第10話 自爆モード

 午後二時二分

 小型戦闘艇『フランセス・オーロラ』、操舵室ブリッジ


 ウィルソンと共に三人が脱出ポッドのある部屋へ移動している間、黒色の近接強襲艦がフランセス・オーロラの側面に接舷した。

 強襲艦の先端部のハッチが開き、黒装束の集団が現れた。工兵と思われる二体の人型ドローンが腕から火花を散らし、フランセス・オーロラの船体に大きな穴を開け始めた。

「侵入してくる。隔壁でヤツらをブリッジ以外に通さないようにしろ」

 スクリーンには、ブリッジへ向かう全身黒ずくめの集団が映し出されていた。一人を除いて全員がフルマスクを被っていた。

 ドアが開き、三人の兵士がブリッジに入ってきた。そのうち二人はフォトンライフルを構え、狙いを定めていた。ドアは開いたままで、外には数名の兵士の姿があった。兵士たちがライフルを構えるなか、ロブたちは両手を挙げた。

 集団の先頭を歩くフード付きマントを羽織った黒衣の兵士が口を開いた。

「抵抗しなかったのは賢明な判断だ」

 その兵士は身長一九〇センチメートルを優に超え、他の者とは異なる、触覚のない昆虫の頭部を思わせるデザインのマスクを被り、威圧的な声で続けた。

「ここを取り仕切っているのは誰だ?」

 金色に輝く四つの細長い目が、ロブたちを睨めつけた。

 同じ言語を話していることから、この集団も移民船の住民と同じく天球儀船をルーツに持つ人間であることは間違いないようだ。

「移民船団ノア、ノルン移民船団統轄委員会の副委員長を務めているロブ・スカヤだ。お前たちは何者です? なぜ、我々を襲った?」

「貴様に質問する権利はない。委員長はどこにいる?」

「委員長は……消滅した」

「消滅? どういう意味だ」

「委員長は船団システムを統括するAIエージェントだった。システムはお前たちがすべて破壊し、もう存在しない」

「そうか。では訊くが、ペンダントはどこだ?」

 ロブは一瞬、カシュパルと目を合わせたが、彼は眉をひそめ、わからないと訴えた。

「何のことです? ここにそんなものはありませんよ」

「とぼけるな。ノルンを封じたペンダントがここにあるはずだ。早く言え。誰が持っている?」

 ロブは記憶を辿るように、考えを巡らせた。

(ペンダント……初めて聞く話だ。キューブの他にも神を封印した古代遺物アーティファクトが移民船団にはあったということか。もしかして、天城船長が……だとすれば二人の子のうち、どちらかが持っている可能性がある。……まずい……逃がす時間を作らなければ――)

「そのペンダントとは、どういったものか? そもそもなぜ、そのペンダントがここにあると分かるのです?」

 四ッ目の男は無言で、隣の兵士にうなずいてみせた。すると、兵士は躊躇なくオペレータの一人を撃った。オペレータはまたたく間に液状化し、ゼリー状の塊となって燃焼、最後には灰だけが床に残った。

「なんてことを!」

 ロブだけでなく、その場にいた全員が目を見開いた。

「質問するなと言ったはずだ。もしかして時間稼ぎのつもりか。他にも仲間がいるな?」

 男の言葉に、ロブは額から脂汗が流れ落ちるのを感じた。脊髄あたりも妙に冷たい。この男は容赦しないし、機転も利く。関係ないことを言えば、また一人確実に殺される。

 ロブは下腹に力を込め、勇気を振り絞った。

「ペンダントのことは本当に知らない。だが、神を封じたキューブの在処なら知っている」

 兵士は銃口をパイロットに向けたが、四ツ目の男が片手をあげると、兵士は照準器スコープから目を離した。

「副委員長、次からは言葉に気をつけろ。もったいぶらずに言え」

「キューブは……すぐ後ろの、私の席にある」

 兵士がシートの方へ一歩踏み出そうとしたのを見逃さず、ロブは続けた。

「生体認証とパスワードでロックされている。私しか取り出せない」

 そう言ってロブは、両手を挙げたままシートのほうへ後ずさりし、シート前のコンソールに手を触れた。

 相手に止める気がないことを確認すると、ロブは慎重に操作を開始した。

 四ツ目の男は微動だにせず、ロブに怪しい動きがないか見守っている。

 刹那――。

 船内にアラートが響き渡り、『WARNING』という文字とともに、赤色のウィンドウが現れた。

「貴様、何をした?」

 黒いマスクから、怒りの声が漏れ出た。

「〈本船は三分後に自爆モードに遷移します。速やかに退避してください〉」

 ウィンドウスクリーンでカウントダウンが始まった。

 ロブは手のひらで浮遊する小さな立方体を見せ、

「我々の身の安全を保障するなら、このキューブを渡そう。さもなくば船をこのまま自爆させる」

「なんたる愚策。どうやら貴様は、我々の力を理解していないようだ」

 男は手で合図した。

 ドアの外で待機していた兵士が二人加わり、残るオペレータとパイロットに向けてフォトンライフルの光弾を浴びせ、灰に変えてしまった。それを見かねたカシュパルが雄叫びを上げ、隠し持っていたピストルの銃口を男に向けた。

「命をなんだと思っている! お前たちに慈悲はないのか!」

 カシュパルは引き金を引いた。

 パン、と乾いた音とともに実弾が男へと飛んでいった。

 しかし、四ツ目の男は傷一つ負うことなくその場に立っていた。

 カシュパルは赤黒く染まっていく自分の胸を見た。

 前方に目を向けると、男は金色に輝く光剣フォトンソードを手にしていた。目にも留まらぬ速さでフォトンソードを抜き、そのまま弾丸をはじき返したのだ。

「カハッ!」

 カシュパルは吐血し、なおもだらだらと口から血を垂れ流していた。

 男は老体がそのまま倒れるのを許さず、光剣を振り上げるとカシュパルの頭上へと振り下ろした。

 サクッとカシュパルの身体は二つに分断され、床に倒れた。

 しかし、出血した様子はなく、焦げた血と肉の匂いがロブのところまで漂ってきた。

「あとは貴様だけだ」

 男はフォトンソードをしまった。ロブの後ろでは兵士たちが、コンソールをいじり始めていた。

「〈本船は残り一分で自爆モードに遷移します。速やかに退避してください〉」

「この状況でどうするつもりです? 私からキューブを奪い取ったところでこの船からは逃げられない。それに……」

「それにどうした?」

「我々の勝ちだ」

「強がりはよせ、副委員長。貴様には絶望を味わわせてから殺す」

「何をいまさら――」

 今頃はもう、三人は脱出ポッドに乗り込んでいるはずだ。ポッドに乗ってさえいれば、自爆前にポッドは射出される。

 ――せめて、あの子たちだけでも……。

 しかし――、

「ゼプラー少尉」

 コンソールを操作していた兵士が言った。

 四ツ目の男、ゼプラー少尉が兵士を一瞥する。

「モード解除しました」

「なっ! そのようなことが――」

 ロブは驚きを隠せなかった。

 カウントダウンの表示が止まり、

「〈本船の自爆モードは解除されました〉」

 2Dホログラムのウィンドウも消えてしまった。

 ロブの顔が、みるみるうちに青ざめていった。

 男はずいとロブに近寄ると、

「このような旧式のシステムなど造作もないことだ。貴様らは千五百年もの間、いったい何をしていた? ひたすら地球を目指していた結果がこれだ」

「なぜ……移民船の人間を全員、殺そうとするのです?」

「貴様らは忘れたのか。いいだろう、死ぬ前にひとつ教えてやる――」

 その時、兵士が割り込んできた。

「少尉、こちらを――」

 再びウィンドウが宙に現れた。

「男と女がふたり、脱出ポッドルームに閉じこもっています」

 スクリーンに映っていたのは、ウィルソンとシンディだった。キアラと琴音の姿は見当たらない。

 そこで映像は終わった。ロブの前にゼプラーが立ちはだかったからだ。

「副委員長、あの女は何者だ?」

「……民間人を先に逃がすのは当然でしょう」

「民間人だと? 民間人をこの船に乗せていたのか。どうやら貴様は用済みのようだ。ペンダントは奴らが持っている可能性が高い」

「なぜ、そう言い切れるのです?」

「皇帝陛下がそうおっしゃったからだ」

「皇帝陛下?」

「陛下はペンダントに封じられた力を求めておられる。貴様らは悪であり、貴様らの運命は初めから決まっていたのだ」

 ゼプラーは再びフォトンソードを取り出し、光刃を放出させた。

「神よ――」

 ロブはキューブを強く握りしめ、金色の光刃に神の存在を見出そうとした。

 ゼプラーはロブの首をはねた。

 床に転がり落ちたキューブを兵士が拾い上げ、ゼプラーに手渡す。

「キューブはついでだ。私は脱出ポッドに向かう」

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