人類を脅かすバグはどこにいるのか

 半壊していたAIC株式会社の研究棟が、ようやく改修を終えた。種島社長の出資もあって驚愕のスピードで工事が進み、改修前よりも設備のスペックが良くなっているほどだ。

 特に目を見張るのは、急遽工事が決まった大型の電波暗室。外界からのあらゆる電磁波を遮断するこの空間では当然、スマートフォンも圏外だ。そこに機械犯罪課が回収したアンドロイドが運ばれて来る。

 この場所なら、インターネットはおろかKAIBAのマザーコンピュータの干渉さえ受けないから、ハッキングされる危険性はない。というのは安心だが、僅か数日で数百平米はある電波暗室の半分が回収されたアンドロイドで埋め尽くされたのを見ると、否が応でも虚しさがこみ上げてくる。


 この景色は、僕の夢の残骸だ。

 見ていると、僕の描いていた未来がもろく崩れ去る音が聞こえるみたいだ。人間とアンドロイドが手を取り合って生きていける未来が。


「問題解決に集中できるのは良いが、この光景は辛いよな」


 電波暗室を見下ろすように位置している解析室。打ちのめされながら夢の残骸を眺めているところに邦山さんが来てくれた。


「浮かない顔しているな。それともニーナに労ってほしかったか?」

「いえ――」

「聡はニーナを亮介のところに行かせて良かったのか?」

「良かったも何も、本人が望んだのだからそうする他はないでしょう」

「そういうことじゃなくてだな……」


 邦山さんは、ぶしつけに放った言葉にため息を返しながら、温かいココアを僕に淹れる。


「ココアですか……」

「目の下にくっきりクマを作ってる奴に、コーヒーを淹れるわけないだろ」

 

 至極尤もな言い分である。だからといって、休むわけにはいかない。会社の命はもはや風前の灯。一刻も早くバグによるハッキングに対策を打たねばならない。

 ――しかし、外部からのハッキング対策としてセキュリティ強化パッチを配布したことも徒労に終わってしまった。機械犯罪課が毎日のように担ぎ込んでくる機体のデータを解析しても、これまで通り異常は見つからない。

 となれば、もう打つ手は――


「一度、KAIBAのマザーコンピュータを洗ってみますか」


 邦山さんが目を丸くして僕の方を向いた。驚くのも無理はないと思う。なにせ、この世で最も精密かつ複雑で、巨大な機械なのだから。


「しかしマザーコンピュータは、常にプログラムによる自動修復を行っている。異常があればそこで見つかるはずだ」

「プログラムの自動修復で発見できるのは、あくまでソフトウェア上の異常だけです」

「ハードでいえば、定期メンテナンスもオーバーホールも実施している」

「マザーコンピュータの中枢であるコアは定期メンテナンスでもオーバーホールでも手が回っていない」


 人類が二度と組めないコンピュータとまで言われている代物なだけあって、僕よりも知識と経験のあるエンジニアである邦山さんも怖気づいている。

 ――けれどやるしかない。


「僕は、バグによるハッキングはAIC株式会社の内部から起きていると睨んでいます」

「な、内部って――」

「確定ではないですが、そうとしか考えられない事態がいくつか起きています」


 バグは、既に社内ネットワーク内部に侵入し、いくつかのシステムのパスワードを変更してロックをかけている。乗っ取られたものの一つである、巨大プロジェクター等社内設備の通信に使われているネットワークは完全ローカルであり、内部からでなければ侵入は難しい。

 さらに、バグによるハッキング対策のために導入したセキュリティパッチも、全くもって効果を成していない。セキュリティパッチは、外部から・・・・の攻撃を想定したもので、仮に内部から攻撃があれば、機能しない。

 以上の事態を考えるに、内部からの攻撃である可能性が高い。


「もし仮に、バグが内部から……、それもKAIBAのマザーコンピュータを介して、ハッキングを行っているとすれば、全て合点が行きます」

「でも――、マザーコンピュータに侵入するのは、セキュリティレベルからして不可能と言っても過言ではないはず」


 あり得ない、そう思うのも無理はないが、あるデータを見た瞬間にマザーコンピュータは早急に洗う必要があると考えた。それをタブレットの画面に映し、邦山さんに手渡す。


「こ、これは――!!」

「アンドロイドの暴走が報告された件数と、マザーコンピュータの消費電力の推移を重ね合わせてみました。タイムラグはありますが、ほとんどシンクロしていると言っていいと思います」


 これは間違いなく手掛かりになる。邦山さんも僕の見解に頷いてくれた。調査作業も全力でサポートしてくれるそうだ。彼はマザーコンピュータのメンテナンス、オーバーホール経験も豊富だから、非常に頼もしい。

 バグによるハッキング件数が急増したことをきっかけに、このデータの説得性が増したというのは皮肉ではあるが、活路は見出せた。

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