2-4 バカでかい帝都を5周回れと奇書が無茶振りする - 皇子も歩けば悪党にぶつかる -

 3日目、姉上の献身の介護と名も知らぬ珍味のおかげか、朝に目覚めれば疲労がさっぱりと飛んでいた。

 そこで俺はあの挑戦を再開することにした。


「アシュレイ様、どちらへ行かれるのですかな……」

「聞くまでもないだろう、帝都を歩いてくる。姉上には感謝を、ゲオルグ兄上には謝罪を頼む」


「わかりました。ですが危ないところには――」

「わかってる。ではな爺」


 爺の態度に少し違和感を覚えた。いつもならもっと聞き分けがない。

 だが俺は広大な散歩に夢中だったからな、いつも通り宮殿を抜け出して西門から帝都を回った。


 結果だけ述べよう、俺は成長したようだ。

 前回は3/4しか回れなかったが、今回は見事帝都を一周回り切ったところで夕方を迎えていた。


 ◇

 ◆

 ◇


 4日目、俺が朝早くに抜け出すことを爺は見抜いていた。


「また行かれるつもりですかアシュレイ様!? なりませんぞっ、せめて1日休んでからにされて下さいませ!」

「大丈夫だ、靴も新調して歩き方のコツもつかんだ。ではな、社会勉強ついでに歩いてくる」


 ギルドで稼いだ銀貨がまだ残っていた。

 思い切って奮発し、かかとのすり減ったボロから新しい靴に換えてみると疲れ具合がまるで違う。


 書の誘い通りこれから冒険者として活躍するなら、歩行という初歩の中の初歩をマスターしておいて損はなかった。


 ◇

 ◆

 ◇


 5日目。先日は無事に帝都を周回して合計で2+(3/4)に到達した。

 不思議なものだが疲労感はない。あの書とジラントの注釈が示したように、俺は体力バカのようだ。


「くっ……兄上か」


 今日もがんばろうと早朝の西門を出ようとすると、門の前にゲオルグ兄上が待ち伏せしていた。

 昔は頼もしくて、不器用だがやさしくて、強くて理想の兄だったのだがな……。今じゃどうも苦手だ。


「待っていたぞアシュレイ、また行くのか」

「ゲオルグ兄上……言いたいことはわかるが黙って行かせてくれ」


「そうはいかん。お前は俺の弟だ」

「ああ、そうだろうな……」


 気取られないように逃げ道を探った。

 兄上相手に短距離走では勝てない。俺が体力バカなら、兄上は瞬発力と筋力バカだ。


「勘違いをするな。俺は激励しに来たのだぞ」

「激励だと……」


「いつかお前が目を覚ましてくれる日が来ると、俺は信じていた」

「いや、ちょっと待て兄上」


「体力は最も重要だ。帝都市民の生活をその目で見ることも、皇族の本来あるべき姿だろう。行ってこいアシュレイ、タフな男になれッ!!」


 思いもしない朝になった。俺としたことがつい涙腺が緩みそうになっていた。

 あんなに厳しかった兄上が俺のがんばりを認めてくれたのだ。かなり誤解されてるような気もするがな。


「ああ、実はアンタを越えるきっかけが見えた。だから頼む、それ以上成長しないでいてくれ」

「無理だな、6つ下の弟に負けては俺の顔が立たん」


 俺は皇帝家のために働きたいとは思わん。

 むしろ冒険者ギルドの一員となって、民草と共に生きたいと思いかけている。


「そうか、では行ってくる。ああそれとそうだった、ゲオルグ兄上。……干し肉美味かった」

「む……うむ、知らんな。俺の気が変わる前にさっさと行け」


 他の皇族はクズぞろいだったが、アトミナ姉上とゲオルグ兄上だけは違った。

 おかしなものだがな、兄上に期待されたのが嬉しくて足取りが弾んだよ。いっそ兄上がこの国を継げば良いのにとさえ思った。


 しかしこれは激励のおかげだろうか。足取りはそのまま力強さを失わなかった。

 そうして気づけば驚きだ。俺は今日だけで1周と1/4を回っていた。あと1周で目標達成ということだった。


――――――――――――――

- 探索 -

 【帝都を5周しろ】(残り1周)

