第13章 動乱
1 緊急会合(上)
「やはり、不死族なんぞというものは信用ならんのです!」
緊急に開かれた会議の場において、ガルムは咆哮のごとき声をあげていた。
他の部隊長たち――ナーガとコカトリスとオルトロスの3名も、瞋恚の炎を双眸に燃やしている。常と変わらぬ表情であるのは、ファー・ジャルグとルイ=レヴァナントの両名ぐらいのものであった。
「あやつらは、しょせん不浄な死肉の塊なのでしょう! 魔神どもと共謀して、暗黒神様の配下たる巨人兵団に牙を剥こうなどとは……もはや、猶予はございません! 人間どもなどは捨て置いて、裏切り者どもを殲滅するのです!」
「まあ、ちょっと落ち着いて。そうは言っても、人間たちを放ってもおけないだろう? 魔族同士で相争っていたら、その背中を刺されることにもなりかねないんだからさ」
僕は内心の動揺をなんとか抑えつけながら、そのようにたしなめるしかなかった。
不死族が魔神族と共謀して、巨人族を全滅に追いやった――これほどにショッキングな言葉を届けられて、平静でいられるわけがないのだ。巨人族の少女ネフィリムと言葉を交わしてから、僕はずっと混乱の只中にあったのだった。
そのネフィリムは、僕のかたわらで力なく顔を伏せている。涙こそ流していなかったものの、その小さな顔は悲嘆に沈んでいた。彼女こそ、すべての同族を失ったばかりで、無念と絶望の渦中にあったのだ。
「その前に、もうひとたび確認させてほしいのだけれど……巨人兵団は、本当に全滅してしまったのかしら?」
ナーガが押し殺した声で問い質すと、ネフィリムは「はい」と小さくうなずいた。
「少なくとも、上級の魔力を有する同胞は……誰もが今際のきわに念話を送ってきましたので、確実に生命を散らしております。それ以外の同胞たちは、この目で最期を見届けたわけではございませんが……あれだけの軍勢に囲まれては、逃げるすべもなかったかと思います……」
「ふん。まったく、ふざけた話だわね」
ナーガは赤い唇を吊り上げて、内心の激情をいっそうあらわにした。
「それじゃあ話を進める前に、おうかがいさせていただこうかしら。……暗黒神様は、いつまでそのレヴァナントを召し抱えているつもりなのかしら?」
「おお、そうだ! そやつこそ、憎き不死族の一味であるのだからな! そこの目障りな小人ともども、とっとと首を刎ねるべきでありましょう!」
もののついでで処刑を宣告されてしまい、ファー・ジャルグは「あーあ」と赤い髪をかき回した。
「まったくあいつら、余計な真似をしてくれたもんだよ。今度こそ、俺の命運もここまでかねえ。不死の旦那、ここは覚悟を固めましょうや」
「ふざけた口を叩くな、小人め! どうせ貴様は、また暗黒神様の情にすがろうという魂胆なのであろうが!」
「ちょっと待ってくれ、ガルム。僕は情だけでそんな判断を下すつもりはないよ」
僕はなんとか頭を整理しながら、そのように言ってみせた。
こんなとき、人を食った物言いで場を和ませてくれるケルベロスは、潜入捜査の仕事を手伝うためにウィザーン公爵領へと出向いているのだ。この場はなんとか、僕が激情家のガルムとナーガをなだめるしかなかった。
「だから君も、少し落ち着いてくれ。怒りにまかせてファー・ジャルグとレヴァナントを処刑したって、なんにもならないだろう? だいたい彼らはずっと僕たちとともにあったんだから、今回の裏切り行為とも無関係じゃないか」
「しかししょせんは、裏切りの一族でありましょう! そのようなものどもをそばに置いていては、我々もいつ寝首をかかれるか知れたものではありませんぞ!」
すると、僕のななめ後方に控えていたナナ=ハーピィが「えー?」とうろんげな声をあげた。彼女とジェンヌ=ラミアの両名は、侍女の特権で僕のそばに控えることを許されたのだ。
「寝首をかくって、こいつらが? こいつらどっちも、中級の魔族じゃん。魔獣と蛇神の兵団のど真ん中で、こんなやつらにどんな悪さができるっての?」
「やかましいわ! どんな雑魚でも、裏切り者を放置しておけるか!」
「だから、ベルゼ様はこいつらが無関係だって言ってるんでしょ? 普段だったら団長にたてついたりしないけど、ベルゼ様に歯向かうんだったら話は別だよー」
「ありがとう、ハーピィ。とにかくガルムは、落ち着いてほしい。いや、僕だってまったく落ち着いてはいないんだけどさ。こういう危急の際にこそ、冷静な対処が必要であるはずだよ」
「そうね」と声をあげたのは、コカトリスであった。
