キーホルダー
キン、と音を立てて、ユウシの指先から飛び去ったのは、リングの部分にいくつもの鍵を付けたままのキーホルダーだった。
キーホルダーは道路脇の草むらの中へ、がさりと音を立てて落ちていった。
ユウシは考え事をしながら指先にキーホルダーのリングを引っ掛けて振り回す癖があって、その時もいつものように、知らず知らずのうちに無意識な習慣でそうしていた。
「何?今のひょっとして鍵?」
ユウシの隣りを歩いていた杏が、一瞬自分の目の前を飛び去って行った物体の事をユウシに聞いた。
ユウシはまだ考え事の世界から抜け出せていないのか、草むらの方を心ここにあらずの顔で眺めている。
「あー、飛んでっちゃったね」
「ちょっと、だからその癖やめてって言ってたのに!あたし今日合鍵持って来てないのよ!」
「え?マジ?ごめん」
「ごめんじゃないわよ。どうするのよ」
「探すしかないね、ちょっと待ってて」
ユウシは歩道を外れて草むらの中へ足を突っ込んでいった。杏は歩道の上からうんざりした顔でその様子を見ている。
「あーちょっと暗いなー。ほとんど何も見えないよ。飛んでったの、この変だよね」
杏は腕組みしたまま仁王立ちの状態になっている。
「もうちょっと二三歩ぐらい左じゃない?」
「そうだっけ」
「もっと奥じゃない?」
「えー?」
「あーもうじれったい」
杏はスカートの裾をまくり上げてその端を下着の中に押し込み、ヒールを脱いだ。
歩道の上は外灯に照らされているので、スポットライトの中に居るみたいだ。
「おー、なんか、昭和初期のブルマーみたいだね」
「好き好んでこんな格好しやしないわよ!誰のせいだと思ってんの」
杏はストッキングだけのほとんど素足の状態で、ずかずかと草むらの中に入って一緒に手探りで地面を探し始めた。
「確かこの辺よ」
「あ、そっち?」
「勘だけど」
「勘かよ!」
「突っ込み入れてる暇があったら手を動かしなさい」
「動かしてますがな」
「下手な関西弁使わない」
「へいへい」
「返事は一回」
「へい!」
「本当に何にも見えないわね」
「でしょ?」
「ああもう、スカートやっぱり汚れちゃう。お気に入りの奴なのに!」
杏がそう言って一度腰を伸ばそうと立ち上がった時、足元でちゃりん、と音が鳴った。
「ストップ!動くな!」
ユウシが身軽な動きでひとっ飛び、杏の傍に来て屈み込んだ。
「右足上げて。ないな。今度は左足」
ユウシは杏の左足の下からキーホルダーを取り上げた。
「あったー」
「やったー。よかったあ」
「よし、戻ろう」
ユウシはキーホルダーをポケットに戻すと、杏を抱き上げた。
「ちょっと、何してるの」
「お姫様だっこ。スカート汚れちゃうでしょ」
「もうとっくに汚れてるんだけど」
「まあまあ」
「はあ、あんたと居ると飽きないわ。色んな意味で」
ユウシは歩道の上に杏をそっとおろして言った。
「俺たち、結婚しないか?」
「え?何?」
「何かさあ、こういう事よくあるじゃん。俺たち。結構良いなあと前から思ってたんだよ」
「冗談で言ってるの?」
「本気だけど」
杏はほとんど呆気にとられてしばらく何も言えなかった。
「いろいろ言いたい事はあるけれど、まあそれは良いとして」
「うん」
「即答して上げても良いけど何かむかつくから返事はしばらく後にするわね」
「ええ?マジ?」
「いやなら断る」
「うーん、しょうがないか。わかったよ」
杏はともかくもスカートの裾をもとに戻して、草むらの上に突っ立っているユウシに手を伸ばした。
「ほら、いつまでそんなとこ居るのよ」
ユウシはぶつぶつ良いながらも杏の手を取った。
杏はその手を握ったまま、今度はユウシを支えにして脱いだヒールを履きなおした。
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