第4章 存在する者たち

第34夜  視えるヒト

 ーーGW最終日。


 ーー空は……快晴。

 突き抜ける様なスカイブルー。


 久しぶりの青空だ。



「え!? なにそれ! 今日……最終日だよな!?」


 蒼月寺の玄関先である。


 そこではむうっとした顔をした楓がいる。

 その前で……グレーのカジュアルシャツを着た葉霧が、座りながらスニーカーを履いている。


「仕方ないだろ? 担任なんだ。」

「え!? だからって置いて行きます!?」


 立ち上がりながらそう答える。

 床に置いた白い紙袋を手にした。

【志な乃】と、紙袋には表記されている。


「終わったら帰ってくるよ」


 葉霧はむくれている楓に柔らかく微笑む。



 GW中。いつもなら学校に行ってしまう葉霧が毎日いる。


 今朝も早くから起きて……寝間着の黒のスウェットを脱ぎすて、お気に入りのライトブルーのデニムに、ちょっと薄手のロングパーカー。


 葉霧と色違いの白のTシャツ。


 セミロングの蒼い髪も梳かし、歯も磨き。

 頭の上の角もチェック。

❨長さ確認。本日の長さは半分程度。キャップで隠せる。❩


 大きな蒼い眼で自分の顔を鏡でチェック。

 にっこり。と、笑顔確認。

❨ついでに牙の様子も確認。

 本日は八重歯がちょっと伸びたぐらい。❩


 出掛ける準備万端でーー葉霧の部屋に向かおうと、洗面所を出て来た所だ。


 玄関にいる葉霧を見つけたのだ。しかも……彼は……出掛ける。と、言ったのだ。

 とても優しい微笑みで。


「えっ!? まじ?? ウソでしょ!? 連休最終日なんだけど! 明日からまた……貴方は毎日、出掛けるんですよね!?」


 この……何処か芝居掛かったドラマみたいな台詞は、ふざけている訳ではない。

 至って……普通の会話だ。

 彼女にとって。


 葉霧は玄関の戸を開けようとしたが手を止めた。


 はぁぁ………

 ため息つく。


 後ろを振り返る。

 涼し気な茶色の眼が。


「何? その言い方……」

「え? 朝ドラだけど。」


 葉霧が気になるのは……この喚き散らす態度ではない。

 この……ドラマの台詞の様な口調だ。


 彼女は……鬼である。人間ではない。


「あっそ。行ってきます」


 葉霧は玄関の戸を開ける。

 洗いたてのシャツの香り芳しせ颯爽と。

 出て行った……。


「あ~! だからっ! 葉霧っ!? ねぇ!? オレも……」


 楓が慌ててサンダルを履こうとした時だ。


 ぴしゃん!


 戸は閉まった。


「うそでしょ~~~~~!? 留守番かよっ!!」


 玄関先に楓の悲鳴は響く。

 置いて行かれた………わんこの様に。


 ✣



【間鱈総合病院】



 ーー葉霧が訪れたのはここであった。


 大きな総合病院だ。

 ロータリーにはバスが停まっている。


(……丁度良かったか……)


 待ち合わせをしているのだ。

 葉霧はロータリーの通路を歩きバスに向かう。


 停留所ではバスから……降りてくる人達の姿。葉霧はベンチの前で待つ。


 降車する人達の中にとても目立つブロンドヘア。頭ひとつ……飛び抜けてるのでよくわかる。


「灯馬」


 葉霧はその髪の色……を見ると声を掛けた。


「葉霧。待たせたか?」


 グレーの瞳が煌めく。

 降りてくると目の前にいる葉霧の所に歩み寄る。


 葉霧と同じ……長身。

 だが……少し灯馬の方が高い。


 黒のツインジャージジャケットの袖口から

 ブレスレットが覗く。


「いや。今……来たところだ。」

「あれ? 楓ちゃんは?」


 その後ろから水月が歩み寄る。

 灯馬の大切な愛しいお姫様は……本日も可愛らしい。


 ふわふわした長めの髪をピンクのシュシュで結っている。

 右肩に垂らした明るめの茶色の髪は、くるん。と、纏まっている。


 大きな茶系色の瞳をぱちくりさせて葉霧を見上げた。


 ふわっとさせた前髪を直す右手には……灯馬とお揃いのシルバーのブレスレット。

 キラッと……細い輪についたピンクの石が煌めく。


「桐生。いいな。」


 葉霧はじ~~~っと水月を見つめていた。


「え? 灯馬とお揃いなの。」


 水月は、ラインリボンのアウターコートの袖口に視線を移す。


「いや…そのシュシュ。後で店を教えてくれるか?」


 葉霧はパールの様に白いビーズが散りばめられている。

 シュシュに視線を向けていたらしい。


(え?? そっち??)


