僕と変人の交遊録ー一色路人は超変人科学者ー

渋川宙

第1話 科学者狩り

 何でもかんでも自動化。何でもかんでもロボット化。何でもかんでも人工知能による判断。それが今の世の中だ。どう考えたって面白くない。

 人間の仕事はどんどん機械に置き換わっていく。そんな中で、選べる職業が減るのは当然だ。今、圧倒的に収入がいいのは理系。それもロボット工学や情報工学、データサイエンティスト、あとは一部の物理学者。やっぱり面白くない。

 そんな不満を抱える高校生の陣内暁良は、見た目こそ不良ではないものの、しっかり不良の区分に足を踏み入れていた。そもそも理系科目が苦手で、こんな世の中で勝ち組に成り上がれるはずがない。そんな思いがある。

 それに同調してくれる同じ高校の仲間の石田哲彰と大林優斗と毎日のようにつるみ、科学者と区分される奴らをカツアゲすることに明け暮れていた。これは今流行っている科学者狩りというヤツだ。世の中、同じ不満を持つ奴は山のようにいるってことだろう。

「おっ。またやっているな」

 夕暮れの街を、丁度よく狩れそうな科学者を探して歩いていると、哲彰が何かを見つけてそう言った。

「ああ。ロボット反対運動ね。あれこそ無駄だと思うけど」

 そう笑うのは優斗だ。世の中の大きな流れに逆らうなんて馬鹿馬鹿しい。そんな厭世的気分に浸っているようだった。優斗はこの中で一番成績がいいだけに、理系反対とまではいかないのだ。それでも、科学者狩りのスリルに嵌って暁良の仲間をやっている。

 暁良たち三人が歩く道の反対側、そこで大人たちがプラカードを持って何やら騒いでいた。そのプラカードには古典的なロボットの絵が描かれている。そこに大きなバツ印が付けられていた。彼らはおそらくロボット化で失職した人々なのだ。次の仕事が見つからず、ああしてロボットへの反対を騒ぐしかない。

「あんなのやるより、科学者の頭数を減らした方が合理的だ。というわけで、さっさと獲物を見つけようぜ」

 何やら虚しさを感じる大人の行動に、暁良は嫌だ嫌だと首を振る。もっと生産性のあるやり方で世の中に訴えるべきだ。ということで、今日も科学者狩りをやろうというわけである。

「あいつとかどうだ?」

 哲彰もすぐにロボット反対の団体に飽き、行き交う人々に目を向けた。科学者狩りが流行るにつれ、歩いている科学者を見つけるのは難しくなっている。それに見た目から科学者という奴はなかなかいない。

「あれはサラリーマンの可能性大だな。カバンとかさ」

 明らかにパソコンを持ち歩いているように見えないと、優斗が冷静な分析をする。この分析能力がいつも役立っていることは言うまでもない。

「そうだな。あっ」

 優斗の意見に頷いた暁良の目に、丁度いい奴を捉えらえていた。この世の中で堂々と科学者面している奴だ。

「すっげえな。あそこまで堂々とされると襲われ難いってことか」

 哲彰もそいつに目を向けて笑う。そいつ、明らかに科学者な男は長めの髪に黒縁眼鏡、手にはタブレット端末、そして重そうなリュックを背負っていた。格好はラフだが、アニオタのようなファッションではない。要するに、服装は小奇麗だった。

