やまての宝箱(短編集)

やまて ゆたか

恋のおくすり屋さん


私はごく普通な三十代のサラリーマンの男。

今日も仕事に疲れて帰宅をするところ。


妻子もおらずただ会社を往復するだけの人生…

何か刺激はないものかと日々考えているが行動に移せた試しはない。

このまま同じような毎日を過ごして年を置いていくのだろう。


ふと気づくと隣の駅まで電車を乗り過ごしてしまったようだ。

仕方がないので電車を降り、そこまで距離も離れていないので歩いて帰ることにした。

7月後半とはいえ、今日の夜は少し風があり肌寒く感じる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



駅を後にして十分くらい、住宅街の細暗い道を抜けていくと、何やら手書きの文字で書いて木製の看板に紙で貼り付けてある看板を見つけた。

『こいをしなきゃだめなんだぞ!できないひとはこっちきて!』

クレヨンで書いたような雑な手書きの文字と、赤い大きな矢印。

見るからに怪しい。


ただ、暇な男は好奇心が勝った。

指示通りの方向に進み路地裏に踏み入れた。

少し歩くと小さな一軒家が丸々入るくらいの空き地にたどりついた。

入り口にのれんが掛かっている物置が、ぽつんと立っている。


 少し不安に感じたが、ここまで来て引き返すのも勿体無い気がする。

小さく息を吐き、心を決めてのれんをくぐり物置の扉を開けた。

すると中には小さな女の子がお菓子を食べながら少女マンガを読んで座っていた。


『わっ、びっくりした!おじさんだれ!?』

こっちのセリフだ。簡単に自己紹介をして本題に移った。


『曲がり角にある看板を見てここに来たんだ。あれはお嬢ちゃんの遊びかい?』

すると女の子はむっとした顔をして席を立った。

『遊びじゃないよ!本当に恋に効くすっごいお薬あるんだから!』

どうやら薬を売っているらしい。売春とかではなくて少し安堵した。

見た目は小学生中学年といったところ、手を出したらお縄は間違いないだろう。


『じゃあ一つとびきり効くやつもらおうかな。お代はいくらだい?』

おままごとに付き合ってやることにした。元より期待はしていないし。

『やった!じゃあお菓子一個でいいよ!』

それにしても衝撃的な安さだった。


持っていたチョコレートを渡すと、女の子はバックから小さな小瓶を出してきた。

ラベルは手書きで『こいのおくすり』と書いてある。

隣はハートとお花の絵だろうか。

キャップはまるっきりコンビニで普通に売っている某栄養剤である。

『じゃあこれあげる!がんばってね!』


私は栄養剤を受け取り、少しがっかりしつつ一礼して後にしようとした。

すると女の子から気になる一言をもらった。びっくりするような低い声だった。

『もし失敗したら後がないから。しっかりね。』と。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



 その後、さっそく栄養剤を飲み、行動へと移した。

決して信じてはいないが、薬の効果は早いうちが良いだろうし、

薬をくれた女の子の期待を裏切るわけにもいかない。

すると、街コンで出会った同世代の女性と気が合い、お付き合いすることとなった。


全く恋愛経験のない私からしたら、衝撃的なとんとん拍子だった。

まさか本当に効き目があるとは…


 後日、礼を言うために何回かあの空き地を訪れたが、お店が開店していることはなかった。

怪しいお店だったが、本当に妖精の子だったのかもしれない…

物置の前にお礼に買ってきたとびきりのお菓子を供えて、

私は幸せな人生へと足を進める事とした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



『うーん、宿題終わらないよ~』

冬休みも終わっているのに、宿題はまだ終わっていない悲劇である。

ちなみにお店を毎日ほぼ開いてたからか、親の監視も厳しくなってしまった

『もう休み開けてから一週間たったわよ!明日提出しないと後がないからね!』

母のうるさい怒鳴り声が聞こえる。



『ちぇー。あの人たちは行動して幸せになったかなー』

宿題が終わるのはまだ先の話であった。


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