第18話 黄:昇る陽光かげりなく




  ҉     ҉




武市たけち!」

「ハイハイいるっスよ片桐さん! 追加資料っスか!? それか進展でも?」


 やや疲れが見え、投げやりな若者の態度に、

 いや……、と上司は答える。


「二週間くらい前、強姦ツッコミあったろ。現行犯の」

「……オリハラメグミさんの件ですか?」

「ああそうだ。アレだがな、もう一回洗いたい。先に本人に会って来てくれ」


 信じられない単語が出てきた。

 若者が口をつぐむ。即答を期待していたのか、上司は首を傾げる。


「……」

「返事はどこいった?」

「返事? ……その前に言いたいことがあるんですが、構いませんか?」

「なんだ」

「まず一つ。その案件で加害者は強姦罪に問われません。と言うより用語が古いです。それじゃ強姦も含んじゃってますよ。あくまで準強制性交等罪。彼女は、レ……姦淫されてた訳ではないですから」

「……そうだったな」

「二つ目は……なぜ今になって彼女に聞きこむんですか? その背景は?」

「いま追っている路地裏の変死事件と……昨晩起きた路上殺傷事件。その二つに関わった可能性がある」

「ああ、昨日路上で三人切り殺されてた奴ですか。あれってヤクザの抗争かテロがらみだと思っていたんですがね。特対課ここの管轄になるってことは……まあそれはいいや。案件ぜんぶが繋がっていて、オリハラメグミさんは事情を知っている、かもと」


 若者はまっすぐに上司を見据える。


「それで聞き込みに足る状況、あるいは証拠があるのですか?」

「まだだ。確証もない」

「へえー、ならあと一つだけ言いたいっス……ふざけてんじゃねえぞ」


 魂の癖。信念に反したものを拒絶するかのような、

 静かな怒りに若者は震えていた。


「二週間前、彼女から話を聞いたのは自分です。片桐さんも部屋の隅っこに居ましたよね? 心神喪失、抗拒不能のうえ警察が駆けつけるまで加害者に暴行されてた……もう彼女は……ああええと、社会への復帰には時間を要するでしょう。男性、いや対人恐怖症になってもおかしくない。それで? そもそも会話が出来るかも分からない……そんな彼女に何を聞けってんです?」

「……」

「断言してもいいですが……彼女はいま、自分の身に起きたことをどうにかして乗り越えようとしていますよ。あたし達が引っ掻き回したって、彼女が傷付くだけだ……あんたお得意のって奴だけでどうこうしたくない」

「言いたいことはそれだけか?」

「……ああ?」

「ならすぐに行動しろ。立ち止まっていても、事件は待っちゃくれねェ」

「片桐さん、あんたいい加減に……! え? ……あれ」


 一瞬若者が


「どうした?」

「……いえ、何も。資料と防犯カメラの見過ぎっスかね」

「幻覚ならいい医者紹介してやろうか。それか特対課ウチで働いてりゃあそのうち気にならなくなるかもなァ。今からでもここに決めて異動してくる気はないか? 歓迎するぞ」

「絶対やです……っていうかそれ、今は関係ない話でしょう」

「大いに関係あるし、話は変えてないが……まァ彼女に聞き込みにいけるのは特対課広く人材多しと言えどお前くらいのモンだろう」


 若者はため息をつく。

 もうに意識は向いていない。


「特対には……片桐さん一人しかいないでしょーが」

「今だけはお前がいるさ、武市。鑑識に寄ってから行け。土産がある。彼女が多少しゃべりやすくなるかもしれん」

「ああ……なんだ。やっぱりそう言う角度のっスか。人が悪いなあ片桐さん。勝手に見損なうとこでしたよ」


 けらけら笑いながら外に向かう背中に、上司が声をかける。


「もし今度。お前個人の私情を挟むようなことがあれば……」

「ここからも追い出します?」

「いや。その時は、俺達の背負ってる代紋を思い出せ」

「……東天に昇る、かげりない、朝日のきよらかな光。って奴ですか」

「そうだ。判断は任せる。責任は俺が――」

特対課ウチらの連帯責任ってことで、好きにやるっスよ」




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