 ・達成報酬 VIT+50

 ・『ゲオルグではなく貴様が皇帝になるのだ』

――――――――――――――


 バカを言うなジラント。

 俺みたいな異形が皇帝になれるわけがないと、何度言えばわかるんだアンタは……。


 ◇

 ◆

 ◇


 6日目、今日が事実上の最終日だ。

 歩いて帝都5周という、誰に自慢したって嘘だと笑い飛ばされる挑戦を実現させる。


 まずはいつものカフェの軒先に立った。

 すぐにあのおばちゃんが俺を見つけて、どんな日も変わらない笑顔と共にやってきた。


「いつものケバブサンドだね!」

「ああ、だが今日は1つでいい。今日がんばれば帝都5周、目標達成だからな」


 空いた腹の分だけ他の帝都グルメを楽しみたい。

 足腰に余裕があることだ、目を付けていたパスタ屋に寄るのもいい。近づきがたいが菓子屋にも寄ってみよう。


「若いっていいねぇ……。オバちゃんなんて、ちょっとそこまで歩くだけで大冒険だよぉ。さ、がんばってきなアシュレイ!」

「ありがとう、またくるよオバさん」


 今日は反時計回りに歩くことにした。

 北門まで向かうと朝日を背に西へと歩き出す。それから2時間かけて西門に到着すると、目当ての魚介のスープパスタとやらを食った。


「毎度あり。ああお客さん、靴ひもが切れてますよ」

「……おお、そのようだな」


「靴屋なら西の通りにありますよ。もっと良いひもに変えた方がいい」

「そうしよう。助かった」


 店を出ようとすると親切にも店主が店を紹介してくれた。

 言われた通りに俺は西の通りに向かい、見つけた靴屋でひもを交換してもらった。


 ところがだ、靴屋を出ると向かいの店に目を奪われた。

 残念ながら美味そうな飯屋があったわけじゃない。軒先に若い女がいて、2人組のチンピラがそれを取り囲んでいた。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を1人埋めろ】

 ・達成報酬 EXP200/スコップLv+1

 ・『悪の息の根を止めよ。正義を果たす勇気を獲得せよ』

――――――――――――――


 粛正のページを開いた。

 やつらがもしも見た目通りの悪党ならば、このチャレンジの標的になり得る。


「もう一度言うぞ、ヒャマール商会の傘下に下れ」

「そっちだって損はねぇはずだぞ、天下のヒャマールの商会の系列になるんだ、手堅い商売じゃねぇの!」


 宮殿で噂話を聞いたことがある、政商ヒャマールという下品な男がいると。

 皇族に取り入るのが上手く、事業を独占して値を釣り上げるのが常套手段だと。


「ごめん、何度も言うけど悪事の片棒は担げない。私もっとちゃんとした商売やりたいの」

「はぁ?! 人聞き悪ぃこと言うんじゃねぇぞこのガキッ!」

「ヒャハハッ、こんな小せぇ店のどこがちゃんとした商売なんだよ、頭冷やせよ、なぁそうだろぉ~?」


 様子をうかがえばうかがうほど、やつらは書の示す条件に見合う。

 腰に差したショートソードをカチャカチャともてあそんで、必要ならば抜くぞと態度で恫喝していた。


「えーそうかな、だってうちは人を困らせることなんてしてないよ。とにかく談合はお断り。もう帰ってよ」

「わかってねぇみてぇだな……これは提案じゃねぇっ命令だ!」


「命令されたのはおじさんでしょ。うちはヒャマールとは関係ないから知らないよそんなの」

「はっ、なら兄貴みてぇにしてやろうかクソガキがッ!」


 なるほどあいつらは悪党だ。いやそれにしても肝っ玉の座った女店主だな。

 埋めても心の痛まない悪党を探すのは簡単じゃない。これは彼女にとってのピンチであり、俺にとってのチャンスなのではないだろうか。


「やってみなよっ、この若ハゲ!」

「は、ハゲ……。て、てて、てめっ、言っちゃならねぇことを言ったなぁおいっ!」

「俺たちを舐めんじゃねぇっ、兄貴は薄毛を気にしてんだっ、やっちまおうぜ兄貴ぃっ!」


 チンピラどもがショートソードを抜いた。

 ところがそれでも店主はうろたえない。果敢に護身用のナイフを彼女も抜いていた。介入決定だな……。


「おいハゲ」

「誰がハゲだテメェッ! ゲハッッ?!!」


 互いに意識が向いて他に目が行かない状況だ。

 とても正義の味方の行いとは言えんが、不意打ちにはもってこいだった。


「スコップで頭を殴りつけるから気を付けろ。と言うつもりだったが遅かったな」

「兄貴に何しやがるッ、おら死ねよッ!!」


「断る。……成敗だ」

「ウゲッッ、て、てめ、ゲガァァッッ?!」


 ゲオルグ兄上の鬼神の如き太刀筋と比べれば、あまりに単純でノロい動きだった。

 弟分の方もスコップによる2撃で、ただちに軒先に伸びたようだ。

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