推理詩の世界

沖野唯作

塊だ

劣等感の塊だ

昔からそう

わたしはいつも

人よりうまくできなくて

「のろまなグズ」と軽蔑される

そんなわたしを

わたし自身も見下している

塊だ

劣等感の塊だ



細い目と太い足

小さい胸と大きな体

短い首と長い顔

コンプレックス

コンプレックス

汚い声を出すぐらいなら

喉なんか潰れてしまえ



わたしは常に「される」側

仲間外れに

いじめの的に

笑い話の材料に

でも全部 仕方ないこと

悪いのは 無能なわたし



友達は一人だけ

わたしのように

何もできない女の子

塊だ

この子も同じ塊だ

劣等感の塊だ

対等なのはその子だけ

他のみんなは 上の人



誇れるものは何もなく

プライドのない生活が

ただ黙々と続くのを

流れのままに受け入れている



そんなわたしが身分違いの欲を持ったら

塊の奥 朽ちた心が

一度だけでも輝きたいと願ったら

身に余る優越感を求めたら

わたしは何をするのかな?



優越感が欲しいなら

誰かを否定しないとね

誰かを否定したいなら

誰かを殺すしかないね

錆びた望みを叶えるために

わたしは誰を殺すんだろう?



先輩かなあ?

頭がよくてとっても美人

オシャレな服を着こなしている人気者

わたしにもフレンドリーに接してくれる

でもねわたしは見逃さないよ

体からあふれ出ている

自信に満ちた優越感を

わたしはそれを否定したいの

きっとわたしが殺すのはそれを一番持ってる人だ



後輩はどう?

年は下でも上の人

年齢以外全部わたしに勝っていて

わたしが生きた年月は無価値だったと思い知らせる

敬語を使う非情な悪魔

消えて欲しいな



大人の人は?

親だとか先生だとか

高い場所から下を見降ろし

品定めしてラベリングする

「不良品」

この三文字がわたしのラベル



有名人も?

テレビ・本・インターネット

メディアは運ぶ 有名人の優越感を

羽根を広げた孔雀みたいに

華やかに光る魅力をふりまいている

それをわたしは拝むだけ



みんながみんな優越感で生きている

優越感が世界を廻す

そんな世界に取り残されて

わたしは誰を殺すんだろう?



わたしは誰を殺すんだろう?

わたしは誰を殺すんだろう?

わたしは誰を殺すんだろう?

同じ言葉が繰り返される



その反復もやがて止み

心は黒く殺意で染まる

誰を殺すかもう決めた

誰を殺すかもう決めた



近くの店でナイフを買って

準備完了 あとは刺すだけ

鋭角の切っ先が示す行き先

銀色の輝きが照らす道

わたしはそこへ一歩踏み出す



ナイフを胸にしのばせて

今から殺す人のもとへと歩いて向かう

十分後には殺人者 もう戻れない

足は前へと 一歩ずつ 一歩ずつ

無意識に体を運ぶ

高まる鼓動 高まる殺意

こんな気持ちは初めてで

わたしは空に感謝する

空 地面 道路 街灯

電柱 車 建物 線路

歩く人 すれ違う人 過ぎていく人

立ち止まる人 走り出す人 そしてあの人

あの人がいる わたしが殺すあの人が



あの人を見た

その瞬間に 

世界は砕け

欠片となった



わたしは歩く

あの人がいる

近づくわたし

笑うあの人

わたしも笑う

遅い歩調で

さらに近づき

歩みを止める



あの人がいる

目の前にいる

手の届く距離

右手を胸に

ナイフを握る

笑うあの人

話すあの人

踏切が鳴り

あの人が横を見たその瞬間に

わたしは刺した! たった一人の友達を! もう一体の塊を!



ははははははは ははははははは

ははははははは ははははははは



結局 わたし 上の人 殺せなかった

死んだのはわたしと同じ無価値な子

あの子が死んで 世界は少しマシになる

わたしは罪を 背負い刑務所へと入る

これで二つの塊が世界から駆逐され

ハッピーエンド めでたしだよね?



塊だ

劣等感の塊だ

いつだって自分を否定することばかり

塊は塊を壊すことしかできないの



けどこんなのはただの空想

ただの願望 もしもの話

殺人なんかできるわけない

私なんかができるわけない

毎日こんな空想を繰り返し

空想だけで一日が過ぎてゆく

働く頭

動かない足

そんな二つに挟まれて

体は腐り朽ちてゆく

劣等感は蓄積し

心も腐り果ててゆく

欲があるのに何もせず

夢を描いて形にしない

不満→空想→自己欺瞞→不満→空想→自己欺瞞

そうだわたしは永遠に

このループから逃れられない

塊は動けない宿命だから

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