第2話『運命を決めた出会い』
その日の夕方、キロットは駅に着いた。グランドカストラーレ(大陸鉄道)から延びる線路は、キロットの目的としているウィクシズを受ける開場まで繋がっている。キロットのいたグランドイーストから、試験会場のある中央のセントラルミッドケリ(中央都市)までは、長距離のために交通手段は列車が主だった。駅は屋根もなく無人駅に近かった。魔光ランプの信号と申し訳程度のホームがある。ぽつねんと一人だけ列車を待っているらしき人影があった。キロットのいたような田舎から出てくるものなどいないかもしれないと思っていたが。キロットは箒から降りて挨拶をする。
「こんばんは」
「こんばんは」
少年だった。年齢はキロットと同じくらいのようにも見えるのだが、溌溂とした若さがまるでない。覇気がないわけではないのだが、老成しているような古木のような印象を受ける。自分と同じウィクシズを受ける受験生ではないのかもしれない。
「どちらまで行かれるんですか?」
キロットは尋ねた。
「ずいぶん遠くまで来てしまったからね、次はどこに行こうかな? 君はどこまで行くんだい?」
「私はウィクシズを受けにセントラルまで行きます」
「そうか、君はこれからの人なんだね。今が一番楽しい時期かもしれないそう思ったことはあるかい?」
不思議な感じがする少年だった。考えたがキロットは正直に答える。なぜだかはわからないが、そうすべきだと思ったからだ。
「まだわかりません。両親はいませんでしたが友達もいたし、これといって不自由のない生活をしてきました。でもこれから先は今までとは、全く違う世界にいくのだと思っています。広い世界を旅して色んなものを見て聞いて触って感じて。辛いこともあると思うけどその分楽しいことも、肩を寄せ合う仲間にも出会うかもしれません。可能性が広がっているという意味ではとても楽しみにしていると思います」
「とても良い眼をしているね。希望に満ちた良い眼だ。そうであって貰わないと僕も甲斐がない。人たるもの、特に若者はそうであって貰わないと困る。いいね、君にしよう。君が綴る物語を僕に見せておくれ」
そう言って少年は突然発光し、輝きだした。何事かと思ってキロットは身構えたが、目も開けていられないほどに光は増す。その光はキロットを飲み込んだ。
キロットは眩しさに目を細めながら、幾千の世界の記憶を見た。鉄が躍り水が歌い、重なり合う七本の虹の橋と、緑色のマグマを呑む石の巨人。酒と香水の川があり、オーロラの雪が降り、氷でできた城と神々の神殿があった。様々なものが駆け巡っては、キロットを追い越していく。その最終地点に星々が輝く銀河が広がっていた。その先にさっきの少年が微笑していた。
―――僕のところまでおいで、キロット。そうすれば隠された世界の全てを見せてあげる。
キロットの意識が現実の風景に戻った時、少年は消えていた。今のは一体何だったのだろうか。魔物の類には見えなかったが、だとしたら幽霊? 光が瞬くほどの一瞬に永遠を感じるような不可思議な体験にキロットは困惑していたが、それをよそにセントラルへ向かう列車の汽笛の音が遠くに聞こえた。キロットは体の異常を確かめたがこれといって変わったことはなかった。あるとすれば見たことのない世界の表情にドキドキとワクワクが止まらなくなっただけだ。
この世界、『トゥルークルース』の果てを見た者はいない。広大な大陸がいくつも連なり形成されるこの世界で、何世代にもわたり人々が生活を営んできたが、いまだに解明できたものはそう多くない。人々の生活の基盤になっている魔力だってはっきりとわかっていることの方が少なかった。
大開拓時代において何者かに突き動かされるように、人々の心にはロマンがあった。
邪気などはなかったので、さっきのは、旅立ちの入り口に立ったキロットを祝福する、聖霊の化身とでもいった方が良いような気がした。今はもう少年の姿は思い出せない。
列車はキロットを視認してゆっくりとホームに停車した。20両編成の寝台列車だ。キロットはカバンから切符を手にして、高鳴る胸の鼓動と共に列車に乗車した。
寝台車両に入り、中は行き届いた魔力によって、暖かく包まれていたが、キロットが眠るはずのベッドは雑然としていた。ベッドメイキングを頼めるほど、高級なサービスを頼める余裕もない。抜け毛や体臭の色濃く残るベッドで眠るのは、嫌だったのでクレリネンスの呪文を唱える。
「クリペト」
杖の一振りで、ベッドの汚れは一新され、白は白く、皺はのばされ新品同様の姿になった。荷物を降ろし、人心地つこうと水筒のお茶をだした。