「良い作戦だが、暁良の目に留まったのが命運の尽きってところか」

 優斗もこれは分析は要らないと笑った。そして三人は頷き合った。どこか人気のないところに獲物を追い込む。こういうのは大昔に流行ったおやじ狩りと大差ない。

 男はずっとタブレット端末の画面を見ていて、暁良たちが尾行しているとは思いもしないようだ。それどころか、自分から人通りのない裏路地へと入って行く。

「ラッキー」

 あまりスリルがなくて面白味に欠けるが、今日の仕事は成功しそうだ。金目のものを奪い、さらに適度にストレス発散も出来る。暁良は二人に反対側へ回るよう手で指示した。

そのまま暁良だけが男の後を歩いていく。男はタブレット端末を操作しているというのに、足取りは早かった。しかも道にゴミ袋があろうとしっかり避けている。

「何だ、こいつ」

 簡単だと思っていたが、何だか変だ。それが暁良の第一印象だ。まあ、見た目からしてすでに変なのだが。

 ほっそりした身体をしているから、体力はないだろう。ケンカにさっさと持ち込んだ方がいい。暁良は他の二人がもう近づいているのをスマホで確認し、行動に出た。

「おい、おっさん。止まれ」

 わざと低くした声でそう叫んだが、男は自分がおっさんと思っていないのか立ち止まらない。いや、振り返りすらしなかった。その行動に、暁良はカチンとなる。

「おい!止まれよ」

 この野郎。今日は手加減なしだな。暁良がそう思って男のリュックに手を掛けた瞬間――

「うあっ」

 暁良は目の前が真っ白になった。さらにぼんっという音がしたかと思うと、自分の身体が自由に動かなくなる。よく見ると、網で身体を絡めとられていた。

「何だこれ?」

 驚く暁良を無視し、男はなおもタブレットを操作したまま歩いていく。背中が重くなったことなど関係なしという感じだ。

「ええっ!?」

「暁良?!」

 それを見ていた哲彰は何も出来ずに呆然と暁良が引きずられていくのを見つめるしかない。というか、変な状況に頭の理解が追いついていなかった。

「おっさん。止まれよっ!」

 暁良は喚き散らすも、男は足を止めなかった。それどころか、目の前にあるレトロな雑居ビルの階段を上り始める。

「いたっ。ちょっ、待て」

 網が絡まっている暁良は上手く歩けず、階段で膝やら脛やらを打って痛い。しかし男は気にせず三階まで上がって行った。そして薄暗い廊下を進み、真ん中の部屋へと入った。

「おい!」

 そう叫んだところでようやく男の足が止まった。そして朗らかな声でこう言った。

「おおい、みんな。活きのいいのが捕まったよ~」

 そう言って男はリュックを下ろし、ようやく捕まえた暁良の顔を見たのだ。近くで見る男の顔は、何だかのほほんとしている感じがした。しかし黒縁眼鏡の奥の目だけは鋭い。

「あんたは?」

 暁良は男に向けて訊く。するとにこっと笑って名乗ってくれた。

「俺?一色路人。ここで困り事の解決をしている。最近増えたっていう科学者狩りの犯人を捕まえてくれって依頼があってね。まあ、試しに発明したこれを使ったってわけさ」

 さらに説明された事情に、暁良は呆然としてしまう。要するに罠に嵌められたのだ。

「警察に突き出すのか?」

 やっぱり怖いのはこれだ。将来に悲観していても、さすがに完全にアウトローになる覚悟はない。

「ううん。どうしようかな?どうやら君は、相談された犯人とは違う感じだし」

 のほほんとした路人は、白い粉にまみれ網に捕まる暁良を呑気に見つめている。手に持っていたタブレットと比較して、やっぱり違うなと呟いた。

「見逃してくれるのか?」

「え?それは嫌だ」

 期待して訊いた暁良に、あっさりとし過ぎな答えがくる。嫌ってどういうことだと暁良は殴りたい気持ちになる。

「博士。捕まえましたか?」

 そこに奥から人が出てきてそう訊いた。女の人の声だ。暁良が目を向けると、スレンダーな美人がそこにいた。しかし性格はきつそうだ。

「うん。まあ捕まえたけど目標とは違ったね。でもこの子、使えそうでしょ?」

 路人は振り向き、その女性に向けて訊く。すると使えるかどうかは見た目で解らないとツッコまれた。やはりきつそうだ。

「体力はあるでしょ?うちはどうも頭脳派ばかりでさ。肉体労働してくれる人を探していたんだ。どう、君。科学者狩りをしているくらいだから暇なんでしょ?ここでバイトしない?」

 路人はまあまあと宥めて暁良に訊く。それに暁良はもちろんのこと飛びついた。

「バイトすれば、警察には」

「突き出さないよ。だって、突き出したら働いてもらえないじゃん」

 のほほんとした路人はそう言って笑う。まったく捉えどころがない。しかしこれはラッキーだ。適当に働いて辞めれば、この場は見逃してもらえるだろう。

「働きます」

「ああ。まあ警察よりはマシだけど、大変よ」

 意気込んで言う暁良に、女性は呆れたようだった。

「えっ?」

「じゃあ決定。君の名前は?」

 考えを翻す時間もなく、路人は笑ってタブレットを突き付けてくる。そこには労働契約書が表示されていた。

「陣内暁良です」

 引くに引けず、しかも警察が嫌な暁良は名乗るしかなかった。こうして、暁良は路人の下で働くことになる。それがとんでもなく非常識な日々になろうとは、この段階では何となくしか想像できていないのだった。

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