機械仕掛けのティータイム
のーロイド
第1話 遠い海鳴り
1. 沢木老人
その年の遅い春が終わりになる頃、佳奈は毎朝繰り返されるやりとりに確かに辟易としていた。
「何度言えばわかるんだ! できそこないばかりよこしおって」
毎朝5時きっかりに怒鳴り声で電話をかけてくる。
後期高齢者の沢木老人。
佳奈がオーナーを務める「浦島パートナーズ」のクライアントになって今日で一週間。
前日派遣した通いのヘルパーさんが気に入らないからと交代を要求してくる電話だ。
そんなことは言われなくても、額に黒いマジックで大きくバツ印を描かれて帰されてきたのだから、気に入らなかったことは百も承知なのだ。
それでもヘルパーさんが帰宅するのは沢木老人を就寝させた後なので、こちらから事情を聞く連絡もできない。内蔵レコーダーを調べても、何か不都合があったようにも思えない。
そんなわけで、この毎朝のお叱りの電話に甘んじなければならない。
毎朝きっちり5時に、きっちり同じセリフ……。
佳奈はうんざりしながらも、この律儀さにはある種の感動を覚えていたぐらいだった。
軽い脳梗塞の後遺症で手足に麻痺の残る沢木老人は、海外在住の息子夫妻が唯一の身内らしい。本来ならしかるべき介護施設に入所すべきなのかもしれない。だが本人の強い希望で長年住み慣れたこの海辺の街にある自宅で一人暮らしを続けていた。
昨今社会の高齢化が進み、要介護老人の増加はすさまじい。この街でも介護施設は公営民営とも常に満杯状態。現状に追いつけない状況を抱えている。
最近では、むしろ自宅介護を奨励し、その質を上げるのが行政の方針でもあるので、沢木老人のようなケースも珍しいことではない。
通常、要介護状態で一人暮らしを希望する場合、担当のケアマネジャーが状況を把握し、それに応じて自宅の簡単な改造や適切なA I ヘルパーを派遣会社に手配するという手順になっている。
ヘルパーとして実際の介護を担うA I 搭載アンドロイドの出現は、自宅介護の可能性を飛躍的に広げて、質を向上させたと言えるだろう。
ところが沢木老人の場合は、派遣されたヘルパーにはバツ印。その性格の悪さで担当になったケアマネジャーたちを悩ませる。
派遣会社もケアマネジャーも途方にくれ、結果次々交代していった。
そしてついに佳奈たちが日頃お世話になっているケアマネジャーのワコさんが、同僚に泣きつかれるかたちで担当を引き受けてしまったのだ。
「おたくのA I たちは、ちょっと他所と違う気がするの」
さても、細々とヘルパー派遣業などをしている「浦島パートナーズ」の出番となった。
その風貌までおおらかで陽気なワコさん。勤務時間の内外を問わず、誰にでも親切でエネルギッシュなワコさん。
彼女の助けで「浦島パートナーズ」は順調にこの街に溶けこむことができている。
しかしどんな面倒ごとを引き受けても笑顔で力こぶを作ってみせるワコさんが、実際は誰よりくたくたに疲れていることを佳奈は知っている。
だからこそなんとか力になりたいのだけれど……。
日頃の感謝を込めて、ここがお役に立ちどころなのだけれど……。
沢木老人は手強かった!
「とにかく、次はもっとマシなのにしろ」
沢木老人の元気な声が受話器から攻撃してくる。
「あの、お気に召さない点を具体的に教えてくださると……」
「おまえは自分の仕事をわしにさせようというのか」
ああ、話が通じない!
