第3話 魔女の告白
未冬は、凜夏に自分の上着を着せるとモーテルへ入った。
「クレジットカードは使っちゃだめ。監視されてる」
「はい。ああ……でも手持ちのお金だと足りないかも」
「私のポケットに現金がある。それを使って」
小声で話し合う二人をフロントから男が怪訝そうに見ていた。
「ツインで一泊! いや、もう少し泊まるかも」
「うちは前払いだよ」
そう言って男はカウンターにある料金表を指差した。
未冬は凜夏の財布から現金を出して置く。男は現金を受け取ると部屋のキーを未冬に渡した。
足取りが虚ろな凜夏をつれて部屋に入った。
なんとか凜夏をベッドに寝かせると痛みのせいか、うめき声を上げた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。すぐに治る」
「でも、まずは止血しないと……上着、脱がせますね」
凜夏の上着を広げてシャツの様子をみてみる。血は滲んでいるが止まっているようだ。傷に触れないように慎重にシャツのボタンを外した。
その時、何かのベルトが肩から脇腹にかけて斜めに巻かれている。どうやら隠しバッグのベルトのようらしい。外してみるとバッグは背に回っていた。ここまでするのはよほど大切なものに違いない。中身を確かめたい衝動にかられたが、他人の持ち物を覗き見するのはどうかと思い思いとどまった。
未冬は外したバッグを机に置いた。
まずは血を拭き取らないと……。
ハンカチを水に濡してくると凜夏の脇腹についた血を拭き取った。
ところが、
「あれ?」
負傷したと思われる脇腹には血はついているものの傷が見当たらない。念入りに探してみたがやはり出血している傷はない。脇腹には僅かに赤くミミズ腫れがあるだけだった。不思議に思っていると凜夏が声をかけてきた。
「ごめん、未冬……巻き込んでしまって」
「謝るのは私の方です。助けてくれたせいでこんな事に……」
「私がしていたバッグは?」
「ああ、そこに置いてあります。やっぱり大事なものなんですか?」
「とても……中身見た?」
「まさか。他人の荷物を漁る趣味はありませんよ」
「よかった。もし見てたら君を殺さなければならなかった」
「えっ?」
「……冗談よ。でもその中身はとても危険だからでも見ないでね」
「み、見ません。それより、血を止めようとしているんですけど出血している傷が見つけられなくて」
「ああ、それはきっと傷が塞がったんだよ」
「そんなわけないじゃないですか! 顔も青い。具合もすごく悪そうだし」
「血が流れすぎただけさ。少し寝ていれば元に戻るよ。今日はいつもより長引いているけどね」
「いつもより……って、こんなことよくあるんですか?」
「まあね。ちょっと? 君、泣いているの?」
「だって、そんなの辛いじゃないですか。こんなに身体を傷つけることが、いつものことなんて!」
「おいおい、所詮、他人事じゃないか」
「違いますよ!」
急に声を荒げた未冬に凜夏が驚く。
「凜夏さんは、私を助けてくれた人です! 他人事でなんかありません!」
未冬は涙目でそう訴えた。
「それは……事情は必ず話すよ。でも今は眠らせて」
凜夏はそう言うと静かに目を閉じた。
「凜夏さん……?」
凜夏の返事はない。どうやら早々に眠ってしまったようだ。
未冬は、ベッドの上に横たわる凜夏を見る。よほど疲労が激しかったのだろう。熟睡しているといった様子だ。とにかく命に別条はなさそうだ。これでひとまず安心できる。
未冬は、大きくため息をつくとばにあった椅子に座り込んだ。
なんて長い夜だろうか。
店から出てアパートに戻って寝るだけかと思っていたら、拐われて、拷問されて銃撃されて……ありえない!
「ごめん……」
呼ばれたと思って振り向くと凜夏は寝ている、
「何……凜夏さん?」
返事はなかった。どうやら寝言だったらしい。
「ごめんね……ヴェスナ」
ヴェスナ……?
