2 緊急会合(下)
『ちょっと待ってくれ。今、こっちでも術式を発動する』
僕は、自分の脳内に響くテューポーンからの念話をみんなで共有できるように、術式を施した。これだけの遠距離であると特別な術式が必要であったので、テューポーンは僕としか念話を交わせない状況にあったのだ。
「テューポーンからの念話を、みんなも一緒に聞いてほしい。みんなの声はあちらに届けられないけれど、必要があれば僕から伝えるからね。……テューポーン、魔竜兵団は無事だったかな?」
『無事? 無事とは、どういう意味でありましょうか?』
「不死族が裏切って、魔神族の側についたんだ。そうして北方の巨人兵団が殲滅させられたという報告が届けられたんだよ」
テューポーンは、しばらく絶句していた。
『俺が暗黒神様のもとを離れている間に、そのようなことが……? こちらに、異常はございません。現在、ワイバーンの案内でウロボロスのもとに向かっているさなかです』
ウロボロスとは、魔竜兵団の団長の名である。
魔竜族は数が少ない代わりに、ひとりずつの魔力がきわめて強力であるのだと聞いている。個人の力量としては、そのウロボロスが全兵団で最強なのではないかという評判であったのだった。
「まったく、テューポーンは貧乏くじを引かされたものね。魔竜兵団への使者だなんて、わたしはまっぴらごめんだわ」
と、コカトリスがこっそりつぶやいていた。
テューポーンからの念話が途絶えてしまったので、僕はそちらに向きなおる。
「でも、君やテューポーンは魔竜族の血も引いているんだろう? だから僕は、テューポーンに使者を頼むことになったんだよね」
「そりゃあ蛇神族と魔竜族は、もともと同じ一族だったんじゃないかって伝承が残されているぐらいですからね。……そうであるにも拘わらず、こうして異なる一族として生きることになったという意味を考えてほしいものだわ」
魔獣族と蛇神族は犬猿の仲であるが、殺し合いを始めないだけまだマシである――と、ファー・ジャルグはかつてそのように評していた。魔族同士がこれほど険悪な仲でなければ、最初から一丸となって人間族と対峙することもできたのだろう。
(でも、そんな中で魔神族と不死族が手を組むことになったんだ。こっちだって、二の足を踏んでる場合じゃないだろう)
そんな風に考えながら、僕はずっと静かにしているルイ=レヴァナントとファー・ジャルグのほうを見やってみた。
ルイ=レヴァナントは冷徹な無表情を保持しており、ファー・ジャルグは退屈そうに耳の穴をほじっている。このような事態に陥っても、彼らが彼ららしさを失っていないのは幸いであった。
『……ウロボロスのもとに到着いたしました』
やがて、テューポーンの緊迫した念話が届けられてきた。
「よし」と僕は気持ちを引き締める。
「それじゃあ、そっちでも念話を拡張する術式を施すように頼んでみてくれ。ちょっと面倒な術式だけど、上級の魔族が何名かいれば、難しくはないはずだ。そうしたら、僕が直接ウロボロスに言葉を届けさせていただくよ」
再びの静寂が訪れる。
次に響いたテューポーンの声は、さきほどよりも硬くなっていた。
『……そのお言葉は、拒絶されました』
「拒絶? ウロボロスが、僕の命令を拒絶したというのかい?」
『はい……それが暗黒神様のご命令であるという証はない、と……そして、誇り高き魔竜族が、蛇ふぜいの命令を聞くいわれはないとのことです』
とたんに、ガルムとナーガが怒気を爆発させた。
「何を抜かしておるのだ、長虫めが! 暗黒神様のご命令を何だと思っておる!」
「いいから、言うことを聞かせなさい。術式を展開させれば、真実は知れるでしょう?」
幸か不幸か、彼らの言葉はテューポーンに届かない。
僕はなるべく穏便な言葉で再度の命令を下してみたが、その答えははかばかしくなかった。
『やはり、無理です。それが暗黒神様のご命令であるという証を見せよの一点張りで……俺は、どうするべきでありましょう?』
