私たちはプロ棋士に似ている

草薙 健(タケル)

本編

 私たちは、将棋のプロ棋士に似ている。

 彼らの仕事は将棋で対局をすること。目標はただ一つ、相手に勝つことだ。


 プロ棋士の世界は残酷だ。例えば、プロ棋士は順位戦と呼ばれる戦場で戦う必要があり、弱いものは容赦なく排除されるシステムが出来上がっている。

 順位戦には、下から順にC2、C1、B2、B1、A級が存在し、それぞれのクラスでリーグ戦を行なって順位が決定される。成績上位二名だけが昇級し、成績不良のものは降級して淘汰される。そして、A級棋士十名の中で最も強かった棋士だけが、名人に挑戦できるのだ。

 他にも、賞金額が大きい竜王戦などの八大タイトル戦、新人王やNHK杯といった棋戦が存在する。


 この残酷なシステム上で戦い抜くために棋士たちは途方もない労力を費やしているのだが、私たちはそのことをほとんど知らない。

 対局の無い日にプロ棋士たちは何をしているのか。

 彼らは将棋の研究をしている。

 プロやアマの作品、書籍やネットの掲載媒体を問わず古今東西ありとあらゆる詰め将棋を片っ端から解いてみたり、棋譜と呼ばれる過去の対戦記録を見て盤上に駒を並べたりする。

 師匠や弟子、気の合う仲間同士などが集まる研究会に参加したりすることもある。そこでは、練習対局を行ったり新しい打ち筋を検討することで、切磋琢磨しながら棋力の向上を目指すのだ。


 新しい戦法・戦型と言うのは、過去に培われた土壌の中から芽生えるものであって、真に新しい戦法なんてものは存在しないことを彼らは知っている。

 矢倉と呼ばれる戦型は江戸時代から存在し、未だにプロの対局でしばしば登場する。最近の流行は横歩取りや角換わり腰掛け銀だ。廃れる戦法もある。振り飛車はその代表だろう。

 それでも新手は必ず現れる。それは、将棋に無限の可能性が秘められているからに他ならない。


 近年、将棋の世界でもAIの影響力が強まっている。若手棋士を中心に、AIを将棋の研究に取り入れる手法が広まっているし、二〇一五年には日本情報処理学会が「AIはトッププロ棋士の実力に追いついた」と宣言した。

 これは、もはやプロ棋士界に人間は必要ないということなのだろうか?

 否、断じて否。

 確かにAIはプロ棋士にとって脅威だ。対局の終盤では、ミスすることなく正確に相手を追い詰める。しかし、将棋ファンが期待しているのはそんなことでは無い。

 持ち時間が少ない中での、息詰まる攻防。ミスした方が負ける。お互いギリギリの精神状態の中で繰り広げられる、二人が織りなす緊迫したドラマが見たいのだ。

 対局の面白さを評価できるのは人間であって、AIではない。


 たとえ相手のミスで勝ちを拾ったとしても、プロ棋士は相手への敬意を忘れない。倒すべきライバルであると同時に、将棋が好きで好きでたまらない大切な仲間なのだから。


 そんなことを考えながら、今日も私たちは他人の異世界転生ものを読み漁るのだった。


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 我々は、カクヨムに小説を投稿するユーザーに似ている。

 彼らの仕事は小説を書くこと。目標はただ一つ、みんなに自作を読んでもらうことだ。


 カクヨムの世界は残酷だ。例えば、ユーザーはランキングと呼ばれる戦場で戦う必要があり、面白くないものは容赦なく排除されるシステムが出来上がっている。

 ランキングには、部門別に総合、異世界ファンタジー、現代ファンタジー、キャラクター文芸、恋愛、ラブコメ、SF・ゲームが存在し、それぞれの部門で星や応援数に応じた順位が決定される。成績上位三名だけがカクヨム公式トップページに掲載され、成績不良のものは見向きもされずに淘汰される。そして、その中で編集者の目に留まったものだけが、書籍化に挑戦できるのだ。

 他にも、賞金額が大きいカクヨムWeb小説コンテストなどの大型賞レース、カクヨム甲子園や冲方塾といった戦いが存在する。


 この残酷なシステム上で戦い抜くためにユーザーたちは途方もない労力を費やしているのだが、我々はそのことをほとんど知らない。

 連載の更新が無い日にユーザーたちは何をしているのか。

 彼らは小説の研究をしている。

 プロやアマの作品、書籍やネットの掲載媒体を問わず古今東西ありとあらゆる小説を片っ端から読み込んだり、他人の小説にレビューを書いてみたりする。

 ベテランや新人、気の合うフォロワー同士などが集まる自主企画に参加したりすることもある。そこでは、お互いの小説を読み合ったり新しい創作の在り方を検討することで、切磋琢磨しながら筆力の向上を目指すのだ。


 新しいジャンル・ストーリーと言うのは、過去に培われた土壌の中から芽生えるものであって、真に新しいストーリーなんてものは存在しないことを彼らは知っている。

 悲劇と呼ばれるジャンルは神話時代から存在し、未だにプロの小説でしばしば登場する。最近の流行は異世界転生や悪役令嬢ものだ。廃れるジャンルもある。ハードSFはその代表だろう。

 それでも新しいストーリーは必ず現れる。それは、小説に無限の可能性が秘められているからに他ならない。


 近年、小説の世界でもAIの影響力が強まっている。若手作家を中心に、AIを小説のネタ出しに取り入れる手法が広まっているし、二〇一六年には人工知能学会の元会長が「人工知能が書いた小説が星新一賞の一次審査を通過した」と発表した。

 これは、もはや小説界に人間は必要ないということなのだろうか?

 否、断じて否。

 確かにAIは小説家にとって脅威だ。文章校正では、ミスすることなく正確な言葉遣いで小説を書き上げる。しかし、小説ファンが期待しているのはそんなことでは無い。

 タイミリミットが近い中での、息詰まる攻防。ミスした方が負ける。お互いギリギリの精神状態の中で繰り広げられる、登場人物が織りなす緊迫したドラマが見たいのだ。

 物語の面白さを評価できるのは人間であって、AIではない。


 たとえ相手の小説が面白くなくなったことによって自作がランキングの順位を拾ったとしても、カクヨムユーザーは相手への敬意を忘れない。倒すべきライバルであると同時に、小説が好きで好きでたまらない大切な仲間なのだから。


 そんなことを考えながら、今日も我々は過去の棋譜を読み漁るのだった。


(完)

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