窓の外は闇夜に染まっていたが起きる頃には街が見えてくるだろう。キロットはウィクシズである座学の復習をして眠気が来るまでの今間を過ごそうとした。
すると列車はけたたましいブレーキ音と共に、勢いよく停車した。お茶は盛大にこぼれベッドに大きな染みを作った。思わず眉がひそまる。
何事かと思って通路に勢いよく顔を出すと、キロットと同じような顔をしている客が野次馬に出ていた。何かアクシデントでも起きたのかなとキロットもその列に並ぶ。
外に出てみると箒に乗ったアテンダントが戦闘準備をして空に飛び立っていくのが見えた。話を聞くに、どうやら列車の行く手を遮るように魔物が出たらしい。
こういう列車警護も、職業を得た者にとっての仕事の一環だった。キロットは実戦が見られると期待して、こそこそと野次馬の群れから抜け出して観戦することにした。人気の少なくなったところで、クロエに貰った箒を具現化させて、空高く飛び立つ。遠くから見ているだけなら邪魔にはならないだろうと思って、高度を多めにとった。
輝く月光のおかげで、アテンダント達の連隊はすぐに確認することが出来た。ちょうど戦闘が始まるところだった。
先端を尖らせたⅤの字に空に広がった連隊は、その端端から杖をかざし魔法を放っていた。光の弾「ラオ」。魔法使いの基本戦闘魔法の一つのその魔法は、ぶつかれば激しい衝撃と痛手を負わせる。光弾の光が瞬き、線路の先にいる魔物へと光の尾を伸ばした。光弾の群れは魔物の群れに炸裂し、先端が開かれた。
魔物からも反撃が来た。魔物は火の玉を吐き出す、インビョウ(疾走する二足竜)のようだ。
Ⅴ字の連隊は散開し、華麗に攻撃を躱してまた元の陣形に戻った。今度は光線攻撃「レイ」。杖の先から光の光線が放たれ、射線上のものを焼き払う。さっきのラオよりも威力を上げた牽制のように見受けられた。
インビョウたちはそれで散り散りになるも、葉脈のように進路を変えつつもこちらに突進を続けた。連隊は隊長の合図で低空飛行になり各個撃破の構えを見せた。アテンダントたちの魔法に見舞われたインビョウたちは、光に呑まれるとその姿を魔石に変える。
この魔石が魔物討伐の証拠に奨金として換金できる。魔石には高密度で魔力が宿っており、資源としても有用だった。アテンダント達の奮戦により、あっという間に撃退は終わった。キロットは口笛を吹いて称賛した。
「見物かい? 感心しないな」
背後から声をかけられ、ギョッとして振り返ると、黒衣の魔導士が詰め寄っていた。なぜ階級が魔法使いの上位に位置する魔導士か分かったかというと、その人は箒を使わずに空を飛んでいたからだ。それに気配を全く感じなかった。キロットよりも数段格が上ということだ。
「すみません。勉強にと思って、つい」
キロットが素直に謝ると、黒衣の魔導士はフッとしなやかに笑った。内心、キザったらしい鼻持ちならない男だと思った。
「見たところ学生上がりの魔女かな?」
「はい、列車に乗ってセントラルまでウィクシズを受けに行くところです」
「この列車は僕ら高位魔導士も乗っている。俺たちがセントラルまでは交代して警護に当たるから、安全にセントラルまで送り届けるよ。早く列車に戻った方が良い。そろそろ出発だよ」
「ありがとうございます。明日に備えてゆっくり休ませてもらいます」
キロットはペコリと頭を下げてそそくさと列車に戻った。水を差された感じがしたが、やはり魔法戦闘は胸が高鳴る。
魔法学校の頃でもキロットは、何より熱を入れて実戦科目に取り組んでいたし、自分の果てのない冒険のために、強くなることは必要不可欠だった。魔法は、その力を人々の生活を便利にすることに使うことで、社会は円滑に回っているが、それ以外に大きな使い道があった。
武器として使う戦闘魔法。光の弾のラオ。光線のレイ。光の飛刃、カーリー。近接攻撃に使う光の剣、ソル。自分を中心に光の波動を放出する光波、テラ。身体能力を向上させる光衣、ロキ。防御や補助の魔法もある。防御障壁を展開するマテテト。キロットが街で見せた、浮遊魔法のクリフトとスクリプト…etc。自分に合った魔法を、様々な特性を駆使して戦う。魔法戦闘は発想と機転と迅速な判断力から、その力量が問われる。道を究めようと強さを求めるものも多い。斯く言うキロットもその中の一人だ。
キロットは興奮も冷めあらぬまま列車に戻ったことで、その夜は眠ることも忘れて可能性に満ちた世界に思いを馳せた。
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