幽霊の正体見たり
「さあ、今日も始まりました! 雑食系YouTuberダイマルがお届けする心霊チャンネル、『よろしく四苦八苦』第84回!」
俺は編集後の画面を頭に浮かべながら、それらしく目を細めて後方の暗闇を指差した。意図して照度を絞ったライトが照らすその先では、夏に盛った青草たちが何とも言えない不気味さで揺れている。
視聴者映えする動画を作るにあたって、最も大切なのは画角だと俺は考えている。テンポや色味なんかは、後からいくらでもごまかしが効く。だが臨場感や躍動感に直結する画角だけは、撮った
大切なのは臨場感。つまりYouTube動画は生々しさが命。時には、カメラの手ぶれさえもありがたく活かすべきだ。
「
「分かりましたダイマルさん。じゃあ撮りますよ」
微調整を加えての2テイク目を、俺と後藤くんは阿吽の呼吸で撮り直した。もう二年近く一緒にやっていることに加えて、彼の元々の順応性の高さが撮影をスムーズにする。
「オッケーばっちりです。サムネイルの素材として数カット撮りますね。真顔と変顔、両パターンお願いします」
「良いね後藤くん。頼もしいわ」
適当な雰囲気の古木を背に、サムネイル用の素材を撮っていく。動画再生数に直結する一枚だから、撮影の随所随所でカメラに収めて莫大な枚数から選び抜くのだ。
古木に別れを告げ、足元の悪い
「あ、後藤くん。そこ段差あるから気を付けてな」
ハンディカムを構えたままの後藤くんが、「あざっす」と言って軽く頭を下げた。撮影中であっても、口パクでってわけじゃない。むしろ今のやり取りは、編集後も積極的に使っていくべきシーンであろう。
【2:33 ここのダイマルさん、地味に優しくね?】
【愛されてる後藤くんすこ。たまに天然炸裂で可愛いし】
そんなコメントを想像しながら先へ進む。地上波であれば、撮影時の裏話として終わってしまう小さなやり取り。そんなやり取りさえ動画内で活かせるのが、YouTubeの醍醐味であり強さではないか。最近では、後藤くんのファンだという書き込みまで散見するようになった。
「いいね。俺やっぱ好きだよこの仕事」
「ちょっとダイマルさん? そのコメントは流石にイミフです。使えませんよ」
「没にするかどうかは、後で決めればいいよ」
「いや、没でしょ今のは!」
【3:50 ダイマルがいきなり感傷モード】
【後藤くんもう嫁で良いのではwww】
微笑ましいコメントを想像して、思わず頬が緩みそうになる。この喜びが、後藤くんには分からないかもしれない。自分たちの作りたいものだけを世に放てるこの喜びが、どれだけ貴重なのかを。
例えば楽曲のレコーディングであっても、NGテイクはNGテイクだ。渾身のOKテイクであっても、後からピッチや音色に微調整をかけて仕上がりを高めていく。
まぁ動画作りだって、同じと言えば同じなんだが。少なくとも俺の知らないところで、勝手に改変されることはない。俺がやりたくもない俺らしくないアレンジで、世間の高評価をかき集めたりはしないのだ。
「着きましたよダイマルさん。早速ですがもう始めます?」
「あー、心霊スポットだったね。そもそもそこを忘れてたよ」
後藤くんの声で我に返ると、朽ち果てた墓石の群れが暗闇に広がっていた。過疎化が進んだせいか険しい山道のせいか、荒廃した墓所の姿はあまりにも痛ましい。
赤黒い首巻きをした厳めしい表情の地蔵と、その隣で佇む首無し地蔵に両手を合わせて数秒間拝む。幽霊なんて1ミリも信じていない俺だけど、この静寂を商売に変えていることに後ろ暗さを感じないわけじゃない。
大きく息を吸い込んで、ラッパーダイマルとしてのスイッチを入れる。山道特有の湿度の高さが、喉に優しかった。肺を満たしたこの神聖な空気を、あとはリズムを刻みながら吐き出すのみだ。
「オッケー到着、G県某所! 噛んだら台無し
親指を立てる後藤くんの周りに、居もしないオーディエンスの姿を思い浮かべて続ける。
「時はさかのぼり戦国時代! 先陣をきった先人たちの霊、千人くらいさまよっているって噂? TOKYOからぶらり確かめに来たよ!」
【ちょ、まwww 相変わらず怖くねーんだけど】
【ダイマルさんとだったらどんな心スポでもイケるっ】
【近所の人から苦情来たの神回だったよね】
痛々しいパフォーマンスだと笑う奴は後を絶たない。だけどその何十倍も、コメント欄を賑やかしてくれる奴らがいることを俺は誇りに思ってる。それから、こんな馬鹿げた俺に付き合ってくれる後藤くんのことも。
「先人たちに敬礼、和平にお礼! まずは名を名乗る礼儀正しい俺、ダイマル! 相棒の後藤はGo To トラブル! 幽霊の神経逆撫でる天才現る!」
台本一切無しのアドリブラップは続く。これだって、そう、後からいくらでも誤魔化しは効く。けれどこの瞬間──YouTuberダイマルはこの瞬間だけは、まるでこれがLIVE放送であるかのような緊張感を持って全てを出し切るんだ。
もしかすると後藤くんが、心の中で俺を哀れに思っていたとしても。
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