第5話 明治転生録 -ライスカレー?ハヤシライス?-

 美知留はメイド服に着替えたものの、どうも落ち着かなかった。というのも、下着はショートパンツみたいな上、肩がぱっくり出て胸を強調したようなメイド服だった。

 当時では使用人も多くいたこともあり、使用人用の服もあった。ただ、美知留の家系の祖先の咲夜は、新しいもの好きだったため、海外のメイド服が普通にあったのだった……


「うちには、これを着こなせる子がなかなかいなくてね。あなたなら、いけると思ったわ。」

「えぇっ……」

「しばらくは、うちの使用人として暮らしてもらうことになるわ……」

「は、はい。」


 美知留としても、元居た時代からかなり昔にさかのぼってしまっているため、行き場に困ってしまう。そのため、たまたま拾われたのが曾祖母の咲夜だったのは幸いしていた。

 使用人といえど、三食寝るところはしっかりついてくるので、その点は安心である。まして、実家と同じなので使い勝手もよくわかる。

 美知留はそこまで胸は大きくはない方だったが、この当時の人の平均からすると、十分大きい部類に属していた。そのため……


「んん……」

「えっ?!」


 美知留が胸を気にすればするほど、咲夜と美緒の視線がいたく感じる美知留だった……


『何かしら……この、イラっとする感じは……』

『お母さま。それは、私も同感ですわ……』


 それから三人は、咲夜の発案の元。昼食を兼ね外食をすることになっていた。咲夜と美緒の後をついていく形で歩いていた美知留たちに、声をかける男がいた。


「ようよう、ねえちゃんたちお出かけか?」

「えっ? あっ?!」

「んん?? あっ! お前、あの時の露出魔!」

「誰が露出魔ですか!」

「お前だよ!」


 この時ばかりは、声をかけてきた男たちと咲夜と美緒の意見が一致したのだった。


「そんなことは、ともかく。今回もエッチな恰好してるじゃねぇか。」

「こ、これは。咲夜さんのところの使用人の恰好で……」

「ふ~ん。これがねぇ~おっ。なかなかのもの持ってるじゃねぇか。」


 その男は、今にも美知留の胸を触りそうになったそのタイミングで、どこからともなく来た別の男が、触ろうとしている男の手を取り取り押さえたのだった。


「いてぇ! いてててててて!!!!」

「またあなたですか。全く、懲りてないようですね。」


 美知留を助けた男は、絡んできた男の手首をとらえ、合気道の要領で身動きを止めたのだった。それは、実にあざやかに決まっていた。


「たかやじゃないの? 戻るところ?」

「お嬢様に奥様まで。ふらふらと出歩かないでくださいよ。」

「いいじゃない。少しくらい……」

「それで……」


 そのたかやと呼ばれていた男は、美知留を一通り眺めた後……


「誰ですか? この露出狂。」

「えぇっ!?」


 その男性にまで、露出狂呼ばわりされてしまった美知留は、自分のことをまじまじ見ていた。


『えぇっ? そんなに?』

「たかや、仕方ないわ。家にあったでしょ? 着れなかった使用人用の服。」

「あぁ。あれですか? まさか、これが……」

「えぇ。うちにいる子、みんな……ほら、ちっちゃいから……」


 確かに、肩が出ているこのメイド服は、胸がそこそこないと引っかからずにズルりと脱げてしまう。その点、美知留ほどの胸があればちょうど引っかかっていた。


「あぁ、確かに……」

「あ、そうそう。ありがとう~~」

「えっ? あっ、ちょっ!」


 美知留は思い出したかのように、たかやにお礼の態度を取った。それは言葉だけじゃなく、“態度”で。つまり……


むにゅっ。


 この当時の男性とて、そこまで身長が大きいというわけではない。そのため、美知留がハグするのにはちょうど良かった。ただ、今の美知留の姿のままハグすると、当然……


「ちょっと! 何してんのよ!」

「えっ? 何って、お礼……」

「それのどこが、お礼なのよ! ほら、いい加減、放しなさいよ!」

「あ。う、うん。」


 慌てて放した美知留だったが、たかやの頭の中では主に“ふたつ”の感覚が頭をめぐっていた……


『やわらかい』

『いいにおい』


 ほぼエンドレスでたかやの脳内をめぐっていたその言葉は、興奮となり鼻から赤い液体を垂らす結果をもたらしたのだった……


「あの仕草もあっちのあいさつかしら?」

「ま、まぁ。そんな感じです……」


 ソビエト帰りということになっていた美知留。とりあえずの感情表現をした結果ということになった。なったのだが……


