浮気現場目撃⑥
「じゃあ……橋口より好きになれる人探した方がええんちゃうかな。考えてみ?もし橋口が浮気やめて志織と結婚しても、わだかまりは残ると思うねん。また浮気されるかもとか、ずっと不安になったり疑ったりするで。そんなんで幸せになれると思う?」
「なれない……よね……」
護が浮気をする未来を3年前に知っていたら、私は護とは絶対に付き合わなかった。
それなのに護が浮気をしていると知った今でも、護はこの先もきっと浮気をするだろうと忠告されてもなお心のどこかで、護を信じたいとか、悪い夢だったんじゃないかなんて甘い考えを捨てきれない私がいる。
「護とならきっと幸せになれると思ったんだけどな……」
情けない声でそう呟くと、初めて好きだと言ってくれた日の護の笑顔が脳裏によみがえって、目の前がじんわりとにじんで、鼻の奥がツーンと痛くなった。
私が入社4年目の秋に商品管理部に異動した後、護が同じ営業部にいた時よりも頻繁に声を掛けてくるようになった。
何度も声を掛けられるうちにだんだん護のことが気になり始め、やがて一緒に食事をしたりお酒を飲みに行ったり、二人で過ごす時間が増えるのに比例して、どんどん護を好きになった。
何度目かの食事に誘われた帰り道、護はそれまで見せたことのないような真剣な顔で言った。
『好きです。俺と付き合ってください』
まっすぐな気持ちが素直に嬉しくて迷うことなくうなずくと、護は両手で私の手をぎゅっと握り嬉しそうに笑った。
私自身は全然知らなかったけれど、後で同僚から聞いた話によると、その頃私は営業部に勤めていた同期の伊藤くんと噂になっていたそうだ。
伊藤くんとは新入社員研修のグループが同じだったことがきっかけで仲良くなった。
研修が終わった後は同じ営業部に配属になったこともあって更に仲良くなり、他の部署に配属になった同期のメンバーも誘って近況報告を兼ねた飲み会を開いたりもした。
会社帰りに一緒にお茶を飲んだり、何度か二人で食事をしたこともあるけれど、私と伊藤くんとの間には噂のような男女の関係は一切ない。
一緒にお茶や食事をしても色気なんてまるでなくて、もっぱら世間話や仕事のことなど他愛ない話ばかりしている、ただの気の合う同期だった。
だけど護は噂が本当だったらどうしようと焦っていたそうだ。
護にとって私は同じ職場の先輩だし、ひそかに私に想いを寄せながらも、もしダメだったらと思うとなかなかその想いを打ち明けることができなかったけれど、私が異動したのを機に行動を起こすことにしたらしい。
私だけを一生懸命想ってくれていた頃もあったのに、どうしてあんな風に変わってしまったんだろう。
「どうすればまた私のことだけ見てくれると思う?」
「どうすればって言われてもなぁ……。私も女やし、男の考えてることはようわからんわ。まぁ、同性でも考え方は人それぞれなんやろうけどな。だって浮気相手の女の気持ちなんか、志織にはわからんやろ?」
「確かに……」
やっぱり護本人に浮気はやめてって言うしかないのかな?でももしそれで別れようって言われたら?
……ダメだ、今はそんな勇気ない。
現実的に考えて、いくら好きでも、好きだと言われても、平気で浮気をする人と幸せになれるとは思えない。それなのに私はこの期に及んで、護の笑顔とか優しさとか、私を好きだと言って抱きしめてくれた腕の温もりとか、そんなことばかり思い出している。
浮気なんて許せないし、護が奥田さんに言っていた言葉を聞いて傷付いたはずなのに、どうしても失いたくないなんて。
護を叩きのめすどころか、叩きのめされたのは私の方だ。
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