だろ?佐野なら喜んでくれると思ってたんだ。遠慮せずどんどん食え!」
「うん!」
実家で晩御飯を済ませてきたことを忘れそうなほどの美味しさで、ついつい箸が進んでしまう。
伊藤くんはよほどお腹が空いていたのか、すごい勢いで料理を平らげ、餃子と焼売を追加注文した。
「すごい食欲だね。そんなにお腹空いてたの?」
「昼があまり時間とれなくてさ、コンビニのおにぎり2個急いで食っただけなんだよ。飢え死にするかと思った」
調子よく軽口をたたくところも相変わらずのようだ。
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