 水月の可愛らしい瞳は更に見開く。

 少し……間の抜けた様な顔になる。


(楓に似合いそうだ。うん。つけさせよう。)


 と、一人満足そうに頷く。


 ✣



 入口の自動ドアを抜けると通路。

 右側には広い待ち合いスペースと受付カウンターだ。

 その奥には診察室が並ぶ。


 建物自体は古く年季の入った病院だ。 

 

「何階だっけ?」


 通路を通りながらキョロキョロとする灯馬。


 待ち合いスペースは混雑していた。

 受付カウンターでは、次々に患者が呼ばれている。

 入れ替え立ち替え。


 子供を抱っこした女性達が多く見受けられる。

 年配の患者さん達もベンチシートで、順番を待っている様だ。


 どうやら受付案内をするカウンターの数が多くはないらしい。

 三人の女性が対応している。


 事務員の様な制服を着てる女性達はーー皆、忙しいのか顔が険しい。


 電話のコールも鳴り響く。そんなロビーを通りエレベーターに向かった。


「確か……四階だと言ってたな。秋人が。」


 エレベーターは二つ。

 葉霧が奥のエレベーターのボタンを押した。


 ちょうど……隣のエレベーターの扉が開いた。中から慌ただしく、看護師の女性が飛び出して来た。


 その後ろから誰も乗っていないストレッチャーを、押しながら看護師の男性が二人……降りて来た。


 ガタガタ……と、ストレッチャー押しながら、通路を抜けていく。


 三人ともその様子を横目で見ていたが……エレベーターの扉が開くと、乗り込んだ。


「救急かな?」

「病院だからな~」


 灯馬と水月の会話を聞きながら葉霧は……ボタンを押した。


「秋人と夕羅は…昨日来たんだよな?」

「ああ。今日は……用事があるらしい。」


 中は広いのだが……ビルやマンションにあるエレベーターとは、やはり少し雰囲気も異なる。それは、気持ち的なものなのかもしれないが……天井から照らす白い光ですら、妙に明るく見える。


 銀色の壁に囲まれた空間で……水月は口を開く。


「楓ちゃんも連れて来れば良かったのに~~」


 その声はとても残念そうだ。


 水月は手に持っている小さな紙袋に視線を向けた。正方形の白い紙袋だ。光沢で煌めく。


「遊びじゃない。」


 葉霧は少し強めの口調で言った。


(俺らに彼女が鬼だ。と、カムアウトするヤツが……そこを気にするのかよ!? ズレてんな~~)


