第二部 第9章 朴佑杏の真実(1)
「あなた、韓国の母親に何って言われたのよ」
夕のその言葉で佑杏の背筋は凍りついた。興奮のあまり、夕はしゃがみこんでいる佑杏の両肩を持って揺すっていた。
「何言われたのよ!」
夕は強い語気で佑杏に言い寄った。 佑杏は突然立ち上がり、その場から会場の出口へと走り出した。
「佑杏!」
早乙女も慌てて佑杏を追いかけるが、追いつかない。会場は騒然とし、ひそひそと話す声が聞こえてくる。
「帰るわ」
そう言い残して夕も会場から去り、出入口の扉を開けた。そこで聡志と櫻田が待っていた。
「さっき、朴佑杏が走っていきましたけど、聞き出せましたか?事件解明について」
聡志が問うても夕は無言を貫いている。
「黙っていてはわかりませんよ」
まだ黙っている。徐に夕は、
「ああ」
と言うだけであった。 ダメだったんだなと二人は悟った。
「気を落とさずに。また機会はありますよ」
聡志と桜田は夕を勇気づけるしかなかった。三人は会場を後にした。
「おっさん、あの店で作戦会議だ!いくぞ!」
夕がそう言うと、桜田が
「あの店ってどこですか?」
「ついて来れば分かります」
「そうですか。ではご一緒に」
桜田は言われた通りに後からついて来る。桜田はあの居酒屋に行くのが初めてである。
「ここから桜田さんの運転で歌舞伎町に向かうよりも徒歩の方が早いですよ。ささ、こういう時は運動です。それからの一杯は必ずや美味しいはずです」
「おっさん、適当な事いってんじゃねぇよ!おれは疲れてんだ。桜田、車持って来い!」
「夕さん、お言葉ですがイライラするのは分かります。ですが、切り替えも大事です。歩いて行きましょう」
「なんでだよ!おれが車って言ってんだから車で行くんだよ!分かんだろうが、おっさん!」
「だめです。我儘ばかりじゃいけません。桜田さんとわたしは付き人ですから構いませんが、そんな事だけが飲みたい理由で無い事くらいご自分が一番お分かりなはずです。ささっ、運動すれば少しは気が紛れます。話しながら行けばほんの数分ですから」
聡志も口調が強くなった。
「なんだよ、ったく。分かったよ。歩きゃぁいいんだろ?歩きゃぁ」
ぶつぶつ言いながらも、結局聡志に根負けした。
「あの店って何処ですか?」
「一緒に行けば分かります」
「おまえなぁ、2回同じ事聞くなよ。成長しねえなぁ、まったく」
夕は桜田の背中にキックをしたが全く動じない。
「いま何かしました?」
「いや、なんにも」
夕がとぼけて言った。
「蚊にでも刺されたかな」
桜田は天然である。が、これも桜田の夕への配慮のひとつだ。聡志がクスッとした。
「今笑ったろ、おっさん」
「笑ってませんよ」と言いながら口元がピクピクして、笑いを堪えている。
「そういえば夕さん、以前原宿から歩きましたね。歩くのはもう平気ですよね?」
「おっさん、このヤロー」
あははと笑い声が辺りに響いた。
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