第7話 狼の巣で
質屋のシュレスホールド・ガーディアンは特別な店だ。
表向きはアンティーク品を主に扱う店だが、実際に扱っているのは魔法の道具、呪いの品々、聖遺物だ。
凜夏は、市場からその足でその店にやってきた。
朝に預けた"品物"……つまり"魔導書"を取り戻すためだった。
「また、あんたかね? まだ何かを質に入れたいのかい?」
店主が、ずれたメガネを直しながら言った。
「金は出来たから質入れしたものを戻しに来た」
「ずいぶんと早いじゃないか。ついさっき……」
「金は渡す。早く品物を返して」
凜夏は強い口調で言った。
「それ残念だ。せっかく"魔導書"を手に入れられると思ったのに」
凜夏は店主を睨みつけた。
「おいおい、私はその手の専門家だよ? 質入れの品物の見立てを出来ずに店をやってられると思うかね?」
「価値を知っているなら横流しもできただろうに」
「そりゃ、魔導書の英訳版だからな。正直なところ多少、心は動いたがね。だがそいつは店としてルール違反だ。それに
そう言って店主はにやりとした。
「それより、この"魔導書"のことが裏の世界で随分と噂になってる。さるところに所蔵されていた英訳版が盗まれたって話だが」
「無駄話はいい。それより早く品物を返してくれ」
「はいはい……」
店主は、奥に入ると本を一冊持って戻ってきた。
凜夏は本と交換に金を渡す。
「はい、確かに……では、こちらの受取書にサインをしてくれ。でも、気をつけなよ、その魔導書を狙って危険な連中が動いているって噂だから」
凜夏は何も言わずに店から出た。
ヴェスナの指定したのは港のある海運会社の所有する倉庫だった。
教団組織が関係している会社だ。
何が入っているかわからないコンテナが山積みされている。
そこではやがて来るであろう相手への準備を進めていた。
黒ずくめの男たちがアサルトライフルの弾倉に銃弾を補充している。
他にも監視カメラにつながったノートPCの準備や警報装置の設置がされていった。
倉庫の片隅には縛られた未冬が放り出されている。
そこへヴェスナ・ヴェージマがやってきた。
「あんた、
「一体誰ですか?」
「凜夏・ランカスターといえばわかる?」
「凜夏さんが
「随分と親しいようだけど」
「昨夜、初めて会った人です。私を助けてくれましたから」
「助けた? あんたを巻き込んだだけでしょ?」
「たまたまです! 凜夏さんはそんな人じゃありません!」
ヴェスナは肩をすくめた。
「おめでたいね。まあ、普通の生活をしている普通の人間ならしかたないけど。私たちは魔女なのよ」
「それも聞きました」
未冬の言葉にヴェスナは小首をかしげる。
「凜夏さんが魔女なのは凜夏さん本人から聞きました。最初は驚いたけど、傷がすぐに治ったり、不思議なことが出来たり、美人だし……魔女なのも納得だけど」
「まったく変な娘ね。凜夏が興味を惹かれるのもわかる気がする」
「それより、あなたは何なんですか!」
「私?」
「橋の上で私たちを襲ったのもあなたでしょ!」
「私も魔女よ。凜夏とは仲間だった」
ヴェスナは未冬に息がかかるほ顔を近づけた。
「そして恋人だった」
「えっ……?」
未冬は驚いた。
「私達は一緒に魔法を学んだ間柄。長く時間を過ごすうちにお互い愛し合うようになった」
「嘘です!」
「嘘?」
「だって、あなたの……それは好きだった人に向ける憎しみじゃない!」
「間抜けそうで意外と鋭いのね。ますます興味深い。あなたはまだ本気で人を愛したことがないからだろうけど、愛する者に裏切られるということがどれだけ深く心をき傷つけるのかを知らない。今の私には憎しみしかない」
そう言ってヴェスナが仮面を外した。
赤い瞳に美しいブロンドの髪。整った顔立ちは美人の部類だろう。左目の辺りから頬にかけてただれた火傷痕がなければ、
「不死に呪いが解けた後、凜夏にやられた。再生しないからこの有様」
ヴェスナはにやりとしたが左半分は筋肉組織も損傷しているようで表情は変わらない。
「凜夏さんはそんな酷い仕打ちをする人ではないよ」
「どうしてそんなことがわかる? 昨夜会ったばかりの相手に何を知ってる?」
「わかることはわかるんです!」
「子供か」
ヴェスナは苛立って言った。
「とにかく凜夏は私と組織を裏切ってあるモノを盗み出した。もともと教団に潜入したスパイだったのさ。最初から私を裏切るつもりだったんだ」
未冬は、凜夏の隠しバッグの事を思い出した。
「あれは私たちの教団にとって神を呼び出すとても重要なものでね。それと引き換えにあんたを返すと凜夏に連絡した」
「お聞きしますけどね、凜夏さんがあんたの言うような人ならその重要なものとかいう物を私となんかと交換するわけないと思うんだけど!」
未冬は腹立ち紛れに強い口調で言った。
「いや、するよ」
「何を根拠に……」
「どいういわけか、凜夏のことが好きらしい」
「好き?」
「あんたも凜夏が好きだろう? 私にはわかった。ナイフを凜夏に突き刺した時に感じたんだ。不死が消えてるって」
「ナイフの傷は治癒しましたよ」
「私もよくわからないがきっと最初は不安定なんだと思う。いずれ愛が強くなれば"不死の呪い"は消える。その時が凜夏の最後だ!」
ヴェスナは仮面をつけ直した。
「愛が強くなるのはどんな時だと思う? 愛する者を失った時よ。だからお前を捕らえた。意味はわかるだろ?」
指定された場所にやってきた凜夏。
凜夏は物陰に身を隠しながら港の中を倉庫を目指して進んでいた。
指定の倉庫に近づくと足を止める。
用意していたバッグから袋を取りだすと
「さあ、仕事だよ。行ってきな」
羽虫たちは、倉庫の周辺に飛び回ると凜夏の元に戻ってきた。
その中の一匹が凜夏の右手にとまる。それは羽虫ではなく人の形をしていた。昆虫の羽を背中に持ち仲間が周辺を飛び回っている。彼らは妖精という存在だった。
妖精は周囲を偵察結果を凜夏に報告した。
「なるほど……武装した連中が隠れて待ち構えているわけだ。でしょうね……でもそのあたり想定内」
別の妖精が凜夏の左肩に止まると見てきた様子を報告する。
「外に十人、中に十五人……ありがとう。お前は使える子だね」
凜夏は肩の妖精を褒めると右手に乗った妖精がひがんだのか騒ぎ出す。
「お前もよくやってくれた。ありがとね」
褒められた妖精は機嫌を直した。
「さてと……」
凜夏は、バッグから
人皮で作れた表紙が異様な雰囲気に怯えた妖精たちは袋に逃げこんでしまう。
凜夏は本を開くとある項目を探し始める。しばらくすると目当てのページを見つけ出した。
「これだ……」
凜夏は書かれていた文字の暗記を始めた。
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