「少なくとも、こんな木っ端どもを処刑したって、魔神族や不死族の連中は痛くもかゆくもないでしょうよ。そんなことより、この先のことを話し合うべきでしょうね」
「うん。僕もそう思う。これはあまりに、想定外の事態なんだからね」
僕は深呼吸を繰り返して、なんとか気持ちを落ち着けようと努めた。
現在は暗黒神の本体である甲冑姿であったので、本当に呼吸できているのかどうかも定かではなかったが、やっぱりこういうのは気の持ちようであるのだろう。本来の僕よりも回転の早い暗黒神の頭脳が、ようやく機能を取り戻したようである。
「……まず、もっとも気になるのが、そこに人魔の一団まで含まれていたという点だ。かねてより、魔神族は人魔の術式を破壊しないまま、東方区域の人間たちを屈服させたという話だったけど……そればかりでなく、どうやら魔神族は魔術師さながらに人魔を操れるみたいだね」
「ふん! あの蠅どもは、魔神族のごとき気配を放っておりましたからな! 最初から、すべては魔神族めの企みであったのでしょう! あやつらは暗黒神様に叛逆の牙を剥くためにこそ、あのように忌まわしき術式を人間どもにもたらしたということです!」
「その可能性も考慮しなければいけないけど、でも、人間たちに人魔の術式がもたらされたのは、300年もの昔だ。こっそり力を蓄えるにしても、あまりに長すぎる時間だよね」
その可能性は、僕も早い段階で吟味していたのだった。
「それに、魔神族がすべての人魔を自由に操れるんだとしたら、中央区域の人魔を総動員させて、僕に決戦を仕掛けてくるんじゃないのかな。20年前にはグラフィスもデイフォロスも無傷だったんだから、その時代に総力戦を仕掛けられていたら、僕たちだって危うかったはずだろう?」
「それで? 暗黒神様は、何を仰りたいのかしら?」
「うん。少なくとも現在の魔神族は、自分たちが支配した領土の人魔しか自由に操れないんだと思う。だから今は、巨人兵団を退けた勢いで、そのまま北方区域の制圧に取りかかっているんじゃないのかな」
考え考え、僕はそのように答えてみせた。
「アンドレイナ王女によると、地方の区域には侯爵領と伯爵領しか存在しない。それはいずれも、僕たちが相手取っている公爵領よりも小さな領地であるそうだよ。だから、東方区域の人魔だけでは、まだまだ戦力不足だと考えているんだろうと思う。それで不死族を味方につけて、巨人族を殲滅し、北方区域の制圧に取りかかった……ってところだと思うんだよね」
本来であれば、このあたりでルイ=レヴァナントに的確なサポートをお願いしたいところであった。
しかし、ガルムやナーガは不審の念に凝り固まってしまっている。それがもう少し落ち着くまでは、僕が自力でどうにかするしかなかった。
「だったら、もともと不死族が相手取っていた南方区域の領地はどうなっているのかしら? 先にそっちを支配していたのなら、人魔の戦力も倍になってしまっているわよね」
「うん。それは推測するしかないけれど……おそらくそっちは、まだ手付かずの状態なんじゃないのかな。整理すると、まず魔神族は不死族に僕への裏切りを持ちかけて、東方区域に呼び寄せる。それから東方区域の人魔も総動員して、北方区域の巨人兵団を襲撃した――っていう図式なんだと思う」
「どうして南方区域は手付かずだと考えたのか、よかったらその理由も教えてもらえるかしら?」
コカトリスの口調はあくまで冷静であり、僕にはそれが何よりも心強く思えた。不死族の裏切りに怒りの炎を燃やしつつ、彼女は持ち前の精神力で激情を抑制しているのだ。最愛の伴侶たるバジリスクの復活を一番の目的に置いている彼女は、目先の感情にとらわれない強靭さを獲得できたようだった。
「あくまで、推測に過ぎないけどね。少なくとも4日前の段階まで、南方区域に異変は生じていなかった。王都の連中は魔術師を通じて各区域の動向を把握しているようだから、そんな異常事態が起きていたなら、アンドレイナの耳にも入っていたはずだからね。……あとは、移動時間からの推測だよ」
「移動時間?」
「うん。南方区域から東方区域に移動するのに、およそ2日。東方区域から北方区域に移動するのに、およそ2日。合計すれば、それで4日だ。不死族が北方区域まで移動するのに4日はかかるんだから、その段階で南方区域の領土に異常がなかったっていうことは、手付かずのまま放置されたってことになるんじゃないのかな」
「なるほどね。……でも、上級の魔族が魔力を振り絞ったら、もっと早く移動することも可能よね?」
