静かな叫び

yurihana

第1話

私はあなたの母親です。この十八年間、ずっと大切に育ててきたと自負しています。母親というものは、子供が一人で生活できるようになるまでは面倒を見る義務があるものだと思っています。本来ならば、そうするつもりでした。けれども、だめです。私はあなたとこれ以上いることができません。最初は、同じ家に暮らすだけで、あなたと深く関わらなければいいのではないかと思いました。でもそれは間違いでした。あなたの顔を見ることすら耐えられないのです。

生まれてきたあなたは、それはかわいい赤ん坊でした。一刻ごとに起きては、私の乳房を探していましたね。あの頃が、とても懐かしく思います。

日に日に成長するあなたが、誇らしく、どこか寂しく感じていました。私はあなたの幸せを願い、生涯守ろうと誓っていました。

あなたが確か七歳の頃、新しいスマートフォンがよく宣伝で流れていました。頭にスマートフォンを埋め込むという、画期的な取り組みでした。

ただ、これはすぐには広がりませんでした。当たり前です。自分の頭にスマートフォンがあるなんて怖いではありませんか。副作用を気にする声が多く聞こえていました。

その事を受け、制作会社は、さらに優れたものを開発しました。

イヤリング型のスマートフォンです。いえ、あれは小さすぎて、スマートフォンなんてものではありませんでした。一度耳に着けると、耳の神経を経由して脳までデータが届くというものです。人々は依然として怖がっていましたが、最初よりは抵抗がなくなったのだと思います。利用する人が増えていきました。

あなたも興味を示していましたよね。宣伝をじっと見ていたり、私が夕食を作っている時に、『◯◯君はもう持ってるよ』と訴えて来たりしていました。まあ、結局私は買い与えなかったのですけれど。

その機械が普及してくると、機械を持っている人とそうでない人で、差が出てくるようになりました。持っている人は、何事もすぐに暗記し、地図がなくてもあらゆる道を知っていて、計算速度がとても速かったと聞きます。おそらく、暗記したいものはカメラで撮るように覚えていたのでしょう。

当初、私的でのみ、その機械を利用して良いとされていましたが、次第に会社や学校でさえも使用を許すようになっていきました。その方が効率が良かったのですから、積極的に使われるようになっていったのも、自然な流れでした。

私は機械慣れをしていない人間なので、機械が広がっていくことに多少の恐怖を覚えていました。人々が機械に依存しすぎるようになるのではないかと、心配だったのです。しかし、世間の人、特に若者は、そんな心配はあまりしていませんでした。

あなたが中学校に入学したとき、人々はより便利になるようにと、頭に機械を埋め込む人が増えていきました。耳からの経由時間が短縮されることで、思考速度はずっと速くなりました。

様々な人が頭へ埋め込み、いつしかそれが当たり前になりました。

あなたも、頭に機械を埋め込みたいと、何度も私に言ってきましたよね。しかし私は決して許さなかった。私の恐怖は、いよいよ現実的なものとなってきたのです。みんな、便利という言葉に流され過ぎなのです。便利というものが何かの免罪符であるかのように、狂ったように人々は便利さを求めます。私はあなたに同じようになってほしくなかった。どうしても、あなたは機械などに頼らず、自分で考えられるようになってほしかったのです。

しかしそんな私のせいで、あなたは学校で浮いてしまっていたのですね。周りの人は、みんな機械を身につけていたそうですから。申し訳なく思います。私はきっと頑固なのです。世間への順応能力が足りていなかったのです。

沢山の会社がこぞって開発に専念し、様々形の機械が開発されました。今までは「超小型スマートフォン」と言われていましたが、改名され、「Small Convenient Machine(SCM)」と呼ばれるようになりました。

開発を進め、ついにある企業が、脳内で会話をできるものを開発しました。SCMを持つ人同士なら、言語に関わらず、好きなだけ、会話をすることができるのです。このSCMが発売されてから、世界の国際化は急激に進みました。どんな国の人でも、隣人のように話すことができるのです。学校から、外国語の授業は失くなり、SMCを持っていることが常識になりました。SMCを持っている人同士で話すため、持っていない人は会話に入れてもらえないどころか、会話の内容も分からない始末でした。あなたはSMCの必要性を一生懸命私に訴え、私が買わないのならば、自分で買うとまで言い出しました。SMCは、決して安いものではありません。あなたはコツコツとお金を貯めていたのですね。私は、あなたを止めることに限界を感じ、SMCのイヤリング型を買うことを許しました。『機械に溺れるな』という注意を残して。

SMCを買ったことで、あなたは友達を多く作ることができました。毎日が楽しそうなあなたを見て、もっと早くSMCを許してあげればよかったのかもしれない、なんてことも思いました。

月日が経ち、世界中のほとんどがSMCを身につけるようになりました。会話は全てSMC

を通して行われ、ニュースなどの重要なものから、映画などの娯楽まで、全てSMCで配信されました。そこまでSMCが普及しても、私はまだそれを買えていませんでした。私はSMCが大きな力を持つようになればなるほど、恐怖を覚えるのです。電子書籍が流行り、もはや書店にある本はほんの一部になりました。私は元々持っていた紙の本を、何度も大事にページをめくりました。私があなたに話しかけた時、あなたはわざわざイヤリングを外して私と話してくれましたが、頭にSMCを埋め込んでからは、私の声に反応することもしなくなりました。私は悲しかった。あんなに、あんなに止めたのに。あなたは私の制止を聞かずに、頭に機械を埋め込んでしまった。なぜなのでしょうか。なぜそこまでそのちっぽけな機械にこだわるのでしょうか。私には理解できません。理解できるほどの、偉大な何かがあるようにも思えません。

私の不安をおいて、世の中は目まぐるしく変化していきました。SMCが普及したために、能力に差がなくなり、学校の入試制度が廃止されました。本屋の多くは店を閉めました。オンラインショッピングが主流となり、コンビニやデパートなどが消えていきました。人が家から出る機会が減りました。家から出ない人達を、責める人がいなくなりました。私は会話をする人がいなくなりました。あなたは脳内で、友達と話すばかりで、私の方を見てはくれません。私の話し相手は、仏壇の夫のみです。女手一つであなたを育てて来ましたが、こういった寂しさは望んでいませんでした。あなたや世間の人達は、脳内でお互いに話し、賑やかに感じているのでしょうが、私からしたら、なんとも静かな世界です。辺りがしんとしていて、こんなむなしいことはありません。便利になったと、あなた方は言いますが、その代償として、人は冷たい心を持つようになりました。乾いているのです。みんな。周りにこんなに人がいるのに、私は独りぼっちです。毎日が孤独です。

ねえ、そんなにSMCは大事なのですか。便利なことが、そんなに偉いんですか。私にはあなた方が哀れに見えて仕方ありません。便利、効率、そういったまやかしに魅せられて、みんながみんな、馬鹿になっているのです。高度な機械を作り出したという慢心から、そのちっぽけな鉄屑に支配されていることに気がつかない。こんなに滑稽なことはありません。私は笑いましょう。声をあげて、嘲笑して差し上げましょう。その声すら、あなた方には聞こえないのでしょうから。

日に日に機械に支配されていくあなたを見ることなど、私には耐えられません。私はこの家を出ていきます。どこか、のどかな場所へ行って、自然に囲まれて死ぬことができたなら、私は幸せに思います。

私が愛したあなたは、機械によって消し去られてしまった。さようなら。もう二度と、会うことはありません。

きっとこの手紙も、あなたには届かないのでしょうけれど。


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