【短編】青春したい葵ちゃんと神回避する翔斗君

近藤銀竹

第1話 食パンヒットマン

『ショート、金崎……』


 びくうっ!

 テレビの野球中継を見ながら家族で食事をしていたあたしは、アナウンスを耳にした途端、箸でおかずを挟めたまま身体を跳ねさせた。

 宙を舞うきんぴら。


「葵、大丈夫か?」

「う……うん、大丈夫だよお父さん。ご馳走さま!」


 慌てておかずを掻き込み、食卓を離れる。

 危なかった~。


 あたし、大杉おおすぎあおい

 ちょっぴりドジで無鉄砲な中学二年生。

 只今、同じクラスの湯沢ゆざわ翔斗しょうと君に絶賛片思い中!


 ぱっちり二重の目。

 さっぱり短髪のさらさらヘアー。

 スポーツ万能。

 勉強も……これはそこそこ。


 今ビクついたのも、あたしの耳が「しょうとショート」というワードを濾し取ったからに他ならない。

 気になって気になって仕方がない翔斗君と、もっと仲良くなりたい……


 そしてあたしは見つけた。

 お母さんの部屋にあった漫画――そこに男の子の攻略法が!

 今日、あたしは攻略法を実行し、翔斗君ともっと仲良くなる!



   ***



 朝の通学路。

 目の前には塀が聳えるT字路がある。

 あたしが立っているのが優先道路だ。


 無鉄砲なあたしは、数週間の調査を行った。その結果、今から六分四十五秒の間、右に延びた道から出てくるのは百パーセント翔斗君だということがわかった。

 ドジなので、曲がり角が確認できるように、左の突き当たりに小さな鏡を設置する。


 準備は整ったわ。

 あとはお母さんの漫画にあったとおりに粛々と事を進めるだけ。


 鞄からラップにくるまれた食パンを取り出す。

 ラップを外し、口に咥える。

 気分はまるで、忍術を使うくノ一だ。

 髪はショートボブだから、風になびいて曲がり角から見られる心配はない。


 小さな足音が微かに響いてくる。スニーカーだから殆ど聞こえないけど、あたしの鼓膜は確かに音を捉えた。

 クラウチングスタートの体勢をとり、耳でじっと距離を測る。


 三……二……一……

 GO!


 アスファルトを蹴り、一気にトップスピードへ。

 あたしのソナーはドンピシャの距離を聞き取っていた。

 速度を緩めずにT字路へ飛び出す。

 目の前には眼を見開く翔斗君。

 よし。

 そのままパンを咥えて頭突きぃっ!


「大杉さ……」


 タンッ。

 スニーカーのグリップを生かして半回転しながら回避する翔斗君。

 凄い運動神経! かっこいい!


 あたしは躓いたふりをして慣性力を殺し、斜め下から頭突きを掛ける。


「だ」


 相手は逆に腕で慣性を発生させ、回避する。


 負けないっ! ホーミングよ!


「い」


 突く。回避。

      突く。回避。

           突く。回避。


「じょう」


          突く。回避。

     突く。回避。

 突く。回避。


「ぶ」


 回突く。避。   突く回避    突く。回避。 

             突く。

           回避。

       突く。

    回避。


「かい?」


 翔斗君が着地して身体の向きを変える。

 一瞬の好き……いや隙。


 チャンス!

 あたしは首をコンパクトに振り、相手の顎に狙い済ました一撃を……


 ポロッ。


「「あっ」」


 だ……大事なところでパンが千切れた~っ!

 落下するパンを、つい眼で追う。


 そして、やけにスローモーションで落ちていくパンは、翔斗君が差し出した掌にスッとおさまった。

「あ、ありが……」


 ぱくっ。


「え?」


 お礼を言い終わる前にパンを口に運ぶ翔斗君。


「あ……あ……」


 もぐもぐごっくん。


「大杉さんちって、いいパン食べてるね」


 言い残すと、翔斗君はそのまま走り去った。


「遅刻するよー!」

「え? ちょ、あたしのパン~」


 慌てて追いかける。


 あーあ。

『曲がり角で衝突から急接近作戦』は、失敗しちゃった。

 やっぱり、勢いで漫画の真似しても、ダメかー。


 でも、今朝のアクシデントも楽しかった!

 ちょっとだけ、仲良くなれた気がする!

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