その他色々

赤と青の海

 青年の心は欲望にまみれていた。しかしその中身は、邪悪さというよりは自然発生的に彼に宿った若さの象徴であった。そのように生まれたはずだった。

 欲望の流動は青年の精神の表層に、無数のマグマの渦を生んだ。そしてそれぞれの渦の中心は、深く精神の無意識領域に、その空洞を触手のように伸ばしていく。

 彼の心は、今や欲望という巨大な概念によって犯されようとしているのだ。

 しかし、その海はまだ浅い。

 マグマの渦は幾つかが固まって一つになり、より大きな空洞を生もうとしている。その勢いに抗えるのは、沸騰するマグマ自身が生み出した上昇気流の風だけだ。風は次第に速度を増し、マグマの上に透明なカオスを築き上げた。

 青年の心はマグマの渦と風のカオスの二つの極に割れそうになっている。そのような対立構造があまりにもシンプルに浮かび上がってしまうほどに、彼は欲望に取り憑かれてしまったのだ。

 超常現象の戦場のようであった彼の心の葛藤も、大勢が決しつつあった。いよいよ渦が青年の心の深層に触れたのだ。風の揚力はマグマの重力に遠く及ばなかった。

 欲望の力は、青年の心を支配した。そして更に多くを求めた。深く、より深く、奥へ、奥へと。


 青年の心は既に動物と化していた。あらぶるマグマの跳梁を押さえるものはもう何も無いとさえ思えた。

 しかし、密かに心の奥深く、意識と無意識の間に挟まれた精神の中央に、欲望のマグマの未だ及ばない、不明瞭な領域が存在していた。マグマの生んだ空洞はその存在に気付き、それまで感知されずにいた不可思議な空間を当然のように犯したいと望んだ。

 そして欲望は空間の壁に穴をあけた。と同時に、その守られた領域の姿を見た。

 それは記憶だった。

 理性や、思考、現在と時間の壁を剥ぎ取られた剥き出しの記憶に、青年の欲望が触れた。

 そしてまるで奇跡のように、風と記憶は結びつき、欲望の海を青く染めた。



 そのような過程の後で、青年はようやく目の前にいる相手の顔をしっかりと見る事が出来た。

 そして己の無力さと、茫漠とした幸福感に深く心を切り裂かれたのだ。

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