 灯馬は呆れた目を向けていた。


 四階……。


 エレベーターを降りると直ぐにナースステーション。


 葉霧がそこで受付を済ます。

 入館証の記入はそれぞれだ。


 ナースステーションは半分だけ窓口が開いている。

 片側は厚手のカーテンで覆われていた。


 葉霧達の横で年配の女性が窓口で看護師と話をしている。


 病室の並ぶ廊下。

 葉霧達は記帳を済ますと、入館証を手に右奥の病室に向かう。


 廊下には、点滴持って歩く初老の男性や、看護師と話す、見舞いに来た家族などもいた。


 子連れの家族の様だ。


 四〇六……四人相部屋の病室だった。

 そのプレートには【蓮見 悠人】の名前があった。


 葉霧はそれを見ると開放された病室に足を進めた。


 窓側の奥のベッド。

 手前二つのベッドの上には患者がいる。


 左側のベッド。

 脇のカーテンは締められているが、正面のカーテンは空いていた。


 入って来た葉霧達に視線を向ける。

 新聞を広げていた。

 首にコルセット。頭にガーゼとネット。

 年代はわからないが中年である。


 反対のベッドはカーテンが開いている。

 ごろんと横になり、イヤホンつけてテレビを見ている男性がいた。


「お。玖硫。雨宮と桐生もか。悪いな。」


 ベッドの上に座っている男性だ。

 右手には包帯。

 頭も包帯がぐるぐると巻きつけてある。

 右の額にもガーゼが貼り付けてあった。


 瞼の上は腫れている。

 目が開きにくそうだ。

 左の口元にも白いキズテープが貼ってある。その上の頬も擦り切れた様な傷。青くなっている。


 何よりも右足の怪我がとても痛そうであった。指の付け根辺りから脛までを、包帯が巻いてある。シーネもその中に入っているのか、足がとても太く見えた。


蓮見はすみ~。まじビビったぞ? ケガした。って聞いた時は。」


 灯馬は顔を見てホッとしたのか声は明るめだ。

 水月と一緒にベッドの脇に歩み寄る。


「いや~……ごめんごめん。ちょっとボケっとしてたんだ。そしたら、足を滑らせて転がり落ちた……」


 状態はとても痛々しそうではあるが声も表情も明るい。

 葉霧も安堵したのか笑みを零す。


 ベッドの上に紙袋を乗せた。


「鎮音さんから見舞いです。」


 蓮見は驚いた様に目を丸くした。


「え? 悪いな……宜しく言ってくれよ。」


蓮見悠人はすみゆうと

 は、葉霧達のクラス……二年七組の担任だ。

 現代国語教諭である。二十七歳。


 こんな状態でなければ、爽やかな好青年なのだが、今はとにかく痛々しい。

 女子生徒から人気のある幼い顔立ちも隠れてしまっている。


 親しみやすく、見守っていてくれる様な、優しそうな目元も腫れていて…面影がない。


 唯一清潔感ある短めの短髪が心做しか……彼なのだ。と、認識させる。


「土手の階段から転がり落ちた……って聞きましたが。」


 葉霧は枕を腰当てにして座る蓮見を見下ろした。


「ああ。そーなんだよ。なんであんなとこで……」


 どうやら不本意な怪我だったのか酷く残念そうに言った。


「何に気を取られてたんだ?」


 灯馬が悪意のありそうな笑みを、浮かべながらそう聞いた。にやにや。と、している。


「ああ。医者にも行ったんだけどさ。女のコがいたんだよ。土手の下に。」

「女のコ?」


 聞き返したのは水月だ。

 蓮見は頷くと水月に視線を向けた。


「あれだ……幼稚園ぐらいのさ。女のコ。一人でぼーっと川を眺めてたんだ。周りにも誰もいないしさ……。気になって見てたんだ。」

「教師だもんな?」

「まーな。」


 灯馬の声に……ヘヘッと笑う。

 だが、口元が痛いのか顔が引き攣った。


 蓮見は口元を指で擦る。


「いきなり……だよ。川に向かって歩いて行ったんだ。それも……川の中に入って行く……みたいにさ。だから……慌てて下に降りようとしたんだ。そしたら………躓いたんだよね。」


 蓮見の表情はとても不思議そうであった。

 信じ難いのか……首まで傾げたのだ。


「何かに……足がぶつかって……躓いたんだ。そしたらそのままゴロゴロと。下まで行かなかったからこれで済んだけど。ーーあのまま……下まで転げ落ちてたら頭がやばかったと思う。」


