アライさん界隈と

太融寺智代

序論(1/3)(1/10)

SSLA日本支部、大阪大学大学院に付随する研究所の職員である狐火一香が、この半年、頭痛に悩まされなかった日は無い。

 

SSLA(Sand Star Laborities Association)は、サンドスターと呼ばれる物質、及びそれらが動物に接触した場合に引き起こされる現象の産物、アニマルガール(最も、一般的には「フレンズ」と呼ばれている)の研究を行う機関である。

サンドスターとは、少なくとも1900年代後半には発見されていたとされ、異常性や有害性は無いが、後述するアニマルガールの誕生を促す危険性がある。現状の科学技術では再現することは不可能で、小惑星説、放射線の影響で突然変異を起こした微生物説、詳しい出自も明らかでは無く、観測が可能なサンドスターはマントルと混ざり合っているため、火山活動及び地震によって地表に露出することも少なくない。空気より僅かに重く、体積に対して質量が少ないという特徴があり、分子構造は解析不能だが、肉眼では立方体のような形状をしている。


サンドスターには唯一と呼んでもよい特性があり、それが「アニマルガールを生み出す」ことである。サンドスターに接触した動物は、ヒト型に変化する。完全な「ヒト」になる訳ではあるのだが、元の動物の特性と外見をある程度保った形で変化する。例えばイルカは高い周波数の音を発し、反射音からその物体の特性を知る、という特性を持つが、アニマルガールにも継承されている。しかし、ヒトの発音の限界以上の周波数の音を出すことは出来ず、その代わり聴覚が発達しているとされている。現状で600種の動物のアニマルガールを観測しているが、その特性を完全に理解することは1匹たりとも出来ておらず、とどのつまり、「アニマルガールを増やさない」ことがSSLAの主な仕事でもある。


事件は半年前起きた。東京のとあるマンションで、アニマルガールが観測されたとの情報が入った。動物の種類はアライグマであった。


近くに大きな火山活動や地震も無く、現在は閉鎖されている桜島等の活火山周辺の土地に、住人が行った形跡は無かった。また、そのマンションはペットの飼育が禁止で、マンションの入り口には監視カメラが設置されているため、その映像を確認したところアライグマを持ち帰ったであろう痕跡は無かった。その部屋に宅配便を届ける業者の存在も無く、運送会社やドライバーに事情聴取を行っても、その部屋にアライグマが住み着くことと結びつくことは無かった。

マンションの住人は午前7時に自宅を後にし、午前1時に帰宅していた。俗にいうブラック企業の労働者という位置付けの人物であった。監視カメラが確認可能な1か月間のデータ、及び大家の情報からしても、この働き蟻がアライグマ(のアニマルガール)になることなど、通常であればあり得ないことであった。


一つ懸念材料があるとすれば、同時期にその住人が失踪していたことであった。連絡も取れず、関係各所のデータを洗ってみても、彼の所在をハッキリさせることは出来なかった。


不自然なアニマルガールの発生はこの一件だけに留まらなかった。半年前を皮切りに、日本各地、世界でも数件、アライグマのアニマルガールが誕生する現象が立て続けに起こっていった。現在で観測可能なアライグマは9000人(アニマルガールは単位を「人」としている)にも及んでいる。また、その発生源の人間も同時に失踪していることが明らかとなった。

人々は神隠し事件と囃し立て、メディアも多数取り上げたが、原因が明らかとなっていない以上、人々がその事件の真相を知る手立ては無かった。


しかし、SSLAの職員である狐火一香はとある仮説を立てていた。

それが、「人間のアニマルガール化」である。

通常、ヒトにサンドスターが接触した場合、そのヒトのクローンが形成される。このことはSSLAの最重要機密であり、条項で固く禁じられている。勿論一般人も知ることはない。

SSLA内でもこの仮説が提唱された。人間が失踪してることが大きく関わっていると踏んだからである。しかし、アライグマに変化すること、サンドスター接触の形跡が見られないことから棄却され、SSLA内でこの仮説を語る者は時代遅れか物好きであるとされた。狐火は後者であった。

 

何を隠そう、狐火はそのアライグマ化現象を目の前で目撃していたからである。

5か月前、狐火の部下である研究員の一人が突然発狂した。このことは珍しいことではなく、狐火の所属であるサンドスターの変化を調べる部門では、一日中サンドスターを見続ける必要性がある。とはいえ、サンドスターが物理的、観測は出来ないが分子構造的に変化することなど殆ど無く、一日中同じものを見続けることを何日何か月と続ける必要があったからだ。

狐火はこうなった時の対処法を心得ていた。温かい飲み物を渡し落ち着かせ、1時間別の研究員と仕事を交代させる。この日も別の研究員を呼び、コーヒーを淹れて彼の元へ向かった。

しかし、この日は様子が違った。

通常であれば、発狂を続ければ声は枯れ、かつ体力を消耗する為、叫び声は呻き声に変わる。しかし、彼は発狂を続けた後、声の一つも発さなくなった。その違和感は、狐火に自死の二文字を連想させた。彼は急いでその研究員の元へ向かった。

研究員は自らの研究室(という名目の観察室)を持つ。狐火が向かうと、その扉の先は何か光っているようであった。明らかに強い光であった。まるで、サンドスターが動物に触れた時のような。


扉を開けると、そこに居た研究員はアライグマのアニマルガールとなっていた。

 

そこからというもの、狐火はその研究員と共に、自らの手で物好きの道を切り開いた。アライグマ化現象が起こる背景、サンドスターの必要が無いアニマルガール化が起こるとすれば、世界が破滅するシナリオもあり得たからだ。研究員との対話を行いながらこの問題について調べる心づもりであった。

しかし、その展望は無残にも崩れ去った。研究員が、今度は本当に失踪してしまったからだ。音信不通となり、どこに行ったかも定かでは無い。曲がりなりにもSSLAのぢ職員であったのが災いし、彼はアニマルガールの扱いを心得ていたからだ。アニマルガールを発見した際にどのような手段でどのように保護するか、それを熟知していた。故に職員が彼を追うことは困難を極め、私の仮説を紐解く糸は、プツンと途切れてしまったのだ。


それに加え、研究員の失踪の3日後には、各地のSSLAの支部で保護していたアライグマのアニマルガールが脱走をし、今現在、只の一人も連れ戻すことに成功していない。恐らくSSLAの内部事情に通じている「彼」が手引きしているものと考えられる。

この事件以後も人間のアニマルガール化(仮)は頻繁に起こっているが、SSLAが保護することは殆ど成功しておらず、保護しても脱走を許してしまった。SSLAのヘッドクォーター達は特に気に留めることが無いといった様子ではあるが、これは由々しき事態である。

「彼」を含め、アライグマ達が何を企てているのか。

その目的とは何か。

そもそも、彼らは何処へ向かったのか。


狐火は、今日も頭痛に悩まされている。

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