「いえ、その。何かお気に障った時に、ここ。と声に出しておっしゃっていただくだけで、ヘルパーに搭載のレコーダーで後ほど確認して対処も……」
「ふん。さんざ国に尽くして、長生きしてもろくな介護も受けられん。いやな世の中だ」
いつもの決めゼリフでガチャン!と通話は切られた。
「佳奈サンごめんなサイ」
ヘルパーさんたちが集まってくる。ここのところ、この電話後は朝のミーティングみたいになっている。
口を開いたのは昨日沢木宅へ出向いたサオリだ。
「サオリちゃんのせいではないのよ。昨日の内容はレコーダーで確認したから。大丈夫。ちゃんとするべきことができていたからね」
責任を感じているのだろうか。
そんな複雑な思考のきっかけになったのなら、こういうのも良い経験かもしれない……。
そんなことをのん気に考えながらも、佳奈はちょっと困っていた。
今日で一週間だからヘルパーさんが一巡してしまう。
お手あげなんてワコさんに申し訳なさすぎる。
「今日ハわたくしガ沢木サマのところヘ行くバンなのですネ」
おかっぱ頭にクリクリの目をしたミキが佳奈に話しかけてくる。
ミキは「浦島パートナーズ」のメンバーの中でもかなり頼もしいヘルパーさんだといえるだろう。
容姿も可愛らしいのと、そもそも看護師助手として病院で働いていた経験があるので、ふだんはこの街の総合病院や介護付き老人ホームから名指しで助っ人を頼まれることが多い。「浦島パートナーズ」の稼ぎがしらになっている。
あまり個人宅へ派遣することはないのだが、沢木老人宅へ行ったことがないのは彼女だけだ。今日はミキにまかせるしかないだろう。
「それじゃ、ミキちゃんは今日は沢木宅へお願いします。かわりにサオリちゃんはひまわりホームのお手伝い3人に入ってね」
微かな機械音がして、サブリナがミキにデータを送っているのがわかった。
サブリナにはいつも助けられている佳奈だった。
サブリナは天才ロボット学者と言われていた佳奈の曾祖父浦島博士が今から80年前に開発したA I を搭載している。外観こそ人型というよりはより機械的だが、経験を積んで成長を続けたA I のスペックは高い。
実は他のヘルパーさんたちは、廃棄されるA I などをいろいろな経緯で佳奈が入手した、いわばよせ集め軍団なのだが、彼女たちの教育と管理はサブリナが引き受けてくれている。
サブリナは「浦島パートナーズ」のマザーコンピュータともいえる。
「カナ、ワタシハ心配。傾向と対策ガデキテイナイ」
サブリナの指摘は佳奈の心配と同じだった。申し訳ないけれど、やはりワコさんに相談するしかないだろう。
沢木老人の頑なさには、他に理由があるのかもしれない。
いずれにしても、今は彼女たちを送り出さなければならない。
「じゃあ確認します」
ヘルパーさんたちの視線が一斉に佳奈に向けられる。
「沢木宅はミキちゃん。頑張って!
ひまわりホームのお手伝いはケイちゃんハルカちゃんサオリちゃんの3人。変更は連絡しておきます。
それからタツコ姫とルイルイは伊丹宅、木村宅、山野辺宅の順に2人で回ってください。いつものように3日分の食事の支度と入浴です。2人で協力してね。
ティールームは今日はサラエさんが当番ですね。サブリナもデータの解析が終わったら一緒にお願いね。あ、ワコさんが現れたら、わたしに連絡してください」
「みんなしっかり充電してるね?
それから、午後3時にはなるべくお茶の時間を持ってね」
佳奈の言葉に、
「ハイ」と小さく返事をするもの。うなずくもの。ウィンクしてみせるもの。
ヘルパーさんたちは思い思いのO K サインをしてみせる。
すごい、こんなに個性が開花している。
よせ集め軍団は着実に成長している。不安はあるけれど、佳奈は嬉しくてたまらなくなった。
「さあ、今日もはりきってお仕事しましょう」
初夏の風が海の香りを運んでくる。佳奈はヘルパーさんたちを送り出した。
* * *
その夜遅く、ミキは帰宅した。
予想通りと言っていいだろう。 彼女の額には黒々とマジックでバツ印が描かれていた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます