第3話:レイパー/怒りのハイ〇ース
灰戸鋭介には政治がわからぬ。灰戸鋭介は、生粋のハイエ〇サーである。車を転がし、女性を攫って暮して来た。
けれども自分の利害に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明、灰戸鋭介は家を出発し、繁華街を越え住宅街を越え、十里はなれたこの関原市にやって来た。
灰戸鋭介には父も、母も無い。女房も無い。家族はないが日々、気の良い仲間とつるんでいる。仲間も皆、ハイエ〇サーである。
それゆえ、本日の獲物を見繕いに、はるばる関原市にやって来たのだ。
街にたどり着くと、とりあえず大通りを車でぶらぶら流した。
灰戸鋭介には腹心の部下があった。
今は此の関原の街で、ハイエ〇サーをしている。その部下を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
かなり頻繁に顔を合わせているが、関原市は芹主臼夫のホームグラウンドである。
本日のハイエ〇スにも、土地勘を発揮していくれるだろうと考えていた。
実際に面会すると灰戸鋭介は、芹主臼夫の様子を怪しく思った。
ひっそりしている。
そろそろいい具合に日も落ちてきて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、芹主臼夫の顔色が、やけに寂しい。
傍若無人なクソヤカラの灰戸鋭介も、だんだん不安になって来た。
明らかに元気のない芹主臼夫に何かあったのか、5日まえによその街にハイエ〇スに行ったときは、夜でも皆が歌をうたって、車内は賑やかであったはずだが、と質問した。
芹主臼夫は、首を振って答えなかった。しばらく車を流してから、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
芹主臼夫は答えなかった。灰戸鋭介は両手で芹主臼夫のからだをゆすぶって質問を重ねた。
芹主臼夫は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「仲間がサラリーマン風の男にボコられて再起不能になりました。」
「なぜやられたのだ。」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。ハイエ〇スしていただけです。」
「たくさんの仲間がやられたのか。」
「はい、はじめは運転していたゴトーを。それから、ツネカワを。それから、ソネザキを。それから、カワジマを。」
「おどろいた。相手は何人もいたのか。」
「いいえ、1人だったと。ハイエ〇スが許せぬ、性教育してやるなどと言い、4人の金玉が潰されました。」
聞いて、灰戸鋭介は激怒した。「クソリーマンが。生かしておけぬ。」
灰戸鋭介は、単純な男であった。その場でスマートホンを取り出すと、配下のハイエ〇サーたちに招集をかけた。
「オレらに楯突きやがったクソリーマンを的にかける。“疑わしきは罰せ”だ。ためらうな、徹底的にやれ。」
街にハイ○ースがあふれた。
……………。
人間の、いや、人間未満のクズたちが目の色を変え、仲間の金玉の仇を探し始めてから数日、清谷陣太は住宅街を歩いていた。
1人ではない。3歳年下の職場の後輩、
仕事帰り。今日は打ち合わせのための一日出張で、この後は直帰の予定だった。
今は、2人で駅に向かっているところである。
既に当たりは暗くなっているが、それほど遅い時間ではない。
にもかかわらず、住宅街は人気がなく。うっそりとした静寂が当たりを満たしていた。
「今日の会議内容、週明けの朝一で概要を課長まで報告して、それから詳細な議事録は昼までに整理して課内で回覧したいんだけど、大丈夫かな。」
陣太が問いかけると、姫子は笑顔で応じた。
「はい、大丈夫です。でき次第、清谷さんに提出しますね。」
さすが、仕事に対する真面目な姿勢で職場のおじさん方にも人気なだけはある。
まあ、身長の割に充実している胸部装甲も理由ではあるが。
「それほど急ぎではないので、他に緊急の案件あればそっちを優先してくれれば」
と、そこまで言った時だった。
後方から1台のハイ○ースが走ってくることに、陣太は気がついた。
妙に、ゆっくりとしたスピードだった。
どこにでも走っている平凡な車。にもかかわらず、陣太の脳裏にはチリチリとした不快な違和感が走った。
違和感の正体の1つに気がつく。近づいてくるハイ○ースは黒いフィルムでナンバーが隠されているのだ。
何故かそのことが危機感をわき起こさせる。
「清谷さん?」
急に黙り込んだ先輩に姫子が声をかける。
前後して、ハイ○ースが2人に並びかけ、そして、甲高いブレーキ音を奏でて停車した。
次の瞬間、ドアが全て開かれ、男たちが雪崩のように飛び出してきた。
顔には覆面、手には金属バットや鉄パイプ。
「桃山さん!」
「キャァッ!!」
陣太の手によって、路地とも言えない建物の隙間に押し込まれた姫子が驚きの声を上げる。
陣太が反応できたのは半ば以上に幸運によるものだった。
つまり、直前まで「桃山さん、やっぱりおっぱいでけ~な~。」などと考えてムラムラしていたため、微弱ながら
だが、そこまでだった。
「オラア!!」
脳天めがけて鉄パイプが振り下ろされる。
身ををよじるが、かわしきれない。
「グァアアアアァアア」
左肩を砕かれ、思わず陣太がうずくまる。
「清谷さん!」
「に、逃げろ!警察を呼んでくれ!!」
とっさに陣太の方へと駆け寄ろうとする姫子を陣太が一喝する。
「…ッ、わかりました!」
泣きそうな顔になって駆けだしていく姫子。
意外なことに男たちはそれを追わなかった。代わりに、陣太に対する包囲が分厚くなっている。
「なんだお前たちは。い、いまどきオヤジ狩りか?」
周囲から異性がいなくなり、陣太の身体から性闘力が失われていく。
虚勢を張ったつもりの声は、自分でもびっくりするほどに震えていた。
男たちからの返答はない、代わりに繰り出されたのは容赦のない蹴りだ。
骨の奥まで響く衝撃が背中や太ももを中心に襲いかかり、一撃ごとに陣太の抵抗の意思を削っていく。
10発を超える頃には、陣太は頭を守って丸まった薄汚いダンゴムシのようになっていた。
それで十分と思ったのか。男たちのうち大柄な2人が陣太の腕を両脇からつかみ、乱暴に立ち上がらせる。
さらには後ろ髪をつかんで顔も上げさせた。
涙と鼻水でボロボロの顔の陣太の前には1人の男。
周りと同じように覆面しているが、周りの男たちがどことなく気を遣っている。
その様子から、見るものが見ればリーダー格であることが分かっただろう。
「時間がないから、手短に行くぞ。ルールは簡単だ。オレが聞いて、お前が答える。それだけだ。わかったか?」
「ぅぐ、……っ、」
身体の痛みもあいまって、理解が追いつかない陣太に対してリーダー格の男は腕を振り上げた。
それほど強くはない。しかし、ついさっき鉄パイプを受けた左肩への衝撃。
「ッ~~~~!!」
声にならない悲鳴を上げる陣太。相手の男は無感情に続ける。
「いいか~。オレはやさしいから、ハイでも、イイエでも、イエスでも、ノーでも、言い方は何でも許してやる。なんだったら肯くだけでもイイ。ただ、すぐに、正直に答えろ。分かったか?」
今度はどうにかうなずき返した陣太に対し、男はゆっくりはっきりと問いを発した。
「8日前の晩、白草町近辺の路上で黒いハイ○ースに乗った4人組を見なかったか?」
最初は何を聞かれているのか分からなかったが、一拍遅れてしばらく前の騒動が脳裏に浮かぶ。
その瞬間、陣太の顔に浮かんだ動揺を男は見逃さなかった。
「おいおいおい、なんだ。なんか知ってんのかあ。それとも、お前がオレの仲間をヤッてくれたのか?」
「ッ?!」
もはや、返答を求めることもなく、リーダー格の男は周囲に命じる。
「連れてくぞ。詳しい話を聞く。」
この一言で、男たちが動き始める。
ハイ○ースに陣太を詰め込んで、この場を去る動きだ。
その先でどんな目にあうか。ろくでもないことだけは確かだったが、すでに死に体の陣太にはそれにあらがう力はない。
だがしかし、男たちの行動を阻むべく、1つの声が降り注いだ。
「何があったか知らないが、大勢で1人を囲むなんて、男のやることじゃないよ!!」
声とともに投げつけられた球状の物体は陣太の足下で炸裂し、強烈な煙を吐き出した。
煙玉だ。
「な、なんだ!?」
「ウワぁッ!!」
「お前ら、うろたえんじゃねえ!!」
男たちの間に動揺が走る。
謎の声の主は、その隙を見逃さなかった。
「行儀の悪い坊やたちにはお仕置きよ。“
「「ギャアッ!!」」
悲鳴を上げたのは陣太を両脇で拘束していた2人の男だ。
どこからともなくとんできた鞭の一撃で腕を痛打され、思わず陣太の身体から手が離れる。
身体が解放され、思わずその場にへたり込みそうになる陣太。
そこに差し伸べられたのは、一本の麻縄だった。
「“
まるで狡猾な蛇のような動きで麻縄が陣太の身体に幾重にも巻き付く。
「え?!」
何が起こっているのか陣太が理解する前に、麻縄が強烈な力で引っ張られる。
「わ、わあああああああ!?」
まるで一本釣りの鰹のように、強引かつ速やかに陣太はハイ○ースの男たちの前から姿を消した。
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