第38話 運命をコントロールする力
《ありかの天眼は……言うなれば傘についた雨粒を、どの順番で滴らせるか自在に選択出来る力。直近の未来を望み通りに変貌させる力と言っていい。だが弱点はある。あれは広く浅い精神の焼きつけに過ぎん。炯眼と違い、まったく同じ命令のみ。それも10分程度しか持続しないものだ》
ライレン? それでもさ、この力はチートだと思う。
範囲が広すぎるし何より……人数に制限がないのはヤバい!
「
ありかちゃんの号令とともに、全員の目に深い青の輝きが満ちる。
正面門では入り口を閉めようとする10人ほどを除き、残りは列を成してこちらを食い止めようとしていた。手に棒やナイフを持って!
ライレンは列の護衛を散らすよう刀を振るっている。
無造作に振り回しているワケじゃなく、正確に鳩尾や首後ろを打つ動き。そのうち護衛の倒れた山ができそうだ。でも、切り崩したところから次々に補充され、なかなか門までたどり着かない。
さっきと違い、恐怖がないし無駄もない。アリとかハチみたいな群体。ただありかちゃんの命令を淡々とこなしている……大願が叶ったのなら、世界中がこうなるんだろうな。
単純に強い……単純に押し込まれる。
裏門のルートも考えたが、そこも誰もいないってことはないし、小さい出入り口を人で埋められたら私たちはどうしようもない。塀を越える? いや、とてもひと息で越えられない高さだ。止まった足を掴まれるだけか。
やっぱり作戦通り。閉じ切ってない正面門を抜けるっきゃない!
「
左右の扉、開閉部分に近い二人を炯眼で結びつける。
天眼の支配下から強引に奪い、命令を書き直すのはこの人数が限界。
二人が閉まりつつある扉を開けようとする。
しかし、速度を緩めただけで閉じていく扉は止められない。
そりゃそうだ。力関係じゃ8人と2人。綱引きなら勝負にもならないレベル。すぐに引き剥がされはしないものの、歯牙にもかからない。ほぼ無視されている感じ。
……たった2人。500人のうち2人でしか対抗できない。
そして向こうは数の利を最大限に使って来る。天眼強すぎないか!?
でもまだだ、負けてない――
ライレンが刀を振り抜いたところで、膝をつく。
息を吐き、片手をだらりと地面に落とした。
丸められた背中に向かって、護衛たちの武器が迫る!
「がうぅぅ!」
「ぐわぅ゛ぅ゛!」
私とシロが吠えたてながら、護衛たちを爪で引き裂く。
……よろめいて後退するが大したダメージはなさそうだ。
防刃チョッキって奴を着込んでいるらしい、用意が良くて助かる。
四つ足で伏せるようにして、ライレンと背中合わせになった。スカートならめくれてたかもだけど、宝珠を蹴っとばすスタイルで来たから問題ない。
私の威嚇ポーズに効果があったのか護衛たちの動きが鈍る。……まあシロのおかげだよね崇拝されてたみたいだし。無表情でたじろぐのはその、怖いな。
ふうっと一息入れて、紫雲山全体に意識を広げる。本堂からもうすぐ参加客とともに護衛たちが押し寄せて来る。人の波が私たちをのみ込み、一瞬で圧し潰されるイメージが思い浮かぶ。
急に不安が這い寄って来るのを感じた。みるみる心がしぼんで鈍っていく。手足が震えて、麻痺させていた恐怖を皮膚の下で意識してしまっている。
「メグッ! ライレン! 頼む!」
コウちゃんが短く叫び、その先頭を走って来る。
護衛たちすらもぐんぐん引き離して。
……ブレーキを考えてない。必ず扉が開くって信じている走り方だ。
炯眼が輝きを増す。
魂に火が付いたように燃えている。
そうだ。私がコウちゃんを連れて来たんだ。その先に導けなきゃ嘘だ。
「めぐみ。もういい」
「ライレン?」
「俺ではとてもありかには敵わぬ……何度か試みたが、一人として精神を奪い取ることはできなかった」
「……わかったわ」
立ちあがりこわばった全身から力を抜いた。指先はまだ震えている。
そのまま座り込んだライレンの肩に手を置く。
「つまり……プラン
「そういうことだな」
垂れ下がったままのリボンシュシュを指で弾き、
ライレンの真似をするように、私も笑う。
手足の震えがなんだ。逃げずに挑め、強い気持ちで!