「ちょっと! なに鼻血出してんのよ! たかや。」

「あっ! こ、これは……」

「美知留のおっぱいが、そんなに良かったの?」

「ち、違いますよ……」

「本当かなぁ? それを、この子に向かって言える?」

「そ、それは……うっ!」


 美知留の方に向かい、違うことを証明したかったたかやだったが、体の方は正直だった……

 あきれる美知留と咲夜たちは、鼻に詰め物をしたたかやと別れ、昼食に向かった。その道中。美知留はこれから何を食べに行くのかが気になった。


「咲夜さん、これから何を食べに行くの?」

「ライスカレーよ。」

「ん? カレーライスじゃなくて?」

「ライスカレーよ?」

「ん?」


 美知留の元居た時代では、ライスカレーもカレーライスも同じもので、どっちもワンプレートで提供されるカレーのことだった。しかし、この時代。ライスカレーはワンプレートもの。カレーライスは、カレーを自分でかける高級なものとされていた。それを知らない美知留は、咲夜との間に祖語が見え隠れしていた。


「なに? カレーライスの方がいい? そんなに高級なもん、使用人と食べたらそれはそれで、おかしいと思うけど……」

「あ、そっか。今、あたし……」

「でしょ? カレーライスは主に、お父様が会合の時に食べるって言ってたわ」

「えっ?! そんなに?」


 咲夜が捕捉をつけてくれた。咲夜の父、晴臣はるおみは、海外との取引の際に利用する料亭で、良く出されているようだった。つまり、この当時。カレーライスと言ったら、高級品。ライスカレーといえば一般向けみたいな位置づけになっていた。

 それから、咲夜に連れられ訪れた店は、一般向けのポピュラーな店だった。そこの店にあったメニューにもしっかりと、“ライスカレー”の文字が並んでいた。


「ね。ライスカレーでしょ?」

「ほんとだ……」

「それで、美緒は何にするの?」

「ハヤシライスで。辛いのは苦手だし……」

「ハヤシライス?」


 美知留はハヤシライスと聞き、ライスカレーと似たような意識だった。見た目こそワンボウルでカレーと同じだが、美知留は首をかしげてしまった……


「なに、ハヤシライス無いの? そっちに……」

「い、いえ。そういうわけじゃないですけど……」

『実際。何が違うの? ライスカレーとハヤシライス……』


 美知留が困惑している中。店員が持ってきたのは、どれもワンプレートだった。ただ、美緒のものだけがちょっと、色が濃かった。


「それ、ソースは……」

「ソース? あぁ。これね。デミグラスよ。」

「あぁ。なるほど……それなら、辛くないから。なるほど。」


 美緒の説明を受けて、合点のいった美知留に咲夜が付け加える。


「この子、この年になっても、柄井の苦手みたいでね。体は大人でも子供はおこちゃまよね。」

「ちょっ。お母さま! 美知留さんになって事、教えるんですか。もう…」


 食事の間も、基本的に仲がいい親子の咲夜と美緒。その様子に美知留は自然と笑顔になるものの、ふと疑問に思った……


『咲夜さんがこの年で美緒ちゃんがいるってことは……』


 美知留の年齢は、咲夜よりも美緒の方と近かった。そのため、女の子同士のお約束的な会話を振ってみた。


「美緒ちゃん……」

「なんですか? 美知留さん……」

「あのね。彼氏とかいるの?」

「か、彼?! ぶっ!!」


 美知留の唐突な質問に、口に含んでいたハヤシライスを吹き出すほどに、むせてしまっていた。


「あぁあ。美緒ったら……」

「げほっ、げほ!! み、美知留さん。いきなりなにを?!」

「だって、咲夜さんがあの年齢で結婚するくらいだから、美緒ちゃんも…」

「い、いませんよ! そんな人!!」


 ムキになって、顔も真っ赤になり否定する美緒を見ていた美知留と咲夜は、ほほえましい気持ちになった。

 そして、この時の美知留は、知っていた。何せ、祖母の旦那。つまり祖父なのだから、誰と結婚することになるのかを……


『たかやさんよね? 結構。イケメン系だったし。』

『それに、おとこって感じだったし、守ってくれる系だね。』


 店に来る前に美知留たちを守ってくれた使用人。たかやは住み込みで近ノ衛家に仕えているようで、美緒が惚れるのも納得の男前だった。

 食事を終えた美知留たちは、何の気なしに美知留は食器を片付けついでに、キッチンをのぞいてみた。そこには、食材がいろいろあって中では世話しなくコックが動き回っていた。

