65.橙妖精討伐と壮行会
「次、北の大穴! 回避急いで!」
「ほらほら、ブレン、ソード、回避が遅れ気味だぞ!」
「うっせー遠距離攻撃手二名! お前らはいいよな、割と安全な高台に陣取ってればいいだけなんだからよ!」
「無駄口をたたいていると間に合わなくなるぞ! さあ、走れ走れ!」
今日、俺たちがやってきているのは、橙妖精だ。
ブレンとソード先輩が抜ける前に少しでも遊ぼうと言うことで、ここが選ばれたというわけだ。
なお、黄幻竜も候補には挙がったのだが、まだ準備不足と言うことで、最終日前に一日だけ挑んでみる、ということになっている。
俺の課題は、その日までに全員分の橙妖精装備を調えておくことだな。
「そーれ、どっかーん!」
「ちくしょー! また逃げ切れなかった!」
「わかってても逃げ切れないってきついっすね、先輩……」
「日頃の準備不足というものだよ。ダッシュスキルを組み込んでいれば十分に間に合うだろうに」
「普段はそんなものなくても間に合ってるんだよ! ……あー、この戦闘が終わったらスキルの見直しだな」
「ですね……しっかし、高台から狙い撃ちしているだけのエイトがうらやましい」
「そういうな。あれはあれで大変なんだから」
見た目は高台から狙い撃ちしているだけなのだけど、やっていることはそれなりに忙しい。
通常時は橙妖精相手に高所から銃撃していればいいのだが、橙妖精は時間経過で地面の穴に潜ってしまう。
地面に潜ったあと、フィールドにある四つの穴のうちひとつから飛び出してくるのだが、その前兆を見極めて、近接陣に注意を促さなければいけない。
近接陣が逃げ遅れれば、大ダメージを受けてしまうからね。
「それにしても、橙妖精、HPが高いだけでそこまで強くはないな」
「噂によると黄幻竜も同じ感じらしいですよ。実装初日からバンバン倒されてたとか」
「はー、そりゃすげーな。とりあえず、目の前の相手を倒しちまうか。その辺の情報ならエイトが詳しいだろ」
「そうですね。エイトに聞いてみましょう」
程なくして橙妖精は討伐された。
いい加減、妖精シリーズは討伐になれてきてしまっているからなぁ……。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「さて、エイトよ。実装当日に黄幻竜が大量に倒されたって噂、知ってるか?」
橙妖精の周回が終わったあと、『リーブズメモリーズ』のギルドハウスでくつろいでいたら、ソード先輩に尋ねられた。
さて、嘘をつく理由もないし、正直に答えるか。
「知ってますよ。というか、それをやったギルドのひとつは『ヘファイストス』でしたから」
「……ギルドのひとつってことは、ほかにもやったギルドがあるってことか」
「大手のギルドが何カ所かやったみたいですね。黄幻竜はHPと攻撃力こそ高いものの防御力は少なく、しかも属性攻撃が弱点ということで短期決戦に持ち込めばかなり楽に勝てたらしいです」
「なるほどな。……ちなみに、それって俺たちにも可能か?」
「攻撃力と防御力不足ですね。なんだかんだ言っても、そう言うことができるギルドって最先端の装備が集まってますから」
俺のセリフに、ソード先輩はひとつ息を吐く。
「だよなぁ。できれば、俺が休止するまでの間に黄幻竜を倒してみたかったんだが」
「それくらいならなんとかしますよ。今日の狩りで橙妖精の素材は集まりましたし、俺の手元には黄玉幻竜の生産道具がありますから」
「おおそいつは頼もしい! でも、夏休みまであと一週間だぜ? なんとかなるのか?」
「なんとかするのが生産職です。五日後にはきっちりそろえておきますのでご期待ください」
「わかった、五日後だな。期待して待ってるぜ」
それから五日間は放課後の勉強会にも参加せず、ひたすら鍛冶をする毎日だった。
そのおかげで、目的のものは間に合ったのだが。
「さて、お待たせしました。ソード先輩、お約束の品です」
「お、急がせたみたいで悪いな。……ってこいつは!」
大急ぎで仕上げた装備、それは……。
「黄玉幻竜の装備一式です。ああ、追加の代金は発生しませんので存分に使ってください」
「いや、それはうれしいんだが……素材はどうしたんだよ」
「『ヘファイストス』で大量に狩ったって言ったじゃないですか。そのあまりを使ったんですよ。正直、在庫がだぶついてたので、かなり安く買えました」
「そっか……ありがとうな、エイト」
「いえいえ。……ほかの皆には、橙妖精の装備一式な。あ、ブルー先輩の全身鎧だけは黄玉幻竜にしてありますけど」
「了解だよー。……うん、やっぱりごっついね」
ブルー先輩の好みとは真逆なんだよなぁ。
ここはしばらく我慢してもらうしかない。
「そこはご了承を。ユニーク装備の外観はいじれませんので」
「わかったよー。でも、黄幻竜が終わったら外していいよね?」
