田舎のばあちゃんから、毎年フルーツが届く。

むらさき毒きのこ

ばあちゃんからの贈り物

 上京して十五年が経った。年末になると送られてくる、「ばあちゃんの段ボール箱」には食べきれないほどのフルーツとお菓子、そして地元の名産品「そば」。県内にしか売っていない「豆入り煎茶」を再三リクエストしているのに、なぜか毎回スルーされるのが気になるけど、それがばあちゃんなのだ。


 今年はちょっと、奇妙だった。送り状の文字が、ばあちゃんの字では無い。ばあちゃんの字は、いわゆる達筆であり読みにくいのだけど、この小さな丸文字に、心当たりは無い。でも確かに、「岩崎 艶子(つやこ)」とあるんだから、ばあちゃんには違いない。私は何となく胸騒ぎがして、ばあちゃんにメールを送った。


「ばあちゃん、フルーツやらありがとう。元気?」


 朝送ったメールの返事は、夕方返ってきた。


「元気だよ。カニオは元気? そうだ、何か変な事が起きなかった?」


 私は、いつもと変わらないばあちゃんの文面にホッとした。いや、変な事? 彼女は何を言ってるんだろう。


「変な事って何。いつもと変わらないよ」

「そうか。わかった」


 ばあちゃんとのメッセージのやり取りは、それが最後となった。私の誕生日、一月八日に世界は一変したのだ。その日私は、祖母と決別した。祖母の悪意を信じたくなかったから。いや、和解する頃には、遅すぎたのだ。とにかく、気が済むまで悩むには人生はあまりにも短い。




 大晦日の夜、笑い過ぎてお腹が空いた私はミカンでも食べようと段ボール箱を開けた。箱の中からフルーツが消えていた。


「これは……なんでやねん?」


 食べたいときに食べたいものが無い。しかも、あると思っていたものが思い当たる節も無いのに無くなっている。こんな時あなたはどうするだろう。そう、怒りと悲しみ、そして戸惑いで叫ぶしか無いんだろう。だけど私は冷静になるよう、自分に言い聞かせた。


「落ち着け。きっと誰かのいたずらだ……。猫とか」


 私には友達がいない。アパートではペット禁止なのは知っている。だけど、猫のせいにしてみた。何か奇妙な事が起こると猫のせいにするのは、ばあちゃんが教えてくれた処世術の一つだ。

 お菓子やソバは無事だったので、何とか年越しをすることができた。いや、ばあちゃんの支援が無くたって年は越せる。気持ちの問題なのだ。




 誕生日の朝、ウクレレの音で目が覚めた。私は布団を頭から被り、音と光の遮断を試みた。そしてそれは失敗した。柑橘の香りが鼻と喉を襲ったのだ。冷たいものが、温かい布団内にゴロゴロと侵入してくる。ごろごろごろごろごろごろ。


「ごろごろにゃーん、ごろごろにゃーん、ごろごろにゃーん」


 レモンだ。みかんだ。りんごだ。ばななだ。ぶどうだ。それらは一様に、猫のように鳴いている。何を考えているのか分からない顔つきで、私を見るそのフルーツ達は、ネコの顔をしていた。私は布団をはねのけネコ? いや、フルーツ? に向かって枕を投げつけた。


「私を見るな!」

「ごろごろにゃーん、ごろごろにゃーん、ごろごろにゃーん」


 ネコフルーツたちは、足がもつれて倒れこんだ私の上でポンポン飛び跳ねて、この世に生まれた喜びを表現し続けた、夕方まで。私はその日を呪った。痛む体を癒すために熱い風呂にレモンを浮かべてみたが、ことごとくレモンは飛び出していき逃げてしまうし、ミカンは剥(む)かれまいと激しく抵抗して泣き叫んだため、駐在さんがうちにやってきた。


 こうして私の三十九回目の誕生日は終わった。

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