異世界の人類を滅ぼす方法を答えよ(配点100)

忠臣蔵

魔界の異常な魔王様 または俺は如何にしてブラック教職を辞め宮廷教師兼奴隷になったか

自己紹介と帰宅願望

「ニンゲンどもを滅ぼすにあたって、実はすでに、いくつか素案そあんがある。たとえば兵力による侵攻。しかしこれは、あくまで最後の仕上げだ」


 陶器のような白い指先に輝く黒い爪で、偉大なる魔王様は頬をかいている。


「とはいえ費用対効果の観点から、軍事的手段は必須と考える。……センセイの生まれた国では、少し前、ふたつの都市が焦土と化しただろう? たしかゲンシバクダンとかいう兵器で。あれを、魔界こちらのニンゲンに使ってみたい。どう思う?」


 野球グローブのように分厚いライオンの耳と、ほうきのような尻尾を揺らしている。背後からでもはっきりと見て取れる。

 もう一度、目の前にいる少女の顔を脳裏に思い描く。ぱっちりした目鼻立ちとか、そばかすの散り具合とか、癖毛の赤髪とか。


 ところで彼女は魔王だ。

 お母様(魔王佐殿下)とも謁見させていただいたが、そちらはどう見てもメスライオンだった。体毛に緋色が混ざっていることを除けば、サファリパークにいっぱいいそうな外見。


 もっとも王族の血を引いている以上、当たり前だが魔族なので、娘さんにもそれっぽい特徴はある。

 たとえば、ライオンの耳。上顎から下に伸びる牙。墨を溶かしたような眼球と、濃紫こむらさきの瞳孔。黄金色と鮮紅色を交えてきらめく、つややかな尻尾の毛並み。

 バケモンやんと俺は思った。


「センセイ、聞いているか?」


「はいっ?」


だった。内容を理解できなければ、そう告げてくれ。わたしは怒らないから」


 振り返ることなく、魔王様は言った。教師が生徒に言い含める口ぶりだ。

 殺すぞという気持ちで胸がいっぱいになるけれど、ここはひとまず、


「すみません、聞きそびれました」


 と告げる。本当のことを告げる必要があったので、そうした。嘘をついたら文字通り、クビが飛ぶ。


「ん、そうか。まあつまり……、煩雑さを解消するためには、はじめに大量破壊兵器で一掃すべきかなと」


「……はい」


 聞くに堪えかねてを向けば、視線の向こうに厚手の丸窓があって、当然、窓外そうがいの夜景がのぞける。

 沈黙する闇に、星は見えない。空気が澱んでいるのか、星そのものが存在しないのか。

 異世界だし、天体に関する一般常識を、誰かにたずねる必要がある。異世界だし。


「あくまで素案にすぎんがな。大規模な兵器を投入するのは、初期投資にそれなりの資金がかかる。そのあたりは、実際に計算してみないとわからんだろうが」


 ところで俺がいるのは、王宮というか宮廷というか、そんな感じの建物にあるらしき、魔王様の書斎である。

 無駄に広くて、当然豪華な部屋に置かれた、黒くて重たげな机。部屋の主はそこに向かったまま、きわめて真剣な声で話を続ける。


疫病えきびょうをばらまくことも考えている。それとこの資料によれば、ニンゲンには毒ガスというのが効果覿面こうかてきめんらしい」


 この資料、とは机に置かれた『西部戦線異状なし』のブルーレイだ。隣には富士通のノートパソコンもある。Eドライブを使ってさきほど一緒に鑑賞した。ちなみにどちらも俺の私物だ。


 ちなみに、毒ガスもしくは神経ガスと呼ばれる化学兵器は、第一次世界大戦から使われ始めた代物である。映画には主人公たちが塹壕ざんごうでこれを浴びて、のたうち回る場面がある。

 とても好きな作品だ。こんなかたちで参考にしてほしくなかった。クレヨンしんちゃんが好きな我が子を心配される、保護者のみなさんの心情とは、こういうものだろうか?


「こうも手段があると、かえって迷うな」


「そうですね」


 そう言ってみた。それ以外、何を言えと?


「でも、初手で兵力を動かすのは悪手あくしゅだと、わたしは思う。鏖殺おうさつにあたっては、余計な混乱を与えることなく、安らかに滅ぼしたいのだ。戦術として侵攻を採用するなら、あらかじめ向こうの頭数を減らしたほうが効率的だし。そう思わないか?」


