第23話ノストラダムスさん
世の中には都市伝説として秘密結社の陰謀、宇宙人、幽霊だとかの話に溢れかえっている。私はそれらの話を聞くのが好きである。オカルトやミステリーの話は私の知識や好奇心を刺激して、私の妄想なり創作の手段となるのだから。基本的には都市伝説は好きなのだが、唯一嫌いなモノがある。それは地球滅亡である。
私が最初に触れた地球滅亡は、1999年のノストラダムスの大予言である。当時の私は9才で、嘘とか本当とかがまだ分からない。世の中には神秘が溢れている。神様仏様は存在している。当時から悩みやすく根暗気味ではあったけど楽しかった毎日に、理不尽な人生の終わりを告げられて私は嫌だと泣いた。救いは夏休みだろう。きっと、学校が続いていたら私は大恥をかいてノストラダムス信じてる組としてバカにされ続けただろう。だけど、夏休みを挟んだお陰で私も周りもそんな事なんて忘れてしまったのだ。Thank You summer Days!まぁ、私が心から信じて一番騙された出来事だったと思う。でも、この教訓はあんまり活かされてないのが悲しい。
次にまた人生の終焉とやらがやって来た。2012年である。マヤの歴史がどうたらで私達は死んでしまうらしい。何でこんなにいい加減なのかと言うと、期待してないからちゃんと覚えてないのである。私はこの時にとても荒んでいた。高校での部活の悪い形での退部を引きずり、友人も少ない、根本的に気の合う人が少な過ぎた看護学校。イビり倒される毎日だったファミリーマートのバイト、そして東日本大震災。2011年に私は成人式だった。市長が言う「これから皆さんには大きな困難があると思いますが~(略)」が脳内を毎日駆け回った。明日、君がいないと言う映画のように私の悩みは誰にも理解されず、このままだと彼女のみたいに死ぬのだろうと思ったりもした。もう良いことなんて無いだろうから終わるもんなら終わらせてみろという自棄な気持ちでその時を待っていた。まぁ、結局来なかった訳だが。
それから、私は無事に看護学校を卒業して精神病院に勤務する事を選んだ。当時は震災の特別援助が国から出されており、また全てを失った人達が多く居て気の病んでる人達が沢山居て激務だった。そんな中で揉まれて、ある程度の事が何となく分かるようになって来た頃、ある場所に私は案内された。それは精神疾患を極めて予後不良の人達が集まる空間だ。カメラが何個もあって、牢屋みたいな部屋で患者が喜怒哀楽の分からない奇声を上げて出鱈目に身体を動かしている。フィクションでよく見る狂人だとは思ったけど、迫力があって冷や汗が止まらなかった。一人、隔離部屋の真ん中にポツンと立っていた。40代の男性である。私は彼に話しかけれる。
「あの、今日は西暦何年の何月何日ですか?」
「え…2012年の…」
「嘘付くんじゃない!」
豹変とはこの事を言うのだろう。この男の気性を短距離走に例えたらボルトよりも早いだろうと今は思う。突然の激怒に私はビビって尻餅を付いた。ベテラン看護もちょっとは驚いたけど、私の尻餅の可笑しさが上回っていたので手を叩いて笑ってた。ああ、私も良くも悪くもこうなるんだろうなとその時に思った。因みにこれは本当にそうなった。んで、この感情スイッチのバックトゥーザフューチャー的なお訊ねおじさん、実は未来に生きていない。彼は院内でノストラダムス、略名ノストラさんと呼ばれている。
1999年、あの日の被害者なのである。あの日、地球が滅亡すると本気で思い込んでいたのは、ピュアな子供達だけじゃなくて、嘘もお世辞も皮肉も分かるようになった大人も居たのだ。バリバリに当時働いていたノストラさんは、大予言が的中すると思って生きていた。どうせ地球滅亡するんだから、好きに生きた方が良いと会社を辞めて、色んな所から金を借りて豪遊の毎日を過ごしていた。もしかするとサラリーマン時代から狂っていたのかも知れないが、それは最早証明のしようがない。そして…運命の日に大魔王も隕石もやって来なかった。人類的には平和だと喜ぶべき所であるが、ノストラさんにとっては洒落にならない、決して認めたくない事実である。だって彼はこの日に最高の人生を終えるつもりだったのである。なのに終わらない。人生は続くのである。サラ金から金を借りまくって派手に過ごした日々がチャラにならない。死んでもないのに地獄である。そこからは親戚や友人からも縁を切られ、借金取りに終われ、自殺未遂を繰り返しその末に発狂し今に至る。
彼の中ではノストラダムスが起こる前で世界が停まっている。ノストラさんはシーラカンスやアンモナイトと同じ、時代に取り残された生きた化石なのだ。どうやら認めたくないを突き抜けると記憶が固定化するらしい。ノストラさんは人によく「西暦何年の何月何日?」と聞いてくるが、これにベストなアンサーは無い。かなり理不尽である。
「まだ、平成2年ですよ~。」
「お前馬鹿だろ!ふざけんな!ノストラダムスの予言がもう来るんだ!俺には分かるる!ここから出せ!俺は好き勝手にやって死ぬ!」
「そろそろ、終末ですね…。」
「嫌だ…死にたくない…死にたくない…看護さん、怖いよ。核でも、撃ってやつけられないかな…。」
(ええ…こいつ…喜んで終末を向かえようとしたんじゃなかったっけ?)
「2017年ですね。」
「…となるとここは、地球ですか?それとも火星ですか?救われたんですか?あの世ですか?」
同じ回答をしても違った返事が返ってくる。だから何をどう答えても無駄なのである。大概は怒られるから無視するのが正解だ。でも、病院で働いて色んな患者への対応に慣れてくるようになると、むしろ無視出来ないのである。正解があるんじゃないかとついつい探ってしまいたくなるのだ。同期の小野原くんは、サザエさんじゃんけん研究サイトのような事をしていた。小野原くんの研究の結果として、年数はともかく「もう7月ですね…」と言うとそわそわし出す事は解明された。私は結局、小野原くんの研究を更に聞けないまま病院を離れることになった。例え人や時代が変わってもノストラさんだけは変わらない、いや…変われないのは確かだ。
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