すき間なく取り囲む護衛たちを見回し、
源処寺から吐き出されて向かってくる大群に、つんと胸を張る。
「私たちを圧し潰す? できるもんならやってみな!」
「わぅ! わおおぉん!」
* *
いま最も重要なのは……天眼で描いた筋書きに、私たちだけはアドリブで動けるってことだ。広く浅く精神の表面を焼きつけたくらいじゃ、炯眼で繋げているコウちゃんにも影響がない。
運命の流れみたいなものに、自分の力じゃどうしようもない時もある。
でも、もがいた手足は無駄じゃない。私はそう信じてる。
「力の限り、扉を開けて!」
「帰命頂礼。
赤と緑の輝きが前後に放たれる。
地面がライレンの触れた手から放射状に泡立ち、石畳がとろけていく。
護衛の何人かは足を取られ、私たちを取り囲む柵に綻びができた。ライレンがすり抜けざまに護衛を数人打ち据え、私とシロはそこから包囲網を抜けて正面門を目指す。
あとは扉を開くだけ! ほんの少しの時間でいい。
人ひとり、シロ一匹が通れるすき間を持たせる。それが私の役割だ。
コウちゃんがとろけた足場を跳んで進む。
普通の人は踏むまでに察知するのが難しい。慎重に見て歩くならともかく、全力で走りながらは私たちでない限り不可能だ。
現に後ろを追従する集団は立ち止まり、左右に展開して迂回している。
護衛たちが接近するコウちゃんに組み付こうとした……
が、誰も動けない。靴裏に根が生えたように向きも変わらない。
「ふしゅるるぅ、俺の法眼は形あるものの
ライレンのくぐもった声。
肌の鱗模様も、トカゲのような瞳も、言い終わるころには元に戻っていた。
ここだ。この瞬間。ここに希望がある!
炯眼の力を振り絞って、操っている二人の精神制限を外す。普段、無意識で抑えている筋力を引き出せば、人数が不利でも通れる道は開けるはず――
「めぐみ様。それは天眼に同じことが出来なければ、の話でしょう?」
「……そんな。扉が」
耳もとにありかちゃんの唇があるかのように、囁かれた。
距離のある本堂奥から精神に響いてくるのと同時に、正面門が護衛たちの手によって完全に閉められた。青い光を帯びた眼のまま、扉を軋ませるほどの力でずっと押し続けている。
「結局どうあがいても無駄なんですよ。めぐみ様が私の
「ぐ、く……コウちゃん止まって! 作戦変こ――」
「いいやまだだ! 炯眼を燃やし続けろ、めぐみ!」
ライレンの叫びを聞いて、切ろうとした炯眼の糸に意識を向けた。あざやかな緋色にどろどろとした
「今はリミッターが外れている状態なんだろう? それでいい。俺の法眼で増やした筋力を余さず生かせる精神ならば、数の利は無いも同じだ!」
源処寺の門が、まばゆい光をこぼしながら開いていく。
内側で押さえている8人がドミノのように倒れていった。
炯眼で操った二人は、目に見えて筋量が増えている以外に、何か妙だ。太陽のような黄色の……気のようなもので覆われている。
オーラ? 霊気?
どんなものか知らないけど、すごい生き生きしてる感じ。
そして私自身も、持て余すほどの力が炯眼に滾っている。
溺れるというか酔いそうな感じで、吐き気が込み上げるくらいだ。
「天眼が、未来が、
「ううぅ、あ、頭が割れそう。精神とか肉体を操るってレベルじゃない……これ、何でもアリだよ。ふふふ、あはははハハハッ! 生命を支配する力なんだ。この世界における生命を……!」
「めぐみ、気をしっかり持て。ここは引くぞ」
ありかちゃんの言う、一点の曇りもない日差しみたいだ。
汚らわしさを排除した正しさのかたまり。
その輝きに導かれるように、私たちは門の外へ駆け出した。
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