蛙の王 【異世界ファンタジー 転生】
前世の記憶を思い出したとき、異世界なんてクソだと思った。
この世界の人間は魔力を持ち、それを使って魔物を召喚する。生まれ持った魔力量と召喚した魔物のランクが、この世界の全てだ。
人が持つ魔力の大きさは一生変わらない。
そして俺は極端に魔力が少なかった。
俺の魔力は普通の人の半分らしい。
『半人前のディルク』
それが俺の呼び名だった。親も、兄弟も、使用人たちすら面と向かってそう呼ぶ。
それでも成人するまで捨てずに育てたのは、成人式で召喚する魔物の価値を見極めるため。
父曰く。
「半人前のディルク。ランクA以上の魔物を得ればこの家で養ってやろう。魔物は兄に育てさせる。良い魔物を召喚するよう祈っておけ」
召喚できる魔物は生涯にたった一度。契約すれば片方が死ぬまで他の者と契約はできない。
兄の魔物はランクCの愛玩魔物ラビだった。
魔物にはランクや種類がある。貴重な素材を生み出すもの、美しい声や姿を持つもの、あるいは戦闘が得意なもの。
魔物は契約者が魔力を注ぐほどに力を増す。だからこそ魔力の多い人間は優遇される。
俺がランクSSのドラゴンを召喚しても宝の持ち腐れだ。半人前のディルクだから。
俺が召喚するのがランクB以下の魔物なら、父は俺を家から追い出す。
もしランクの高い魔物を召喚したら、兄がラビを殺し俺の魔物と契約する。そして俺はこの家に飼い殺しにされるってわけ。
それが父の考えだ。
だが召喚者ではない兄が俺の魔物と契約できる可能性は小さい。
兄は自分の魔物を殺すことを知りつつ、高ランクの魔物を欲する。
それがつまり、この世界で生きるということ。
それほどまでに魔力量と魔物のランクが重要なんだ。
父も兄も、この世界のシステムの全部がクソだ。
子供の頃、魔力量を増やそうと思った。何度も何度も、空っぽになるまで魔力を体の外に流して捨てた。ラノベでこうやって魔力量を増やす物語は多かったから。
魔力は空気と一緒に肺から体に取り込み、手足の先から排出できる。魔物に魔力を与えるには、指先から流すことが多い。
人間は魔力を使えないから、普通魔物に餌として与えるとき以外は、わざわざ流して捨てたりしない。
だが他にいい方法を思いつかなかった俺は、意地になって魔力を流し捨て続けた。
そんな努力をしても魔力量はほんのわずかだって増えない。
けれど思わぬ副産物はあった。
ある日、気付いた。
空になった魔力を回復するには一晩寝なければならない。だが俺は昼に動きながらでも回復できる。思わぬ成果だった。
その後もこっそり訓練を続け、今は魔力回復に五分もかからない。
それでも魔力量は半分のまま。今でも俺は半人前のディルクだった。
成人式の日。
クソな家族の見守る中、俺は最初で最後の魔物召喚をする。
現れる魔物はランダムだ。いや、魔力の相性とか諸説あるけど本当のところはわからない。何が来てもいい。今より状況が悪くなることはないだろ。
地下にある、丁寧に描かれた召喚陣の前に立った。
父が言うには遠い昔、この召喚陣から高ランクのマッドベアやキメラが現れたこともあるらしい。由緒正しい召喚陣だが近年は全然いい魔物が出ていない。
召喚者の素質のせいだろ。この家にはろくな人間がいねえからな。
ま、それは俺も一緒ってこと。
さあ来い、魔物。
不思議な力で、どこか知らない世界から魔物を召喚する。
俺は足元の召喚陣に指先からありったけの魔力を流した。普通の半分しかない魔力だが起動したようだ。
複雑な模様の中心から光があふれ、そして消える。そこにさっきまでなかった小さな影があった。
「ケロ」
手のひらほどの大きさの、艶やかな青緑色の塊。それはカエルだった。
背後で父の舌打ちが聞こえる。
「フロッシュか。ランクFだな」
「良かったな、半人前のディルク。この何の役にも立たない魔物はお前のものだ」
笑いながら兄が歩み寄って、親しげに肩を叩いた。
兄が嬉しそうなのは自分のラビを殺さずに済んだからか。いや兄の事などどうでもいい。
手を伸ばすと、何の躊躇いもなくカエルは俺の掌に乗った。
「ディルク。お前には心底失望させられた。さっさと荷物をまとめて家から出て行くがいい」
父が忌々しげに吐き捨てた。
俺が返事を返す前に、父と兄は部屋から消えた。そして周りを取り囲んでいた家人たちも一人残らず背を向けて部屋を出ていく。
俺に失望?
