64.橙妖精と黄幻竜

「第一回夏休み対策会議!」


 期末テストが終わった頃、若様が工房に押しかけてきて突然そんな宣言をした。


「……夏休み対策会議はいいが、俺と若様しかいないのだが?」

「大丈夫だよん、もう内容は決まってて、それを仮面のに伝えにきただけだしさ」


 それなら会議もなにもないだろうに。


「とりあえず夏休みイベントについては調べてるかな?」

「宝探しとPvP大会、オリジナルアイテムコンテストがあることくらいは」

「オッケー、そこまで調べてあれば大丈夫だ。ちなみに、仮面のはオリジナルアイテムコンテスト参加予定?」

「そのつもりだが」

「じゃ、時間は多めにあった方がいいよね。そのつもりで仕事を回すよっと」


 仕事量を調整してくれるのか、それは素直にうれしいかも。


「ありがとう。で、今回はそれで終わりか?」

「なわけないじゃない。ほかにも細かいアップデートとして、幻竜シリーズ第四弾が実装されるんだよねぇ」

「……そこまで調べてなかったな」

「だよね。そんな気はしてたよ。で、実装されるのは、橙妖精と黄幻竜だ。おそらく土属性じゃないかと判断できる。で、こいつだけは実装日が今週末なんだ」

「夏休み前の先行実装ってわけか」

「そのとーり。で、多分、さくっと倒されると思うから、こいつの装備を量産できる体制を組んでおかなくちゃいけない。これが本日の議題ってわけ」


 なるほど、それは確かにめんどくさそうだ。

 藍幻竜のときの二の舞になりたくはないよなぁ。


「とりあえず、戦闘班が全力で橙妖精を狩ってくるから、生産班にはそれを解体してもらって、できる限りの生産道具を仕上げてもらうのがまずひとつ。次に、橙妖精の生産道具にめどがついたら、すぐに黄幻竜に移るから、黄幻竜の素材で仮称黄玉幻竜の生産道具を仕上げてもらうのがふたつ目。ここまではオーケー?」


 いや、オーケーって。


「全然オーケーじゃないぞ。ひとつ目はまだわかる。でも、ふたつ目は大丈夫か? その予定だと、橙妖精の防具なしで突撃だろう?」

「ああ、そっち。実は土属性の耐性アクセサリーはもう人数分そろえてあるんだよね。あと、土属性って水が弱点じゃん? だったら、藍玉幻竜装備で突撃かければ倒せるんじゃね? って読み」

「……なるほど、全く考えがないわけじゃないんだな」

「……一応、戦闘班で作戦立ててから大旦那に確認とった作戦なんだぜ?」


 大旦那もゴーサインを出しているのか。

 だったら、俺がどうこう言う筋合いはないよな。


「了解だ。それで、俺はなにをすればいいんだ?」

「仮面のには、実装当日に工房にいてほしいんだよね。素材が手に入ったら即行届けるから。で、仮面のの生産道具職人は……フラスコだったよね。あっちにも連絡してあるから、即発注してほしいんだよ。で、黄幻竜の素材がまわってきたら、仮称黄玉幻竜の生産道具にアップグレードヨロ」

「了解。要するに、俺は当日出かけなければいいんだな」

「そういうこと。わるいねー。実装当日なのにさ」

「かまわないぞ。戦闘系のプレイヤーじゃなし、実装初日に新規モンスターを狩りに行くのが楽しみとは言わないさ。ただ、なぁ……」


 問題がないわけじゃないんだよねぇ……。


「……ああ、『リーブズメモリーズ』の女の子かぁ」

「そうだな。多分、実装初日が土曜日なら誘ってくるだろうし、また行けないってなるとなぁ」

「うーん、そっちは僕のほうからフォローしておくよん。フォレストちゃんは知らない間柄でもないし」

「……そうなのか?」

「あれから何回か利用してもらってるお客様です」


 なるほど、若様の顧客になってたのか。

 それならわからないでもないな。


「でも、仮面のもどうしてなつかれているんだろうねぇ?」

「さあなぁ? よくわからん」


 なんでしょっちゅう誘ってくるのかよくわからないんだよな。

 誘われて悪い気はしないからかまわないんだけど、忙しくてなかなか誘いに乗れないのがね。


「ともかくそう言うわけだから、実装初日は空けて置いてちょうだい。装備受注の振り分けはあとから決めるから」

「了解。そっちは任せた」


 ほかにも説明に行くらしい若様を見送り、俺はまた鍛冶場に引っ込む。

 オリジナルアイテムの品質が、最近ようやくDまで上がってきたのでもう一息だと思うんだ。

 そっちが完成しないことには、コンテストなんて出せないからな。

 さて、頑張ろう。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「えー、それじゃあ、実装初日はエイト君無理なの?」

「ああ、無理だな。『ヘファイストス』で予定がある以上、そっちを優先させないと」


 若様がきた翌日、予想通りレイから橙妖精討伐に誘われた。

 まあ、無理だから断るしかないんだけど。


「レイ、無理な以上は仕方がないだろうさ。それに、行けない日は実装当日だけなのだろう?」

「そのあとはまだ決まってないですね。予定通りに動けば、実装当日のうちに仮称黄玉幻竜の生産道具まで入手できる手はずになってますから、あとは各自への依頼の割り振りになるはずです」

「ならば、日曜の……昼間は大丈夫か?」

「ええと……おそらく大丈夫でしょうね。生産道具を受け取るのも夜でしょうし」

「ならば、日曜の昼間に橙妖精を倒しに行くとしよう。それでいいな、レイ」

「了解です、フォレスト先輩! 今度はどんなモンスターなのかなー」


 なんて言うか、現金だなぁ。


「フォレスト先輩、ありがとうございます」

「いや、気にしなくてもいいさ。ギルドメンバーの間を取り持つのも私の仕事のうちだからね」


 そういえば、フォレスト先輩がギルドマスターだったか。

 そういうのあまり気にしないギルドだから忘れてた。


「……さて、生産道具がそろうと言うことは、また依頼で忙しくなるのかね?」


 居住まいを直したフォレスト先輩から、そんな質問が投げかけられる。


「んーどうでしょう? 幻竜の生産道具まで作るって言うことは、上位の依頼を回してくるってことでしょうけど、どこまで依頼が回ってくるかは不明ですね。……なにかありましたか?」

「うむ、再来週には夏休みだろう? そうなると、ブレンとソードがログインできなくなってしまうのだよ」


 ……そういえば、ブレンのやつ、夏休みは塾の夏期講習だっけ。

 でも、ソード先輩も夏休み初日からなのかな?


「ブレンはいいとして、ソード先輩も夏休み初日からログイン制限ですか?」

「そこはけじめのようなものらしいな。……ああ、私も昼間のログインは控える予定だぞ? 受験生だからな。今のところ、推薦入試で受験する予定なのだが」


 推薦入試か、それはうらやましいな。


「まあ、そう言うわけで、夏休みになる前にせめてある程度は遊んでおこうと思ってな。時間はとれそうか?」

「そういう理由でしたら、なんとか捻出してみますよ。一日一時間程度でしょうけど」

「それでかまわないさ。よろしく頼む」


 さて、これで夏休みまでの予定は決まったな。

 ブレンは自業自得だから知らんけど、ソード先輩にはできる限りいい思い出を持って行ってもらおう。

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