これはどうやら、ずいぶん難儀な相手であるようだった。
僕は思案し、「わかった」と応じてみせる。
「それじゃあ、さっきの件を伝えてくれ。不死族が裏切り者の魔神族と手を組んで、巨人族を殲滅した。しかも魔神族は、東方区域の人魔を従えていた、とね」
『承知いたしました』
また静寂が訪れる。
ナナ=ハーピィは「あーあ」と頭をかき回していた。
「やっぱ駄目だね、魔竜族の連中は。あいつら、気位が高すぎるんだよ。ベルゼ様以外の魔族は、見下しまくってるもんねー」
「ふん。それにきっと、自分たちが暗黒神様のおそばにいられなかったことを、まだ根にもっているのでしょうね。だからことさら、蛇神族と魔獣族を目の仇にしているのだわ」
コカトリスの言葉に、ナナ=ハーピィは「そーそー!」とうなずいた。
「あたしはその頃まだ生まれてなかったけど、あいつら自分たちがベルゼ様のおそばに控えるんだーって、最後まで言い張ってたらしいね。まったく、身のほど知らずなんだから!」
ガルムとナーガが、うろんげにナナ=ハーピィたちをねめつけた。どうして魔獣族と蛇神族が仲良く語らっているのかと、いぶかしく思っているのだろうか。
しかし最近のナナ=ハーピィとコカトリスは、おおよそこのような感じであった。それに、ケルベロスとエキドナだって、やいやい言い合いは絶えないものの、それほど険悪な仲ではないように思える。異なる種族であったとしても、絆を深めることは不可能ではないはずなのだ。
「……どうかな、テューポーン? ウロボロスも、少しは聞く耳を持ってくれたかな?」
『……いえ。蛇ふぜいの言葉は聞くに値しないと言い張っております。また、我々を虚言でたぶらかすつもりならば容赦はせんと、痛撃をくらいました』
「えっ! 大丈夫かい!?」
『問題ございません。この身にかえても、使命は果たしてみせましょう』
「いや。君にもしものことがあったら、蛇神兵団と魔竜兵団の間に取り返しのつかない亀裂が入ってしまうよ。こうなったら、僕自身が出向くしかないようだね」
僕はまだ見ぬウロボロスに小さからぬ怒りを覚えながら、そのように告げることにした。
「これから僕がそちらに向かうと伝えてくれ。それでどんな反応をするのか、確かめたい」
『……暗黒神様が来られるならば、歓迎すると申しております。こやつらは、最初からそれが狙いであったのでしょう』
「ありがとう。君は魔竜兵団の拠点のそばで待機していてくれ。それを目印にして、そちらに向かうからね」
自分の力不足を陳謝する言葉を告げてから、テューポーンは念話を打ち切った。
僕は溜め息をつきながら、腹心の面々を見回していく。
「どうやらウロボロスというのは、話で聞いていた以上に頑迷な相手であるみたいだね。僕自身が出向いて説得するしかないように思うんだけど……みんなは、どう思う?」
「ふん! だったら俺も、お供いたしましょう! あの長虫めの首をねじりあげてやりますわ!」
「いや、あまり大勢で動くのはまずいかもしれない。もしかしたら、魔神族は使い魔か何かでこちらの動向をうかがっているかもしれないからね」
それは、ネフィリムから訃報が届けられて以来、ずっと僕の胸にわだかまっていた疑念であった。
「今回の襲撃は、あまりにタイミングがよすぎるように思うんだ。魔神族は東方区域を制圧してから10年間も沈黙を守っていたのに、僕たちがデイフォロスを制圧して10日も経たない内に動くことになった。これは、偶然なんだろうか?」
「偶然でなければ、何なのかしら?」
「うん。もしかして魔神族は、僕たちが人魔の術式を破壊するすべを身につけたことを察知したのかもしれない。それで、他の領地を制圧される前に、動きだしたんじゃないのかな」
ナーガたちは、いぶかしそうに眉をひそめていた。あまり謀略とは縁がないので、こういったことを考えるのに慣れていないのだろう。