大いに結構。
俺が持っているのはこいつだけだ。
手の上のカエルに、回復した魔力を与えた。カエルは嬉しそうに身を震わせた。
◇◆◇
自分の部屋に隠しておいたの金と武器、そして地図を持って家を出る。
旅はもちろん初めてだが、多分どうにかなるだろ。今日のために最低限の準備はしておいたんだから。成人するまでこの家にしがみついていたのは、そのためだ。
粗末な袋を背負い、まっすぐに前を見て歩く。
歩きながら手の中のカエルに話しかけた。
「なあお前、俺と契約するか?」
「ケロ」
「じゃあ名前が要るが……カエルでいいか」
「ケロ」
こいつ、まるで話が通じてるようだな。
カエルに向けてありったけの魔力を流し名前を与えると、何かが繋がったのが分かる。
これが契約。
悪くない。
「なあカエル。お前喋れたりしないのか?」
契約者と魔物は意思の疎通ができる。
高ランクの魔物は人間と話すのと変わらないほど流暢に喋れるらしい。
低ランクだと感情のやり取りができる程度。
フロッシュのカエルが喋れる可能性は少ないが、ついそう話しかけてみていた。
どうせダメだろう。そう思っていたら、頭に柔らかい声が響いた。
『主どの、よろしゅうに。我のような弱い魔物で済まぬのう』
「……喋れるのか」
『しかし我が名がカエルとは。もう少し色気のある名が良かったが、仕方あるまい。主どのの魔力は美味ゆえ抗えぬ』
「そうなのか?」
『多くの魔物が主どのの魔力を目掛けて集まっておった。勝ち抜けたのが我よ。ふふ。我はこう見えて足が速いのじゃ』
「それは頼もしいな」
他の魔物たちが何だったにしろ、勝ち抜いたのなら秀でたものがあるはず。足の速さかあるいは機転か。
ランクFなのに明確に喋れるのもいい。
「カエル、腹はいっぱいになったか?」
『満足よ。主どのの魔力ならまだまだ喰えるがの』
「そりゃいい」
幸い魔力はすぐに回復する。好きなだけ喰うがいい。
『主どのの魔力は無限なのか』
「いや、他の人の半分だ」
『おかしなこと』
カエルがふふっと笑ったような気がした。
魔力を喰うたびにカエルはよく笑う。耳に聞こえてくるのはケロケロという軽やかな鳴き声だが。
魔物は契約者の魔力で生きる。魔力をたくさん喰えばそれだけ力を増すのは分かっていた。
俺の魔力を食らって大きくなったカエルを肩に乗せて歩く。
きっと楽しい旅になるだろう。
「なあカエル、これから闘技場へ行こうと思うんだ」
『闘いは魔物の本能ゆえ我は構わぬが……残念ながら強くはない』
もし召喚した魔物が戦えるなら、まず隣国にある闘技場を目指すつもりだった。
低ランクのフロッシュは強い魔物じゃない。けれど蛙ってのは本来肉食で貪欲だ。
「カエルは賢いだろ。それに足が速い」
『足は速い。しかし我は小さすぎる。同じ大きさの魔物であれば絶対に負けはしないのじゃが……』
「だったらカエルはドラゴンにだって勝てるさ。同じ大きさになればいいんだから」
そう言って魔力を喰わせれば、また少しカエルが大きくなった。
魔力は時間が経てば消費され、カエルは元の大きさに戻る。だが戻る前に魔力を喰わせたら?
「いくらでも喰わせてやるさ」
半人前の俺だが、この世界に魔力がある限り無限に回復する。貪欲なカエルをいくらでも満たすことができる。
カエルは肩の上で楽しそうに体を揺すった。
俺は前へ進む。
まずは隣国へ。そして闘技場を足掛かりにさっさと成りあがってみせる。
いずれ俺とカエルで食らい尽くしてやるさ。
このクソみたいな世界を。
【了】
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