第11話

バンパイア伯爵との愉快なシェアハウスを始めるにあたって、まず小夜子が驚いたのはバンパイアの生態でした。


小夜子が知るバンパイア像とおおよそかけ離れてはいなかったのですが、幾つかの点で一般的に知られるバンパイアの生態と異なるものがありました。


まずバンパイアが吸う生き血ですが、これは主食ではなく不老不死と魔力の維持に欠かせない妙薬のようなものだったのです。

もう少し詳しく説明しますと、バンパイアは定期的に人間の生き血を吸う事で、命を繋ぎ魔力の枯渇を防ぎます。


人間のようにごく普通の食事をとる事もありますが、これは嗜好に過ぎず、バンパイアとしての生命を潤わせるには、やはり人間の血が不可欠との事です。


長い期間生き血を吸わずにいると魔力はどんどん衰え、最終的には不老不死の身も失い、その身が滅んでしまうとか。

つまりバンパイアにとって人間の生き血は、生命維持装置のようなものなのです。


しかし、人間のように朝昼晩と連日食事をとらなければいけないと言う訳ではありません。

飢えを感じた際に生き血を啜れば数日間、長ければ数カ月の間は飢えを凌げるそうです。(この日数の差は何が関係するのかしら?生き血の対象が美人かそうでないかとか?)


確かにバンパイアが毎食一人ずつの人間を襲っていては、あっという間に小さな街一つ滅びてしまいます。

数日に、もしくは数カ月に一度、一人二人の人間が犠牲になる位なら、人間も只の失踪事件程度にしか受け止めないでしょう。


こうして大事にならないように、言い換えればチマチマコソコソとちょっとずつ人間を襲い続けたバンパイアは、上手くその身を隠して人間に見付からないよう不死の肉体を維持していたという訳です。


ところが十八世紀の半ば頃、人間界では大きな動きがありました。ヨーロッパ各地で起こる不可解な事件。

美女の失踪や変死などの事件は、バンパイアの仕業ではないかと突き止めたのです。


人間界とは一線を引いた場所で生活をしていたバンパイアも、その正体を明かされるのは時間の問題でした。その不思議な魔力に脅威を感じた人間も居ましたが、だからと言って黙って見過ごす訳にはいきません。


人間達は研究を重ね、一部の人間はバンパイアの退治法を身に着けました。これがバンパイアハンターです。

ハンター達はヨーロッパ中に点在するバンパイアを、片っ端から駆除していきました。(こうやって言うと白蟻退治みたいだね)


ある者は聖水を撒き、ある者は心臓目掛けて杭を打ち込み、またある者は強烈な臭いを放つ大蒜を投げ付けたと言います。

高い魔力を持つ割に弱点の多いバンパイアは、ハンター達の手によって次々と葬り去られていきました。


こうしてかつての人間界を恐怖に陥れたバンパイアは、バンパイアハンター達の健闘によりこの世から姿を消したのです。


十八世紀~十九世紀の初頭まで確認されたバンパイア狩りも、当のバンパイアが絶滅した事で、いつしか風化されました。

そして、それについての書物や伝承が残っていても、現在では伝説は作り話程度にしか思われていないという事です。


と、ここまでが大まかなバンパイアについての生態と、バンパイア絶滅迄の話譚です。

では絶滅した筈のバンパイアが、何故現代に蘇ったのかが気になるところですね。


実は当時のバンパイアハンター達がバンパイア狩りをしていた際に、果たして本当に根こそぎ絶命させてしまっていいのだろうかと考える者が居たそうです。


「いくら人間を襲うバンパイアだからって、全員ぶっ殺して絶滅させたらやばくね?後になって誰かに責められたら俺たちが悪いみたいになるべっちゃ」


と、種族そのものを滅亡させるのに反対した一部のバンパイアハンターは、独自の研究を重ねバンパイアを殺めるのではなく肉体と魂を生かしたまま封印するという手法を見出したそうです。


封印されたバンパイアは意識のないまま永い眠りにつき、仮に目覚めたとしてもたった一晩眠っていた程度にしか時の流れを感じないそうです。

ただし、封印されたバンパイアを目覚めさせるには、魂を封じるバンパイアハンターとは逆に、魂を目覚めさせる蘇生術を身に着けた者の手が必要……。


ここ迄が古城内に残されていた文献に記された、バンパイアに関する情報です。

何故古城内にこのような文献があったのか気にかかりましたが、恐らく伯爵が眠りに就いた後、この城がバンパイアの巣であった事を後世に伝えようとした親切なバンパイアハンターが置いて行ったのでしょう。