「そんな中、こちらの主力が西方区域に向かったと知れたら、北方区域の制圧を後回しにして、デイフォロスに攻撃を仕掛けてくるかもしれない。そんなことになったら、この場に残される団員たちが全滅の憂き目にあってしまうだろう? だから、僕が西方区域に向かうとしたら、最低限の人数で、魔力を隠してこっそり出立するべきだと思うんだ」
「なるほど! であれば我々はこの場に居残り、魔神族どもを返り討ちにするお役目を承りましょう!」
「あ、いや、僕の不在を悟られなければ、向こうもうかうかと襲いかかってきたりはしないんじゃないかっていう話なんだけど……」
「それでも、あやつらが襲撃してくる可能性もゼロではありますまい?」
ガルムは野獣の形相で、にやりと笑った。
「あやつらが攻め込んできたならば、必ずや叩きのめしてくれましょう! 無礼な魔竜どもをねじ伏せるお役目は、暗黒神様におまかせいたしますぞ!」
「いや、だから――」と、僕が言葉を重ねようとしたとき、ふいに念話の声が脳内に響いた。
使い魔を通じて行われる、ルイ=レヴァナントからの念話である。
『理由はどうあれ、魔獣兵団長らがこの場に居残ることを了承したならば、それは我が君の望む結果なのではないでしょうか?』
ガルムやナーガほどの魔力の持ち主であれば、ルイ=レヴァナントがこっそり念話を飛ばしたことを察知できるかもしれない。そんな危険を冒してまで送られてきた念話の意味を、僕は入念に吟味することになった。
(……そうか。魔神族が襲撃してくる恐れはないなんて言い張っていたら、ガルムたちは是が非でも僕と同行したがるだろう。無理に誤解を解く必要はないのか)
僕はそのように判断して、別の言葉を口にすることにした。
「うん。それじゃあ、留守は頼んだよ。ただし、敵は魔神族たちだけじゃない。王都やウィザーンの連中だって、ずっと大人しくしているかどうかはわからないからね。もしも危険を感じたら、暗黒城まで一時撤退してくれ」
「そうね。暗黒城であればあれこれ術式を施してあるのだから、どのような相手でも退けることができるでしょう」
いまだ冷静さを保っているコカトリスが、そのように応じてくれた。
「でも、このデイフォロスに居残ってる人間たちは、置き去りにしてしまってもいいのかしら? わたしたちが逃げ出してしまったら、またこの地に人魔の術式を仕掛けられてしまうかもしれないわよ?」
「そのときは、何度でも打ち砕くだけさ。兵団の戦力さえ損なわれていなければ、いくらでもやりようはある。ただ……相手が魔神族であるにせよ人間族であるにせよ、アンドレイナ王女だけは渡したくないんだよね。彼女には、まだまだ利用価値がありそうだからさ」
「ふふん。ならば、あの小娘は俺自らが守ってやりましょう! 肉体の内に呑み込んでしまえば、戦いの邪魔にもなりませんからな!」
それはかつて、僕がナナ=ハーピィを体内に取り込んだのと同じようなものであるのだろうか。
しかし、僕の肉体は空っぽの甲冑であり、ガルムの肉体は生身だ。アンドレイナのためにも、そのような事態には至らないことを願うばかりであった。
「それじゃあ、これで決定だね。くれぐれも無理はしないと約束してくれるかい? こちらに大きな被害が出る恐れがあったら、僕が戻るまで暗黒城に一時撤退だ。……この命令を聞けないようであれば、僕は西方区域にまで出向くのを取りやめて、別の作戦をひねり出すことにするよ」
「承知しましたわ。この犬ころが逆上して我を失うようであれば、わたしが尻尾を引きちぎってでも正気に返らせてやりましょう」
「なんだと、この蛇め! やれるものなら、やってみるがいい!」
どうやらガルムとナーガの両名は、どす黒い怒りを戦いへの意欲に昇華することがかなったようだった。
いささか心配にならなくもないが、僕は僕の使命を果たすしかないだろう。まずは魔竜兵団の戦力を、自分の手もとに確保するのだ。全兵団でも最強と名高い魔竜兵団と合流できれば、この窮地を脱する道筋も見いだせるはずだった。
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