 奇妙な体験ーーそんな話し方であった。


「階段に何か……落ちて無かったんですか?」

「いや? あったらわかるよ。夕暮れだけど明るかったし」


 葉霧の声に視線をあげた。


「その女のコはどうなったかわかんねーの?」

「ああ。半分ぐらいの所で……止まったから川の方を見てみたんだけど……気絶したみたいなんだよね。俺。だからわかんないんだ。聞いてはみたけど……。」


 蓮見はそう言ってからう~ん……と、少し考え込んでいた。


「川に女のコが落ちたなら……ニュースになってるわよね?家族とか心配するだろうし……」

「だよな。ニュースやってたか?」


 水月と灯馬は顔を見合わせた。


「仮に……騒ぎになってるなら、蓮見先生の所に、警察が来ているだろう。先生が運び込まれたのは一昨日だ。」


 葉霧はそう言って蓮見に視線を向けた。


「頭……撃ってたからな……。検査とかあったし。大丈夫そうだから、明日には退院するけど。」

「大丈夫なんですか?」

「ああ。骨折も大したことないんだ。精密検査の為に入院しただけだから。」


 水月の驚いた声に蓮見は笑う。


「その土手って……先生がよく走ってる所ですか?」

「ん? ああ。家の側の土手だよ。河川敷。」


 蓮見は葉霧に笑いかけた。


「葉霧。知ってんのか?」

「前に聴いて、行こうとしたが断念した。」 


 葉霧は灯馬にそう言った。


 乗り換えなどを入れて片道40分は掛かる。

 走りに行くには少し……遠かったのだ。



「その女のコ……何もないといいんだけどな……」


 蓮見は……ボソッと呟いた。

 葉霧はそれを聞くと少し……考えこんだが

 表情の曇る蓮見を見る。


 紙袋に手を伸ばした。


「食べます?」

「お。志な乃だろ? 俺……好きなんだよ。栗どら焼きがいいよな~。」

「確かに」


 嬉しそうな蓮見の笑顔に……

 葉霧は柔らかな笑みをこぼした。



 ✣




【螢火商店街】


 楓はそこを彷徨いている。


 ウロウロしていると、お店の中から声を掛けられる。

 すっかりーー自分の庭のようになっている。

 商店街フード制覇を目指し彷徨いてた賜物か。


 GW最終日なのに……商店街は賑わいがまるで、お祭りの行列の様になっていた。


 この日ばかりはーー商店街も総出で売り子を立たせ声を張り上げ……観光客を沸かせている。海外から来ている観光客は楽しそうに足を止めていた。


 そんな商店街を彷徨いていると……


「ねぇ?」


 声を掛けられた気がして振り向いた。


 お店の前には女性が立っていた。


 ドレッドヘアーの女性だった。

 黒のヘアバンドから緩く編んだ金と茶の混じった髪。


 堀りの深い綺麗な顔立ちをした女性だ。

 長い睫毛がぱっちりお目めを更に大きく見せていた。

 二十代前半ぐらいか。


「オレ?」


 楓は目を丸くした。


 女性はブラウン色のリップをつけた口元を上げる。


 ノースリーブのトップスから覗く白く細い腕。ターコイズのバングルブレスレット。をつけたその腕をあげた。


 人差し指を楓にさした。


「そう。」


 女性はーー店のドアの方に身体を向ける。


 スレンダーな女性だった。

 カジュアルパンツがとてもよく似合っている。


「入って。」


 そう言うと自動ドアを開けて中に入って行った。


「へ?? なんだ??」


 楓は怪訝そうな顔をしたが、店に足を進めた。

【フェアリー】と言うお店であった。


 自動ドアを開けて入ると、仄かに漂うフレグランスな薫り。店内はテーブルや棚の上にアロマオイルやキャンドルなどが、並んでいる。それ等を飾り立てるかの様に、ガラス細工の動物たちが、並べてある。


 種類は豊富だ。


 部屋を飾り立てる小物類から……本格的なキャンドルライトもある。


(……な……なんだ? ここ。蝋燭ばっか……)


 楓はきょときょと…と、店内を見回しながら入る。

 そこまで広くないが……店内は全てウッド調だ。


 お香……も、あるのかアクリルの台にちょっと……派手なバンダナを敷いてその上に並んでいる。それらを優しく照らすチューリップ型のライト。


 少し……壁周りはごちゃごちゃと、タペストリーなどが飾られているが……何の象徴なのかわからない物が多い。


 女性は……奥のカウンターの前に立った。

 ウッド調のカウンターに腰を落とす。


「あのさー。んだけど。アンタ……屋根を跳んでたよね? 茶髪のコ抱えて。」


 腕を組んだ女性の目が、楓を見据えた。


「えっ!?」


 楓は一気に……青褪めた。


「ぐったりした男の子抱えて、屋根から屋根をぴょんぴょん、跳んでたよね?」


 女性の顔はさっきからお人形の様に美しいまま。表情が変わらない。可愛らしい声だが……淡々と響く。


(ヤバい! 葉霧のことだ! どーしよっ!? コイツ……人間だ! どーすりゃいいんだ??)


 楓の顔から冷や汗がだらだらと出そうだ。

 そのぐらい……驚いていて焦っている。


 女性はカウンターに手をつく。


「ああ。大丈夫だよ。あたし、……だから」


 ようやく……女性は笑った。

 笑うととても幼く見える。


「え??」

(視えるヒトってなんだ??)


 楓は……やっぱり固まったままだった。











































































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