第19話 どんどん複雑になる

 自らの予想に反し、暁良は真剣に路人の過去の映像を見ていた。今は丁度、路人が自分と同い年くらいの時のものだ。

「全く違うな」

 楽しくなさそうな表情でロボットについて語る路人の姿は今からは想像できないものだ。少なくとも、今の路人はロボットを楽しく作っている。しかし、この時は大勢の人を前に自分の開発したロボットの説明をしているというのに淡々としていた。

「一色先生に質問です」

 そう言って、この当時の路人より二十は上だと思われる研究者が質問をしている。この頃にはもう先生と呼ばれる立場だったのかと、暁良はつまらなさそうな路人を見て溜め息が出た。

 あのKSR事件で先生と呼ばれるたびに不機嫌だったのは、きっとこの頃を思い出すからだろう。そもそも依頼にやって来た戸田がうっかり先生と呼んだだけで不機嫌だった。

「どうしてだろう」

 それはもちろん、路人が望んで進んだ道ではないからなのだが、それでも期待に応えるだけのことはやっていたのだ。それなのに、何をやっても達成感がないかのような顔は気になる。

「科学なんて大嫌いだった」

 路人が言った言葉が、総てを表しているのだろうか。母親との関係のいびつさも科学のせいだから当然と言えば当然なのだが。

「今は、大好きなのにな」

 真逆になったのはどうしてだろうか。暁良は映像を見ながらも次々と疑問が浮かんでくるのだった。





 その路人は、哲彰が買ってきた牛丼を掻き込みながら佑弥から礼詞を狩らないかと持ち掛けられたことを聞いていた。

「宮迫佑弥ねえ。ひょっとしてこいつ?」

 まさかそんな偶然はないだろうと思いつつも、路人はタブレット端末に入れていた科学者が狩り犯の写真を哲彰に見せる。すると哲彰はこいつですと大声で叫んだ。まだまだテンションが高い。

「え?一色さんが知っているってこいつ、そんなに悪党なんですか?」

 タブレットを借りてもう一度佑弥の写真を見た哲彰は、礼詞を狙うだけでなくもっと凄い犯罪をしているのかと疑う。

「いや。これは相当前から仕組まれていた。それだけだよ。問題は、どうしてこんな回りくどい方法を取っているかだね」

 たまたまハマって続けていた科学者狩りの捜索は、様々なことに繋がっていたのだ。路人は牛丼の残りを口に突っ込んで顔を顰める。

 おそらく相手は路人の思考まで読み切っているということだろう。科学者狩りを狩るというのは、確かに路人の関心を惹き続けた。それは面白いように開発した罠に高校生が掛かるからだ。

 では、この科学者狩りは単純な流行か。これも今は違うと言い切れるだろう。誰かがあえて扇動しているのだ。それは礼詞かもしれないし、紀章かもしれない。逃げた瞬間から、向こうは捕まえるための大掛かりな仕掛けを始めていたというわけだ。

「はあ。科学技術省なんて勝手に作って勝手にやればいいのにね。これだけロボット開発や人工知能に研究者が集まっているんだ。俺に固執する必要は一切ない。いい加減にしてほしいよ」

 牛丼を飲み込み終え、路人は思わず愚痴を言っていた。多くの将来に不安のある高校生や学生を犯罪に走らせてまで自分を連れ戻したいなんて意味不明でしかない。

「路人が自分から戻って来たという事実が欲しいのかもしれないですね。嫌々やらされているというのは、山名先生としては不本意でしょうから」

 瑛真からすれば、それだけやっても路人は必要とされる存在だと思う。これほど本人と周囲との間に認識のずれが生じていたとは、瑛真もこうなるまで気づかなかったほどだ。この研究室を作ってしばらく休むというのは、気まぐれだと誰もが思っていたほどにずれている。

「自分から戻って来た、か。確かに暁良を取られてしまうとそうなるしかなくなるね。あいつらは、俺が好きでやっていないことなんてずっと前に気づいていただろうし。そろそろ自分からやれとは思っていただろう。ったく、面倒臭い。だから嫌なの。そこんところ、全然解っていない」

 むすっと膨れると、路人はクマのぬいぐるみを机の上に置き枕代わりにして顔を伏せてしまう。

「路人さんはずっと愚痴を言っていたからな。俺がこうやって声が出なくなったことにも憤っていた。色々と問題がある中で、社会の要請に合わせてロボットや人工知能の開発に携わっていたんだよ」