「かまいませんよ。そういえば、今日も黄幻竜を周回するんですか?」
「うむ、余力があればな」
「多分、余力なんてないよねー」
「エイト君は時間的に無理?」
「俺は一周だけの参加だな」
「まあ、それは仕方がないだろ。一周だけでも付き合ってくれるなら御の字だ」
「そうっすね。それじゃ、早いところ行きましょう」
そして、黄幻竜に向かったのだが……黄幻竜戦は特筆することがなかったとだけいっておこう。
黄玉幻竜装備のソード先輩は絶好調だし、橙妖精とは違って竜属性を持ってる黄幻竜は竜墜砲の餌食になるし……。
結論だけを言えば、橙妖精のほうが強かったとまで言えてしまう。
フォレスト先輩の提案で二週目に突入することに、俺も賛成したことがその証拠だろうな。
さて、この後は大急ぎで例の剣作りを終えてしまわないと。
素材品質が、まだAランクに届いていないのが気になるところだけど、ソード先輩に渡せるタイミングは明日しかないからな。
よし、頑張ろう。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「ソード先輩、勉強頑張ってください!」
「お兄ちゃん、頑張ってね」
「おう、なんか悪いな、壮行会なんて開いてもらって」
「気にするな、ソード。これから本腰を入れて勉強をせねばならないんだからな」
「……お前はいいよな、フォレスト」
「……あの、俺には一言ないんすか?」
「うん? ブレンも勉強頑張ってこいよ?」
「言葉が軽い!」
休憩スペースから明るい声が響く。
本日は、ソード先輩の最終ログイン日ということで壮行会が開かれているわけだ。
……最終ログイン日といっても、完全に最後というわけではなく、週末に三十分くらいログインとかはあるかも、と言っていたが。
「ごめんねー、エイト君。お料理作り、手伝ってもらって」
俺はパーティ用の料理を作っていた。
ブルー先輩と一緒に。
「気にしないでください。ブルー先輩もあっちに行って大丈夫ですよ」
「エイト君だけに任せるわけにはいかないよー。もうすぐできることだしねー」
俺は料理スキルもそれなり以上に鍛えているから大丈夫だけど、ブルー先輩はそこそこでしかない。
ゲームっていうのはその辺の差が現れてしまうからなぁ。
「……さて、これで完成ですね。運びましょうか」
「そうだねー。運んじゃおう」
料理を一度インベントリにしまって、パーティ会場へと運ぶ。
そっちでは待ってましたと言わんばかりの歓迎ぶりだった。
「おまたせー。といっても、ほとんどエイト君の作ったものなんだけどねー」
「やはり、料理スキルが高いとその差が出るか。美味しければなんでもかまわないが」
「美味しいぜ、ブルー。しっかり下味もついてるし完璧だ」
「食べるのが早いぞ、ソード。……主役は君なのだからかまわないのだが。さあ、皆も食べようか」
こうして、パーティは一層盛り上がっていく。
賑やかな時間が過ぎていき、宴もたけなわと言った所で、俺が一言切り出した。
「ソード先輩、俺からひとつプレゼントがあります」
「お、なんだ? プレゼントなら昨日、黄玉幻竜の装備一式をもらったはずだが?」
「あれとは別口ですよ。あっちは黄幻竜を確実に倒せるようにするための保険でしたから。今度のは、本当の意味でのプレゼントです。渡された時点ではあまり強い武器ではありませんが、育てれば強くなる、そんな武器です」
「……お前、俺にはもう育てる時間なんてねーよ」
うん、知ってますよ。
「なので、観賞用ですね。武器単体として見ても結構きれいですから」
そう言って、インベントリから取り出したのは、一本のロングソード。
透明な刀身は向こう側が透けて見える。
装飾も施された、観賞用としても確かに優れた武器だった。
「……へぇ、気に入った。こいつの銘は?」
「『龍魂之剣・無式』です。条件を満たせば名前がどんどん変わっていくんですが……」
「……まて、っていうことは」
「ええ、もちろんオリジナル装備ですよ」
俺のセリフにソード先輩は顔を押さえ、こういった。
「まったく、この期に及んで、うれしい贈り物をしてくれるな。引退するのがもったいなくなるじゃねーか」
「そう思うのでしたら、大学受験を終わらせたら復帰してくださいね。それの完成形を携えて待ってますから」
「おう、了解したぜ」
俺からのサプライズプレゼントで幕引きとなった壮行会。
ソード先輩にも喜んでもらえたし、よかったよかった。
なお、ブレンのやつにも同じ装備をせがまれたが、そっちには夏期講習が無事終了したらということで話をつけた。
これで夏期講習も真面目に受けてくれるといいんだけど……。
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