屋上なら、空が見えるから。 【青春】

 チャイムの音が響く。

 四時間目が終わってざわつく教室から逃げるように、私は弁当を持って立ち上がった。

 階段を塞ぐロープを跨いで上ると、屋上に出る扉がある。本当はここ、立ち入り禁止なんだ。でも先月ドアの鍵が壊れてるのに気付いたから、時々こうして喧騒から逃げ出してくる。


 屋上には何もない。コンクリートの床に座って壁にもたれ、透き通った青を見上げた。

 空のずっとずっと高いところを、真っ白い雲が次々と駆け足で通り過ぎていく。


 カチャ。


 ギイイッと音を立ててドアが開いた。


「やっぱここにいたんだ、穂乃花ほのか

「……あおい

「弁当食べてないじゃん」


 ああ、弁当。そのへんに放り投げておいたっけ。

 葵はずかずかと近寄ってきて、私の隣に座った。


「葵はお弁当食べないの」

「今日はパン一個だからね。もう食べた」

「早っ」

「穂乃花ってさ、山根が好きだったんでしょ」

「……べつに」

「ふうん」


 葵から目を逸らす。

 空の青は、宇宙の色が透けて見えてるんだろうか。

 綺麗すぎて、遠すぎて、じっと見ていたら目に沁みる。


「彼女ができたからって、教室でベタベタしちゃってさ」

「……」

「私は腹が立ったけど?」

「……べつに」

「ふうん」


 そう言うと葵は急にごろんと寝転がって、私の太ももに頭を乗せた。

 重みでコンクリートの床に足が擦れる。


「痛っ」

「ふふん。痛いなら、泣けばいいじゃん」

「ふえっ」

「穂乃花は痛くて泣くんだから。気にすんな」

「ふえっ。……ぐす……ふええ……」

「空がすげえきれえ。今日は雲が速いなあ」


 下を向いたから空は見えなくなったけど、さっき見た青が私の胸にじんわり染み込む。

 堪えきれずに涙がこぼれた。

 今だけ。

 足が痛くて泣いてるだけだから。


――了――

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