第16夜   隙間

ーー食事をしていた和室の隣。


その部屋は居間になっている。

来客に使う和室だ。


茶卓と座布団が置かれたシンプルな和室。


そこに訪問者たちと鎮音。

そして・・楓と葉霧。


隣の部屋では夏芽と優梨がいる。


「何かあったのか話して貰えるか?」


鎮音は顔を俯かせてしまった大人たちを前に口を開く。

訪れて来たのは、この近辺に住む30代~40代ぐらいの若い夫婦たちだった。


マイホーム計画と言うキャンペーンで一軒家を購入した家族達であると、鎮音は認識している。


この近辺は、古い家も多いがこうして新築一戸建てを購入して引っ越ししてくる若い世代の家族も多い。



「うちの息子が・・帰って来ないんです。」

「うちもなんです!」


三組の夫婦である。


「帰って来ない?警察には?」

「言いました!でも・・塾にいる。って取り合ってくれないんです。」


鎮音の質問に涙を浮かべながら話す女性。


「塾?」

「勉強するところだ。」

「は?学校じゃねぇの?」


ヒソヒソ・・


楓と葉霧は小声で話す。


「後で教えるよ」


葉霧がそう言ったのは涙を流す女性の横に座っている男性が、口を開いたからだ。


「いつもなら帰宅してる時間だとかで・・家内が息子のスマホに連絡したんですが・・電源が切れてるみたいで、繋がらないそうです。」

「うっ・・・遅くなる時にはメールくれるんです。授業によっては・・変更もありますから。」



隣でハンカチを握りしめ涙ながらに言う女性の肩を擦る。

男性も、作業着を着たままだった。

油汚れなどが染みついた作業着だ。


顔も少し黒ずんでいた。

相当・・焦ってここに来たのだろう。


「家もそうです。授業が伸びたりする時は連絡してきます」

「家もです。」


頷くのは他の女性達だ。

心配しているのと、涙ぐんでいるのは同じ。


「電源が入って無い・・のは、気になるな。」

「うむ。それで?塾の方には問い合わせたのか?」


鎮音は葉霧の言葉に頷くと夫婦たちに問う。

夫婦たちは顔を見合わせた。


「勿論です!直ぐに問い合わせました。」

「でも、まだ授業をやっていて生徒達は全員いる。とそう言われたんです。」

「迎えに行ったんですけど・・門前払いで・・」


女性たちは口々にそう話した。


「すみません。俺達は・・仕事場から直接。

家に来たんで・・。塾のことはわからないんですよ」


そう言ったのはスーツ姿の男性だ。


「警察に連絡しても塾に生徒たちがいて授業中。それなら動いてはくれんな。所在不明な訳ではない。」

「だから!ここに来たんです!」

「お願いします!何かおかしいんです!」


鎮音の静かな愉しにも必死に食らいつく。

かなり緊迫した状況なのが伺い知れる。


「おかしい。ってなんだ?」


口を挟んだのは楓だ。


「塾に行った時に・・他の親御さんもいたんです。無理矢理にでも、塾の中に入ろうとしたその親御さんを男性の講師が、突き飛ばしたんです。」

「普段・・そんな事する様な人じゃないから。私も驚きました。」


女性達は、話ながらも酷く怯えていた。


「確か・・駅前の【城南進学塾】だったな?」


鎮音がそう言うと女性たちは揃って頷いた。


「とにかく・・・連れ戻したいんです。」

「絶対におかしいです。こんな事なかったんです。」


女性たちは必死に鎮音に訴えた。


「つまり・・だ。にとられてるかも?って思ってんだよな?」

「そうです!だって・・ただ、授業をやってるだけなら親に見せてもおかしくはないでしょう?」

「そうですよ。中にも入れて貰えないなんて。」


楓の問に女性たちは、興奮気味でそう捲し立てた。


「仕方あるまい。」


鎮音が葉霧を見ると


「はい?」


葉霧は聞き返した。


「楓を連れて様子を見て来い。」


鎮音は殆ど。命令口調であった。


「・・・・」

(そうなるのか・・。大体。予想はついていたが・・)


葉霧は溜息ついた。


「だな。オレらが視た方が、ハナシは早ぇかもな」


楓は既に行く気満々。

立ち上がった。


「え?大丈夫なんですか?」


(葉霧くんは・・・高校生だと聞いていたが・・)

(それに・・こっちの女のコは・・何かとても強そうには思えないが・・)


夫婦たちは、楓と葉霧を見ると少し心配そうにしている。

見た感じが・・不安を煽るのかもしれない。



「心配いらん。私の孫だ。頭は切れる」


鎮音はそう言ってから


「ああ。は、腕が立つ。」


楓を見たのだ。


「はぁ・・・」

「鎮音さんが・・言うのであれば・・」


鎮音はこの街のご意見番である。

ここはでもあるのだ。

長い事・・街の人間達と交流し相談を受けてきた。その為・・住民たちの信頼は厚い。


「葉霧。行くぞ。」


楓は未だ動かない葉霧を、促した。


(やれやれ・・。本格的に便みたいになってきたな。)


葉霧は立ち上がる。


「あの・・場所はわかりますか?」


女性が葉霧にそう聴いた。


「ええ。駅前ですよね?大丈夫ですよ。」


葉霧は頷いた。


楓は先に和室を出ている。


「楓ちゃん。忘れ物よ!」


優梨の声まで聞こえる。


「気をつけてな」

「行ってきます。」

(愉しんでいる様にしか、思えないのは気の所為か?)


鎮音の見送る表情にちらっと悪意が見えた気がした葉霧だった。


           









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る