希望の灯。
車が駅前のロータリーに近づいていく中で、私はそんなことできないはずのジェットコースターのブレーキを引こうともがいていた。
文字通り、一刻の猶予もない。
降下しきったら、ジ・エンド。死ぬ運命のジェットコースターなのだ。
息の根を止められる直前にやっとの思いで、切り札として引っ張り出せたのは例の「クリスマス」だった。
まだ9月なのに、約3カ月も先の!
これがどこまでの効力を発揮できるか、まったく心許ない弱小の一手だ。
すでに以前のメールで「今のところは予定がない」という返事をもらってはいたものの、その後の「情報の不均衡」騒動で、「クリスマス」は私の中で宙に浮いてるような案件だった。
本当は、それよりもっと手前の約束がほしかったのに、すでに一回出してる3カ月も先の約束の念押し確認をする手しか出せないとは……。
「一応、予定は入れてあります」
夫はそれほどの大事でもないという感じで答えて、ロータリーに停めた車から私が降りるのを待っている。
ジェットコースターは急降下は免れたものの、いつの間にか平坦なコースに到達してカタカタカタ……としょぼい音を立てながら、まさに止まろうとしていた。
私はお礼を言って、荷物を下ろして「じゃあ、またメールします」と笑顔であいさつして、車のドアを閉めた。
駅舎に向かう一歩一歩がズシンズシンと胸に響く。その一つ一つの鈍い衝撃がどんどん私の心を沈ませる。
夫との距離が離れるのといっしょに、何か別のものもいっしょに遠ざかっていく。その場にへたり込みたい気分だった。
駅舎手前のビルのドアに手を伸ばしながら、もうとっくに夫の車がいなくなってるだろうことを確かめるように振り返った。
思いがけず、まだ同じ位置に車は駐まっていた。
ゲンキンなもんで、そんなことでパァッと胸に灯が灯ったようにときめいて、とっさに私は手を振った。
こっちなんか見てないかもしれない。
携帯メールでも確認してて、まだ発車させてないだけかもしれない。
それでもよかった。
未練を心置きなくぶつけておきたい。最後に一つだけ、小さな満足がほしかったのだ。
私が手を振ると、フロントガラスに向かって少し身を乗り出すようにして、ガラスの曲面に沿わせるように夫が手を振っているのが見えた。
え!? 振り返してくれてるの!?
しかも、ちゃんと手を振ってることがわかりやすいようにして!?
衝撃的な驚きだった。
私はもう一度手を振って、ペコリとお辞儀をして建物の中に入った。本当は、もう一度車のところに駆け戻りたいくらいうれしかったけれど。
ジェットコースターから降り損ねて二巡目のコースに乗せられた私は、天にも昇らんばかりに舞い上がりつつも、ここからまたどこに向かうのかわからないままアップダウンが3カ月続くのかと思ったら、ため息が出た。
あの時、何を考えていたの?
私のこと、見てたの?
いつだったか夫に訊いたことがあった。
「この人、歳取ってからも太らない人なのかな、って思って見てた」
なに、それ!?
って、私は思ったけれど、「私のことがどういう人かわからない」とか、それゆえに「気持ちを動かすものがない」とか言っていたことを思えば、何であれ、私に対する感想を持ってくれたのは一歩前進だったのかな。
その一歩一歩は亀の歩み以上に遅かったけれど。
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