未冬は凜夏の寝顔を見た。
ヴェスナって誰のことだろう? 凜夏さんの知り合いなんだろうけど……
凜夏の目に涙が浮かんでいるのに気がついた。
きっと、凜夏さんにとってよほど大切な人なのかもしれない。家族か……それとも恋人なのか
未冬は、凜夏の涙をそっと拭ってやった。
次の日の朝、凜夏は、窓から差し込む日差しで目を覚ました。
部屋を見渡すと誰もいない。
起き上がり、昨夜の傷を確認した。脇腹に赤く痕が残っているが治癒はしている。
しかし治癒に時間がかかり過ぎた。そのせいで必要以上に血が流してしまった結果がこれだ。意識を失う羽目になってしまい回復にも時間がかかったのだ。
凜夏が思案していると机の上に置かれた隠しバッグが目に入った。
ベッドから降りて机の上のバッグを手に取ると中身を取り出した。
それは古めかしい本だった。
革張りの表紙には不気味な人の顔が象られている。リアルすぎる人の顔は造形ではなく本物の人間にしかみえない。もしくは本物の人の皮なのかもしれなかった。
品物は無事だった。
未冬は、これを見たのだろうか……?
凜夏はふと思った。
そうだ……未冬は?
部屋を見渡しても未冬の姿が見当たらない。
隣のベッドの様子を見た。誰かが寝た形跡はある。シーツに触れてみるとわずかだが温もりが残っている。これが未冬であれば、ベッドにいたのは恐らく1時間、もしくは2時間前までだろう。
「あれ? 凜夏さん、おはようございます」
振り向くと未冬が部屋に戻ってきていた。凜夏は持っていた本を慌ててバッグに戻す。
「身体、大丈夫ですか?」
「君こそ、だめじゃないか。勝手に外を出歩いて」
「朝食を買って来ただけですよ」
「朝食?」
小首をかしげる凜夏に未冬が笑顔でコスタカフェの紙袋を掲げて見せた。
ベッドの上にクロワッサンが置かれる。
「凜夏さんの好みはわからなかったから、コーヒーは私の好みで」
未冬は、凜夏にコーヒーカップを渡した。
「ありがとう……」
カップを受け取ると両手で持ち口に運ぶ。
「熱っ……!」
慌ててカップを口から離す凜夏。
昨夜からの凛々しい姿を見ていた未冬は熱がる凜夏の仕草が可笑しくて思わず笑ってしまう。
「もしかして凜夏さん、猫舌にゃんですか?」
未冬の言葉に凜夏は、罰が悪そうにうつむいた。
――クロワッサンを食べた後、未冬はコーヒーを口にした。
凜夏も十分に冷めたコーヒーを飲み始めている。
「あの……不思議なんですけど」
未冬が切り出した。
「確かに凜夏さんの脇腹から血が流れていた筈なんですけど。脈も弱くなっていたし……それが今は傷も治ってる。一体、どういうことなのかよくわからなくて」
凜夏はカップをベッド横のナイトテーブルに置いく。
「私、特異体質で」
「特異体質って……体質で傷が数時間で治りますか? テレビ出れますよ」
未冬の言葉に凜夏はくすりと笑う。
「これ、呪いなの」
「バカにしないでください。子供じゃあるまいし、呪いだなんて」
頬を膨らます未冬。
凜夏は、スラックスの裾をめくると隠し持っていたナイフを取り出した。
「まだ、そんな物も隠し持ってたんですか?」
凜夏は何の躊躇もなく自分の左手の指をナイフで切った。
「ちょ、ちょっと何を」
一瞬、傷口から血が出たが出血はすぐに止まってしまう。
「ねっ?」
にっこりとしながら凜夏は指を見せた。
未冬は凜夏の左手を握ると傷を確かめた。けれど傷痕はどこにも残っていない。
「なんで……?」
「これが私にかけられた"呪い"なの。私は死ぬことのないし、傷つくこともない。怖がらせちゃったかな……ごめんね」
そう寂しそうに語る凜夏。
ところが……。
「凜夏さん! これって病気でもいけます?」
興奮しながら未冬が凜夏に詰め寄った。予想していた反応と少し違う未冬に凜夏は少し戸惑う。
「う、うん……まあ」
「食中毒も?」
「たぶん……大丈夫だと思う」
「すごいですっ!」
「そんなに自慢できることでもないけど」
「だって、これてって医療保険いらずじゃないですか!」
「そ……そこなの?」
この"不死の呪い"には続きがあった。
愛する人と想いが通じ合えた時……お互いを愛しい人だと思えた時、"呪い"の効力は消える。
そしてその想い人が命を落としたその時は、自らも命を枯らすのだ。
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