 美知留の覗き込む姿に、店員も興味をそそられたのか、美知留に声をかけた。


「興味があるんですか?」

「えっ。えぇ。まぁ。」


 美知留と店員の会話に、咲夜が声をかける。すると、咲夜の存在に店員すら驚いていた。


「ほら、美知留。行くわよ。」

「は、はい。」

「えっ! 咲夜様? きょ、今日は……」


 注目されるのが苦手なのか、咲夜は失敗したといった表情をした後に、美知留のことを説明しだした。


「えっとね、この子。美知留っていうんだけど、日本に初めて来たみたいで」

「それで、うちに……」

「そんなところ。」

「ありがとうございます。咲夜お嬢様!」

「咲夜お嬢様?」


 店員のお嬢様発言に、タジタジになってしまっている咲夜。どうも、咲夜はお嬢様呼ばわりされるのが苦手だった。


「だから、その呼び方はやめなさいってば! もう。」

「でも、お嬢様ですから……」

「そうだけど、そうだけどさぁ……」

「どういうこと?」


 首をかしげていた美知留に、店員が事の次第を説明してくれた。


「咲夜様のお父様が、主にここのある食品の取引を一手に請け負ってくれるので、こちらとしては、助かっているのです。」

「あぁ。それで……」


 改めて説明され、咲夜は場の悪そうな顔をしながら、渋々。美知留に説明を始めた。


「あのね。美知留。うちの父。晴臣はね、主に食べ物などの輸入だったり仲介をしてるのよ。」

「あぁ、それで……」

「そう、この店も取引先でさ。こうなるから、あんまり来たくなかったんだけど……」

『混雑している、昼間なら……万が一と思ったんだけどなぁ~』


 そんな咲夜の想いとは裏腹に、美知留の行動でバレてしまったのだった。あきれる咲夜と、納得した表情の美知留。そして、感激している店員という構図が誕生していたのだった……

 それから、何とか店員のなだめた後、美知留たちは自宅への帰宅の途に就く。その道中も、美緒の好きな人談義に花が咲いたのだった……



【おまけ】


 これは、美知留たちが自宅に帰宅した後、自分が住むことになる部屋と、調理場などの説明が終わった後のこと。その主な案内をしてくれたのは、たかやだったが、案内している最中。ほとんど美知留のことを見ようとしないのだった……


『たかやさん……なんであたしのこと、見ないの?』


 たかやが見ないのには理由があり、それは決して美知留が嫌いというわけでも、苦手というわけでもなかった。たかやが見ない理由。それは……


『目のやり場に困る!!!!』


 そう、美知留の姿はというと、海外のメイド用の服をそのまま着用していたが、肩は出て美知留の豊満な胸の上でゴムで止められているだけだった。つまり、下手にしたから引っ張られよう物なら、ズルりと脱げてしまう状態だった。

 当時。ここまで肌が出る服装は、そういう店に行くかそういう書籍をゲットすることでしか見ることができなかった。それが、目の前にあるのだから、自然と目が泳いでしまう……

 一方の、美知留はというと、案内はされるもののちっとも自分のことを見てくれないことで、完全に嫌われているものだと思ってしまっていた。


「あの、たかやさん……」

「な、なんだ?」

「あたしのこと、嫌いですか?」

「いや、そういうわけでは。ないんだが……」

「こっちを見てください!!」


 美知留とたかやは向かい合い、どうして自分のことを見ないのかと聞いたのだったが、視線がもう。物語っていた……


『ん……。あれ? 胸。見てる? はっ!』


 美知留は気が付いてしまった。当時の男性からしてもこの格好が刺激的。つまり、たかやもこの格好に興味があるっていうことを示していた。そして、主にたかやが見ていたのは美知留の胸だった……


『やっぱり、男性だもんね。胸に興味があるはずよね……』


 こっちに来る前は、美知留よりも大きい女性は多くいた。そのため、自分の胸が小さくて嘆くこともあったが、ここではほかの女性は自分よりも小さいのが当たり前だった。


『つまり……ここでは、巨乳!!』


 胸が小さいことで、他と比べられナイーブになることもあったが、ここでは自慢できるということを確認した美知留だった……

 そして、胸が大きいと認識されているということは、巨乳の友人がやっていたことも通用するということだった。そして、美知留は思い切ってやってみることにした。


「た、たかやさん!」

「な、なにかな?」

「み、見たいですか?」

「なっ?!」


 胸元をつかんだ美知留は、あえて広げて見せた。それは、良く友人がやっていたこと。この方法で、幾度となく美知留が片思いした相手を奪われたことか知れなかった……

 それを、今は自分が誘惑する側になれたことが、美知留にとってはうれしい限りだった。ただ……


『恥ずかしい!!!!』


 至極当然といえばそれまでだったが、それはたかやとて同じだった。現に、たかやの鼻からは赤い血が出ていたのだった。

そして、美知留に用事があったのか、美緒がちょうど胸元を開けた美知留を目撃。そして、それを見て鼻血を出しているたかやという状態に遭遇したのだった。


「ねぇ? 美知留……って?! 何してんの! あんたは!!」


スパーン!!


「たかやは、見るなぁぁぁぁぁ!!!!」


ずぶっ。


「のぉぉぉぉぉぉ!! めがぁぁぁぁぁ!!!!」


 近ノ衛家の厨房で繰り広げられた、ある意味。平和な日常だった……

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