「うん。このネフィリムも、たった1日で北方区域からこの中央区域にやってきたそうだよ。……で、彼女はご覧の通りに疲弊しきっていて、いまだに魔力が回復していない。こんな状態で戦闘に臨むのは、誰にだって不可能だろうね」
「ああそう」と、コカトリスは肩をすくめた。
「おまけに巨人兵団が全滅させられたのが昨日の話だっていうんなら、不死族の連中は5日前に南方区域を出ていなければならなかったというわけね。……了解したわ。余計な話で邪魔をしてしまってごめんなさい」
「いや、疑問が生まれたときはひとつずつ解消していこう。むしろ、コカトリスの目端の鋭さは心強く思うよ」
「うるさいわよ」と、コカトリスをそっぽを向いた。
その可愛らしい仕草に心を和まされつつ、僕は和やかならぬ話題に立ち戻らせていただく。
「それで、敵方の戦力についての話だったよね。この段階で僕が懸念を覚えているのは、魔竜兵団の存在だ」
「魔竜兵団?」
「うん。魔神族たちが北方区域の制圧よりも魔竜兵団の制圧を優先しようと考えたり……あるいは不死兵団に続いて魔竜兵団をも仲間に取り込もうとしたら、きわめてまずい事態になってしまうだろう?」
「それは……楽しくない想像ね。魔竜兵団までもが敵方に回ってしまったら、さすがのあなたも危うくなってしまうはずよ」
「そうであれば、先手必勝でありましょう! 魔神どもがこれ以上の戦力を蓄える前に、北方区域まで出向いてひねり潰してやるのです!」
コカトリスとは対照的に、ガルムは完全に逆上してしまっている。副団長のオルトロスは無言であったが、その赤い双眸にはガルムにも負けない激情の炎が渦巻いていた。
「……それは、得策とは言えないでしょうね。現時点でも、敵方の戦力はこちらを上回っているかもしれないのよ?」
コカトリスの言葉に、ガルムはいっそういきりたった。
「何を抜かすか、蛇め! 我々が、魔神族や不死族に後れを取るとでも抜かすつもりか!? しかもこちらには、暗黒神様が控えておられるのだぞ!」
「だから、迂闊な真似をすれば暗黒神様を窮地に追いやることになる、と言っているのよ」
コカトリスは、冷たい表情でガルムをにらみ返す。彼女が唇を吊り上げていないということは、まだまだ冷静である証であった。
「考えてもごらんなさい。相手は、魔神族と不死族であるのよ? 普通に考えたら、蛇神族と魔獣族でどうにか互角という相手だわ。そこに、東方区域の人魔どもが控えているという事実をあわせて考えてみなさいよ。あなたは暗黒神様に、おひとりですべての人魔を退治しろ、とでも抜かすつもりなの?」
「しかし……地方の区域に、中央区域ほどの人魔は存在しないのであろうが? ならば、暗黒神様のお力をもってすれば……」
「だから、それこそが不確定要素である、という話なのじゃないかしら?」
コカトリスの黄色い目が、僕を見やってきた。
僕は「そうだね」と答えてみせる。
「アンドレイナ王女も、地方の区域についてはそこまで詳しい知識を持っていなかったんだよ。東方区域の人魔の戦力については、大部分が未知数なんだ。ただ、侯爵領と伯爵領のすべてをあわせれば、ひとつの公爵領よりは大きな規模になるだろう。それがまるまる敵方の戦力になっているとしたら……僕ひとりで退けることは不可能だろうね」
それが可能であるのなら、僕はひとりで公爵領を制圧できることになってしまうのだ。
そしてそれが不可能であるということは、デイフォロスにおける戦いで立証されていた。僕は200名ていどの貴族を相手に、あわやというところまで追い詰められたのだ。そこに騎士や従者や市民や農奴までもが加わっていたならば、僕はあえなく魂を散らしていたはずだった。
「仮に、東方区域にそれほどの戦力が残存していなかったと仮定しよう。魔神族に制圧される過程で、数多くの人間たちが生命を失った可能性もあるからね。……だけどそれでも、あちらには魔神族と不死族が勢ぞろいしている。それと真正面から戦ったら、こちらだって大きな被害をかぶるはずだ。そうして戦力を削られたら、王都の王たちを相手取ることもできなくなってしまうだろうね」
「それは……そうなのやもしれませんが……」
「だからまずは、魔竜兵団をどうにかしようと思う。彼らと合流することさえできれば――」
そこでまるで天啓のように、念話の声が届けられてきた。
『……暗黒神様、魔竜兵団のもとに到着いたしました』
それは、使者として西方区域に向かっていた、テューポーンの念話であった。
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