毒  【現ドラ・微ホラー】

 浩明の相談に乗る代わりに、行きたい店がある。そう言ってこの居酒屋に決めたのは、初音だった。

 料理のおいしさには定評があるが、客でにぎわう店内は騒がしい声が充満している。

 カウンターに並んで座ると、話をするために自然と二人は肩を寄せ合った。


「ごめんな。初音にこんなこと相談するなんて情けないんだけど」

「いいのいいの。大事なお兄ちゃんだからね。私から相談に乗るよって言ったんだもん」


 浩明と初音は幼馴染で、初音は子供の頃からずっと浩明が好きだった。けれど浩明にとって初音は妹のような存在で、恋人候補にはなり得ない。

 浩明が好きになったのは、初音の友人の千佳だった。


「来週、千佳さんを誘おうと思ってるんだ。水族館とかって好きだとおもう?」

「いよいよ告白するのね。頑張って! 水族館は好きだと思うよ。この前も同じサークルの男の子たちと一緒に行ったって。楽しかったって言ってたし」

「そ、そうか」

「あ、大丈夫だよ。その人たちは全然、恋人とかそんな感じじゃなかったから」


 初音がそう言うと、浩明はほっとした顔になって、ビールのジョッキに手を伸ばした。


「でも最近行ったなら、別の場所のほうがいいかもなあ」

「うん。そうかもね。美術館とかはあまり好きじゃないって言ってたような……。ああ、遊園地とか好きって思う。千佳は少しわがままで子供っぽいところあるからなあ。そこが可愛いんだけどね」

「そうだね。いや、初音も可愛いよ」

「やだー。ありがとう。私も大好きだよ、お兄ちゃん」


 初音がそう言うと、浩明は目を細めて笑った。

 頼んでいた料理が置かれるたびに、浩明は律儀に店員に礼を言う。そういうところが好きだった。


「千佳さんには、彼氏はいないんだよね?」

「今はいないよ、今は。大丈夫だって。お兄ちゃんは優しいし、絶対にうまくいくって」

「ありがとう。初音にそう言ってもらえると、俺もなんだか大丈夫な気がしてきた」

「大丈夫、大丈夫」


 目の前に置かれた料理を二人で仲良くつつく。そしてここにいない千佳のことをいろいろと話す。


 浩明が千佳のことを好きだと分かった時、初音は目の前が真っ暗になった。だって千佳もまた浩明のことを好きだと知っていたから。

 相思相愛の二人に割って入るほどの魅力は、初音にはない。ただ長年一緒に育ってきた妹のような可愛らしさがあるだけだ。だから二人が付き合い始めることは既定路線として、その先を考えた。


 まずは自分を良き相談相手として浩明に売り込んだ。同じように千佳にも。


 そして少しずつ。ほんの少しずつ……。


 毒を仕込むのだ。


 まるで千佳が男遊びが激しいかのように。

 そして浩明が浮気性な男であるかのように。


「初音は本当に可愛い、俺の妹だよ」

「やだー。ふふふ」


 二人が付き合いだした後で、毒は徐々に効いてくるだろう。





 可愛い妹なんていない。

 そんなものは幻想だ。


 嫉妬に狂った女の素顔は


 バケモノなのだから。


【了】


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る