第12話 追撃

 午後二時三十三分

 キアラのポッド


 フランセス・オーロラは戦艦の砲撃を受け、無数の光の粒となって宇宙に散った。

 キアラは震える瞳で涙をこぼしながら、その光景を見つめていた。

「せんせい……」

 だが敵は、彼に悲しむ暇さえ与えない。

 レーダーが鋭い警告音を響かせ、スクリーンに三機の敵影を示すXマークが浮かび上がった。

 キアラの背筋が凍る。敵機の目標は――キアラではなかった。

「――っ! 琴音!」

 咄嗟に船外カメラを操作し、琴音のポッドを追尾した。

 スクリーンには彼女のポッドまでの距離が刻一刻と表示される。

 そして最悪なことに、その数値は増加の一途を辿っていた。

 別のスクリーンには天球儀船が映し出され、その表面――地表が鮮明になっていく。

 漆黒の宇宙を背に、三機のうちの一機がオレンジ色の光弾を放った。

 またしても、キアラにできることは見つめることだけだった。

 琴音のポッドは一撃で制御を失い、無慈悲な宇宙空間で回転しながら、天球儀船とキアラから遠ざかっていく。

「……おい、まてよ。なんで……どうして琴音まで奪おうとするんだよ!」

 残りの二機が素早くまわりこみ、容赦なく光弾を発射――刹那、ポッドは眩い光を放って爆発した。

 キアラの絶望の咆哮が、冷たい宇宙空間に響き渡った。

「〈あと六十秒で『天蓋てんがい』に到達します〉」

 天蓋とは天球儀船を覆っている大気圏のことである。

 音声ガイドが消え失せぬうちに、鋭いアラートが再び響き渡った。

 琴音に最初の一撃を与えた戦闘機が、キアラへと針路を変えていた。

「琴音まで……。なんなんだよ、お前らは! もう、どうにでもしてくれよ――」

 自暴自棄の叫びが、狭いポッドの中に木霊する。

 その時、座席脇に置かれたバックパックが目に留まった。

「父さん、母さん、先生……琴音。みんな……」

 すべてを失った今、自分も同じ最期を迎えるのだろうか。

 死。

 その暗い予感に浸りかけた時、父の言葉が脳裏に蘇った。

『いいかキアラ。この箱だけは絶対なくしてはいけない。中には大切なものが入っている。お前にとって命と同じくらい大切なものだ』

(命と同じくらい大切なもの……いったい何が……)

 震える手でバックパックから取り出した銀色の箱。

 迫り来る戦闘機の影。

 箱の中から現れたのは、小さな携帯型3Dホログラム装置と、もうひとつ――、

「ペンダント……?」

 三つのリングが組み合わさり、一つの球体を形作っている。表面には見覚えのない紋章が、繊細な線で刻まれていた。

「もしかして、これは――あいつらの言っていたペンダント……?」

 戦闘機が放った光弾が、漆黒の宇宙を切り裂く。

 その瞬間、指先がペンダントに触れた――。

 突如、まばゆい光がポッドの中を満たす。キアラのに、現実とは思えない光景が広がった。2Dホログラムによる映像ではない。

 視界の中心に浮かび上がる文字群。


 『SYSTEM norn』

 『ARMA』


 続けて意味不明な文字やイメージが、上から下へ、次々と流れていく――。


 『SYNC ᛋᚢᚲᚢᚱᚢ』


 その時、キアラの中で何かが変わった。

 脳とコンピュータ、感覚器官と各種センサーや制御装置が直結――まるでポッドが自分の身体の一部となったかのように。

(これは……一体なに? それに、この文字はたしか――)

 視界に浮かんだ透過ウィンドウには、戦闘機の放った光弾が映し出されていた。世界の時間の流れが、ゆっくりと遅くなっていくのを感じた。

 そして、新たな文字が浮かび上がる――『シールド展開』。

 思考を巡らせている暇はない。キアラは目前の危機に意識を集中した。

 刹那、ポッドを淡い白銀の光が包み込んだ。直後、飛来した光弾が白銀の輝きに弾かれ、宙空へと消えていく。

 レーダーを通じて、キアラは戦闘機の加速を。それは単なる数値の認識ではない。まるで神経を通じて直に感じ取るかのようだった。

 キアラは意識を集中し、ポッドの推進力を限界まで引き上げることをイメージした。

 後部スラスターが轟音とともに出力を上げ、ポッドを猛烈な勢いで押し出す。だが、戦闘機の圧倒的な推進力の前では十分ではなかった。距離は着実に縮まり、真後ろから三発の光弾が放たれた。

 視認こそできないものの、キアラの脳裏には弾数と着弾までの時間が即座に算出される。まるで高性能コンピュータを脳に接続したかのような感覚。白銀のシールドが再び展開され、全ての光弾を完璧に弾き返した。

 ただ、問題も発生していた。宇宙船の燃料として広く使われている〈アークエネルギー〉の残量が危険水域まで低下している。

「残り八パーセントだって? スピードを上げたくらいで、そんなに減るはずは……そうか、シールドでエネルギーをたくさん使ってしまったんだ。これ以上、シールドを使うのはまずい――」

「〈天蓋を通過しました〉」ガイドの声が響く。

「てんがい?」

 見たところ、何も見えない。

 しかし次の瞬間、ポッドが大気との摩擦で赤熱し始めた。先端から徐々に赤く染まっていく機体。すぐ後ろで戦闘機が猛追を続ける。

 ――その時だった。

 追尾してきた戦闘機が、何かに潰されたように変形し、轟音とともに爆発した。

 残る二機からの追撃の

 逃げ切った。

 安堵とともに全身から力が抜け、同時にポッドを包んでいた白銀の光も、視界を彩っていたウィンドウも消失した。


 しばらくの間、キアラは手のひらのペンダントを呆然と見つめていた。

 輝きを失ったペンダント。先ほどまで感じていたポッドとの一体感も、今は遠い記憶のようだ。

「さっきの感覚――まるでポッドが身体の一部となって自由に操れたあの感覚はいったい……。そもそもシールドなんて機能は、通常のポッドにはないはず。このペンダントの力だとすれば――」

 キアラは付属の紐でペンダントを首にかけた。

「これでよし。でも、どうしてあの戦闘機はとつぜん爆発したんだろう? まるで見えない壁に激突したみたいだった……。もしかして、あいつらの戦闘機では天蓋を通過できない? だとすれば、すぐには追ってこれないはず」

 再び起動したスクリーンに、新たな光景が映し出される。

 青く澄んだ空に浮かぶ白い雲。船外カメラを下に向けると、果てしなく広がる大海原。

 どれもが図鑑や授業のホログラムで見た通りの姿だった。

 ポッドは緩やかに高度を下げ、やがて水平線の彼方に陸地の輪郭が浮かび上がってきた。

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