 魔王様はふりかえり、窓際に立つ宮廷教師を、若者らしくまっすぐな眼で見上げてくる。

 椅子と窓のあいだに立っているので、いい感じに逃げ場がない。


「え? あ、どう、なんでしょう、はは」


「戸惑われるのは理解できる。だが魔界こちらのニンゲンどもは、今まさに、危機に瀕しているのだ。……他ならぬ、魔族われわれの手によって」


 突然、がたんと音を立てて起立した。豪奢ごうしゃな椅子が、背もたれから転げかかるのを、なぜか俺が支える。

 転がしかけた少女は知ってか知らでか、がっしりしたくるぶしのあらわな、もちろん鋭い爪の生えた素足で、やわらかい絨毯じゅうたんを踏みしめている。


「であればわれわれには、救済の手をさしのべる責任がある」


 低音の強調された、よく通る、それでいて幼さの残る声。



 そんなことをほざきやがり、節くれ立った手のひらで、正面から俺の肩を叩く。

 女の子なのだが、身体の骨格はがっしりとしている。スポーツでもやっているのかもしれない。


「われわれは、きわめて高潔こうけつなる聖務せいむに取り組もうとしている。……教えてくれ、センセイが知っていることを」


 だめだもうごまかせない。

 覚悟を決めて咳払いをすると、喉の肉が動いたせいか、首輪をつけられた首筋が痛んだ。

 深呼吸をひとつ、口火くちびを切る。

 こんなふうに。


「えーっと、あのですね、あの、毒ガスというのは、あー、さきほど、さきほどご説明させていただいたとおりですね、第1次世界大戦から、使われ出した、えー、生物兵器でありまして……」



 おわかりいただけただろうか。これが、新たな教え子との、初回の授業における一場面であった。

 わかっていることは、現時点でいくつかある。


 ひとつ。俺は、異世界転移とかいうのを、した。


 ふたつ。ここは〈魔界〉と呼ばれる世界で、〈魔族〉と呼ばれる知的生命体がいて、その親玉である〈魔王〉が統治している。赤毛の、ライオンの耳を生やした少女だ。白目が黒くて黒目が紫なので、本当に少女なのかはわからない。たぶんバケモンだ。


 みっつ。俺は宮廷教師兼奴隷として、魔界の人類を滅ぼす方法を、魔王様に教えなければならない。


 わからないことは無限大だ。

 そもそも魔界とは? 魔族とは? なぜ魔王様を除く全員が二足歩行の動物モドキなのか? 魔界の人間はどこにいるのか? 彼らの扱いはどうなっているのか? 魔王は大量破壊兵器についてどこで知ったのか? いつ疫病をばらまくのか? いつ毒ガスを使うのか? なぜ俺の私物があるのか? いつ盗ってきたのか? なぜ首輪をつけたのか? なぜ俺を奴隷にしたのか?

 なぜ人類を、滅ぼさなければならないのか?


 

 自己紹介が遅れた。名前は大春二三オーハルフミ、大学の教育学部を出て、小学校の先生をしている。どうぞよろしく。

 今年は1年生のクラスを担任中。来年度は卓球部の顧問に就任予定。


 顧問といっても本格的な部活動ではなく、近所の福祉センターの利用者さんたちとの交流とか、そんなんがメインの集まりである(まだ小学生だしね)。

 もっともそうでなければ、就任の話など断っていただろう。俺が嫌いなものはふたつ。菓子パンと、組体操に代表されるカスみたいな根性論。

 

 話がそれた。

 この世界に来たのは、おそらくたぶん、寝ているときに夢でオオカミに殺されたからだ。何を言っているのかわからないと思うが、俺にもわからない。とはいえ他に心当たりもない。

 というか普通に生活してたら、あるわけねえだろ異世界転移の心当たりなんて。小説じゃあるまいし。あったら病気だよ。

 

 ところで俺、そういう小説ってあんま読まんのよね。なろうとかカクヨムも見ないし。文学部にいた後輩は、それ関係の仕事やってるけどね。たしかコミカライズの編集。

 しかしまあ、読まなくてもここまで人気だと、まとめサイトやらアニメ化した作品の配信で、情報はそれとなく入ってきてしまうのだ。


 なのでまあ、そのような作品がどんな内容であるのかについて、知識がないこともない。あれでしょ、主人公が無職だったり専門職だったり無機物で、死んだお詫びに女神様からスキルだかをもらって、中世ヨーロッパJRPGファンタジーな世界で冒険とか政治とか戦争をがんばるよね? でも最近はめっちゃ苦労したり周りのひとから超裏切られたりしてそっからスカッとJAPANな内容のもあって、まあ結局はよくわからないね?

 ぼんやりしたイメージだが、あんま読まんので怒らんでくれ。


 で、そういう世界に行った主人公は、現実世界に帰りたくなくなる。

 とてもわかる。俺だって今すぐトラックに轢かれて、年上の頼れるお姉さん騎士と24時間フルタイムでいちゃつきたい。

 子どもは好きだが教職はゴミ。人間が働く環境じゃない。日本死ね。


 話がそれた。

 本題に戻ると俺は今、絶賛異世界転移中にもかかわらず、帰宅願望がやばい。ネトフリで観たやつと展開が違うからだ。それに諸事情あって、すでに2回も首をはねられて殺されている。

 これ以上死にたくない。帰りたい。

 なんで俺だけこんな異世界?



 とはいえ当たり前ながら、帰りたいと願っているだけでは、望みはかなわない。そもそもどうしてこんなことになったのかも、いまだに理解できていない。帰る帰らない以前の問題だ。

 急がば回れ、ってんじゃないが、こうなってしまった経緯をふりかえれば、何か帰る方法が見つかるかも。


『何がジェーンにおこったか?』


 という昔のサスペンス映画にならえば、


『何がフミ先生に起こったか?』


 てな具合である。


 ちょっと長くなりそうだが、取り組むに値する任務ではなかろうか?

 そんなわけで、回想を始めよう。まずは現代日本で俺が、夢のようなブラック教職労働をこなしていた場面から。

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