その証拠に、古城内には幾つか伯爵の知らない文献やバンパイア狩りに使われたであろう道具が陳列していましたから。


或いは、この地をかつてバンパイアが居た城として観光名所にした人間が、よりそれっぽい雰囲気を出す為に置いただけかもしれません。

いずれにせよ、小夜子が伯爵の証言だけでは飲み込み切れなかったバンパイアに関する真の情報が、この文献で多く得られました。


「つまり、貴方はバンパイアハンターに封印されていたの。貴方の話からするに、恐らく三百年くらい」


「成程、状況が掴めて少し安心したぞ」


「安心してる場合じゃないでしょ。どっちにしろ数世紀眠っていたのは事実なのですから」


あれから小夜子と伯爵は少しずつ会話を交わして、伯爵の封印について話し合いをしました。


「大体判ったわ。バンパイアに関する真実と情報が」


「私は不服だぞ。何故この私が人間如きに封印されてしまったのか……」


「まだ思い出せないのですか?」


伯爵が封印されていた期間迄はどうにか把握できたのですが、そもそも誰が、どのように伯爵を封印したのかは、当の本人がてんで思い出せないというのです。

恐らく長い期間眠っていたせいで、軽い記憶障害を起こしているのでしょう。というより、伯爵の脳味噌は普段から寝ぼけているようですが。


「いいわ。それについてはゆっくり思い出してくださいな。それより、一つ気になる事があるのです」


「それは何だ?娘よ」


小夜子はバンパイアについて記された文献のあるページを指先で差しました。


「ここです。封印されたバンパイアを目覚めさせるには、蘇生術を身に着けた者の手が必要、とあるでしょう?」


「それがどうしたと言うのだ」


「つまり、伯爵様が目覚めるにはこの蘇生術を持った人物の手が無ければ不可能なのです。ところが伯爵様は、何故か突然目覚めてしまった。一体どうして?」


「簡単な事だ娘」


伯爵は得意げにふふんと笑いました。


「単に私を封印したハンターの技術が未熟だったのだ。不完全な封印術であった為、私はこのように目覚めたと言う訳だ」


「そうかなあ?」


「文句あるのか娘!」


「いいえ、でももしかしたら、その蘇生術を持ったという人がこの地に足を運んだのかもしれませんわね。それで眠っていた伯爵様を見付け、目覚めさせたのかも」


これが小夜子なりの仮説でした。しかしこの説で考えると、更にもう一つの疑問点が生じます。


「問題は何故伯爵様を蘇生させたのか、です。わざわざ理由も無しに人間にとって脅威であるバンパイアを目覚めさせる筈がありません。仮に私の考えが本当であれば、伯爵様を目覚めさせた方は何かしらの理由を持っている筈」


「もう良い。これ以上考えたところで何の答えも出ぬだろう。古い書物と向き合って時間を無駄にはしたくないのでな。私は無駄が嫌いなのだ」


誰の為に無駄な時間を割いていると思ってんだよー、と感じましたが、確かにこれ以上時間をかけたところで、現在の仮説を超す事実は掴めそうにありません。


仕方がないので、小夜子は文献を本棚に仕舞い、自分の部屋へ戻りました。小夜子のお部屋は伯爵のお部屋の隣。上質な家具やシャンデリアが置かれた、立派な一室です。


この古城には他にも使われていない部屋が沢山あるようです。当然ですね。住んでいるのが伯爵一人だったのですから。

伯爵は最初もっと格下な、下働きの女にふさわしい狭くボロっちい部屋に小夜子を入れようとしましたが、


「どうせ沢山あるんだから好きな部屋に住まわせてよケチー」


という主張に負けて、城の中でも一等の部屋を与えたのでした。(奪われた、が正しいかもしれません)


部屋は大変豪華で、例え数世紀前の作りであっても若い女性が寛ぐには申し分ないものでありました。

しかし、窓がありません。そもそもこの古城自体、窓の数が非常に限られているのです。城の党首が光を嫌うバンパイアですから当たり前と言えば当たり前ですが。


明かりは天井に吊るされたシャンデリアと幾つかのランプでどうにか賄えますが、密室空間特有の籠った空気に慣れるには、少々時間がかかりそうです。

一先ず、お部屋の換気問題については後で考えるとして、小夜子は再び伯爵の部屋を訪れました。


「伯爵様、宜しいですか?」


「駄目と言っても入るだろう?」


「私の性格をよくご存じで。あのね、伯爵様に一つお願いが御座いますの」


「君の願いとなれば、ろくな話ではないのだろうな」


「私、街の宿屋に宿泊していたのですけど、突然宿を離れる事になってしまったので宿の亭主に残りの宿泊をキャンセルすると伝えたいのです。それから、部屋に置きっぱなしの私の荷物を取ってきて、今までの宿泊代も渡さなければいけないわ」


「ならば勝手にすればよい」


「何をおっしゃるのですお馬鹿伯爵。貴方自分で「この城から出るな」って言ったんじゃない。だからこの件、伯爵様にお願いしたいのです」


「わ、私を使いっ走りにするつもりか!」


「やだあ。そんな事考えていませんよーだ。ただ素晴らしく知的で素敵な魔力をお持ちの伯爵様であれば、こんなお使いチョチョイのチョイじゃないかって思っただけです」


伯爵はそっぽを向いて応えます。


「君の都合など知るか!宿の亭主には黙っていればいいし、つまらない荷物などは諦めろ」


「あら?そうもいきませんわよ。折角宿泊させて頂いたのですから、お金は払わなければなりません。これが仁義ってもんです。それにつまらない荷物と言うのは撤回してくださいまし。私の大切なお洋服が詰まっているのですから。それに……」


「それに?」


「もしも外国人旅行者が突然の失踪をしてしまっては、街の人々も不審がるに違いありませんわ。下手したら勘のいい人間が、この城を怪しんで攻めてくるかもしれませんわよ。それでもいいんですのー?」


ちょっぴり勝ち誇った表情で、小夜子は伯爵をたしなめます。この城に攻めて来るかも、という一言が聞いたのでしょうか。伯爵も少し気持ちが揺らいだようです。


「まったく我儘な小娘だな。娘、その宿とやらの場所を教えろ。私が荷物を取ってきてやる」


「まあ!流石伯爵様!素敵!頼りになるぅー!じゃあ亭主さんに渡す手紙を書きますから少し待ってくださいまし。それからお金も。はい、このお金と手紙を私が泊まっていたお部屋に置いてきてくださいな。荷物はベッドの上にありますから、そのまま持ってきてください。では宜しく」


「や、やはり使いっ走りではないのか……?」


不服そうな伯爵を笑顔で送り出し、小夜子は自分の部屋のベッドにごろりと横になったのでした。

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