 どういうことかと困惑している哲彰に、翔摩はパソコンにそう打ち込んで説明した。

「はあ。あの、声が出ないんですか?大丈夫ですか?」

 哲彰は何だか色々と大変なんだなと、呑気な面しか聞いていなかったので驚きの連続だ。それに翔摩が声が出ないなんて話も知らなかった。

「ああ。いずれ治るだろう。それよりも暁良を取り戻すには赤松を狩るという提案に乗るしかないというのは事実だ。大林君だけに任せてはいられない。俺たちも協力しよう」

 他に解決方法がないという優斗の意見には賛成だ。しかし高校生一人が抱え込むには危険な状況になっている。明らかに礼詞は科学者狩りをしようとした佑弥を捕まえさせることで接触しようと企んでいる。そのために暁良を捕まえたのだ。そして、確実に取引を持ち掛けてくるだろう。友人である優斗と哲彰を巻き込んだのは、暁良に余計な口出しをさせないためだ。

「事件が大きすぎるな。暁良との出会いも仕組まれていたと考えると、科学者狩りとして宮迫という少年の写真を提供したことも頷ける。何一つ無駄のない計画だ。問題は、これを仕込んだのは山名先生と赤松で間違いがないのか。これだな」

翔摩はそう瑛真とのチャット画面に書き込む。

「そうね。菱木操。一体何者なのかしら」

 明らかに今、説明のつかないのはこの依頼人のみだ。瑛真もどう対処すべきか、すぐに答えは出せなかった。





 一方。優斗は昼休みになるとすぐに図書室に向かった。そしてパソコンの前に座るとデジタル化されている新聞の記事の検索に入った。

 インターネットでは路人の情報を消しているわけだが、過去の新聞の情報まで消せていないはずだ。こういう時、最後の頼みとなるのはローテクなものである。

「あった」

 最近の記事から二十年前の記事まで、一色路人で検索するだけで色々と出てきた。要するに、社会人ならば当たり前に知っている存在だったのだ。それが新聞やテレビニュースとは縁遠い高校生は知らないという、今も昔も変わらない状況があっただけなのである。

「一番古いのはこれか」

 二十年前、飛び級拡大に伴って入った学生を追い駆けた記事が最も古かった。そこには四歳で入学し、もうすでに大人顔負けのプログラミングを作っている路人の紹介記事があった。

「はあ。まさに天才」

 感心しつつ記事を読み進めていると、その次に紹介されていたのはなんと礼詞だった。礼詞は同い年で、同じくロボットへの独特なプログラミングが評価されているとの紹介がある。

「やっぱり二人は繋がっているんだな。つまり、これは仕組まれている。今頃、哲彰が伝えたことで一色路人もそれに気づいているはずだ」

 哲彰を向かわせて正解だったと確信し、さらに記事を読んでいく。路人が何かを発表するたびに話題になっている感じだ。今では当たり前の店員代わりのロボットや趣味嗜好を読み解く人工知能。それを実用化レベルに押し上げるのに一役買ったのが路人だったのだ。そして、それを一緒にやっていたのが礼詞であることも解る。

「はあ。まさに今の社会を築いた二人か。飛び級で小さい頃から研究の最前線にいて、それを国も大学も全面サポートしていた。そしてそれは今も続いている。そういう奴らなんだ」

 住む世界が違うなと、それが優斗の正直な感想だった。本当ならばあんなところで出会うはずのない科学者だったわけだ。

「なんで、あんなところで暁良を雇って遊んでいるんだか」

 素朴な疑問も浮かぶが、そこは変人らしい路人の行動だから理解できないというところだろうか。

「まあ。暁良を取り戻すには一色路人と協力するしかない。そして赤松礼詞を狩るという名目で接触するのが一番か」

 路人たちと同じ結論に落ち着いた優斗は、次は自分が路人と接触しなければならないなと悩む。どうにも自分とは合わないタイプだと解っているだけに、ちょっと気が重い。

「そうだ」

 最後にと、優斗は試しに宮迫佑弥の名前を打ち込んで検索をかけてみた。すると記事がヒットする。

「マジか」

 人工知能の性能をさらにアップさせたとして、佑弥の研究が紹介されていた。年齢こそ17歳だがやはり高校生ではなかったのだ。

「予想以上に頭がいいんだ」

「――」

 記事をじっと睨みつけていると、後ろからそう声を掛けられて驚く。すると佑弥が背後に立って笑っていた。

「ネット世代が新聞に目を付けるとは思っていなかったよ。君は、俺たちの想像の上を行っているね。ますます面白いよ」

 佑弥は驚いて固まる優斗を見て楽しそうに笑う。

「俺をどうするつもりだ?」

 ここまで知られて、このまま一緒に礼詞を襲おうとは言わないはずだ。そう思って訊くと計画に変更はないよと佑弥は笑う。

「何だと?」

「俺は赤松礼詞の命令で動いているわけではないからさ。科学者の世界も所詮は人間関係の中で成り立っている。色々とあるんだよ」

 そう言って佑弥はぐっと優斗に顔を近づける。一体何がどうなっているのか。またしても解らなくなって優斗は困惑した。

「俺を一色路人の元に連れて行け。総てはそこで話す」

「――」

 こうして、事件はさらに複雑化していくのだった。

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