有象無象Project

五色ヶ原たしぎ

~有象無象、その群像たち~

秘すれば花

あてがわれた色





『秘すれば花』などとはよく言ったもので、私が並べ立てる抽象的な歌詞は、年頃の乙女たちによく効くらしい。それらしい言葉を組み立てれば、どこかが心に突き刺さったりするんだ。まるでインチキ占い師みたいだなって、我ながら思う。


「ファンレターって励みになりますよね。それにしてもすごい量」

「そうだね。けれどたまにほんの少しだけ、悲しくもなる」


 漏れてしまいそうになる嘲笑を堪えて、次のファンレターの封を切った。人の想いというのは不思議なもので、元号が令和になろうとも紙媒体を好んでいる。


「おっと、今のはアーティスト的な発言ですか? それとも中二病が残っているとか?」

「さぁね。っていうかさ、あんただってアーティストじゃん」

「いえいえ、私はあくまでも裏方ですから」


 いたずらめいた笑みを零しながらも、彼女はメイクの手を休めない。私の目元を走っていく青色のアイライナーは、静寂と妖艶を芸術的な分量で私に与えていく。彼女の中に根付いている確かな感性は、私が無名だった頃から大きな力となって私を支えているのだ。


「言い直すよ。あんたのほうがよっぽどアーティストだ。そもそも私は、この横文字自体があまり好きじゃないんだけど」

「今をときめく歌姫が何を言うんです」

「違うよ。私は世間にもてはやされているだけ」


 眼前で流れる文字がいつもより空虚だった。可愛らしい桃色の便箋の中で、私を知らない誰かの幻想が微笑んでいる。私みたいな偽者が、この手紙を書いた子の中ではきっと神格化されてしまっているんだ。


「はいはい分かりました。今日は感傷モードなんですね」

「ごめん。実を言うと、最近ずっとこんな感じなんだ」


 平面鏡に反射する彼女。私の髪をいじっていたその指先が、一瞬だけ止まった。唐突に感づいてしまう。私が嘲笑を堪えるように、彼女も何かを堪えているのだと。


 けれど、焚きつける燃料の切れた私を見せられる相手は、彼女しかいない。


「ねぇ、どうして私だったんだろう。『有象無象Projectうぞうむぞうプロジェクト』の中でさ、もっと評価されるべき歌い手は他に沢山いたはずなのに」


 数年前、ネット界隈を中心には活動していた。男女を織り交ぜた12名の歌い手の中で、私はついで程度の人気しか持っていなかった。付け合わせで添えられた小鉢みたいな、それこそ有象無象のひとつでしかなかったのに。


「さぁ、どうしてでしょうね。クリエイターとしての才能が眠っていた、とか」

「何それ。意味不明な歌詞を量産する才能ってこと? 代筆ゴーストよりはマシだって?」


 語尾を荒げて思わず立ち上がる。困り顔の彼女が、両手を咄嗟に引き上げた。握りしめたメイク道具が、私を傷つけないようにするための配慮だ。いつの間にか高額な商品となった私への、プロのメイクアップアーティストとしての気遣い。


 盛大な溜め息を吐き出して、私は座り直した。溢れ出る苛立ちを押し殺せない私を、彼女は腹の底で憐れんでいるに違いない。むしろそうであってほしい。等身大の私を目一杯に見下して、どうかこの訳の分からない呪縛から解き放ってくれたら──。


「驚きましたよ。あなたって、そんな表情もできたんですね。おかげさまで次のメイクの構想が思い浮かびました」


 思ってもみない発言に目を見開く。だって、驚いたのは私のほうだ。私のヒステリーなんかどこ吹く風で、彼女はもう次の作品わたしのことを考えていたのだから。


「ねぇあんたさ、自分がどれだけ残酷なことを言ってるか分かってる?」


 目元が涙で滲んでいく。青色のアイライナーを台無しにしてしまったことに、ほのかな罪悪感が灯った。彼女の前で泣くのはこれが初めてだった。彼女と私は、もうずいぶんと長い付き合いだけれど。


「……分かっていないのはあなたのほうです。少なくとも私は、あの12人の中であなたに強く惹かれた。あなたをもっと輝かせたいと、だから今ここにいる。そんな私の憧れを、あなたは身勝手に放り投げるんですか?」


 私を責め立てる彼女の声は震えていた。そんな姿を見るのもまた、初めてのことで。彼女の姿に戸惑いながらも理解する。目の前の彼女も、私への幻想を抱いた一人の乙女だったのだと。


 足場が崩れ去ったかのような喪失感が私を揺さぶった。今この瞬間、私は唯一の友人を失ったのだ。





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