38.桜竜スプリングシャワー

 桜竜スプリングシャワー。

 実物はPVでしか見たことがなかったけど、桜色の体表が鮮やかな飛竜だ。

 ボスバトル形式で、レベルシンクの上限レベルは30。

 レベルシンクの値が示す通り、飛竜としてはかなり弱い部類に入る。

 最初に実装されたときも、強さを売りにしていた、というよりは、イベント装備を配布するためのボス、といった位置づけだった気がする。

 あの頃は、一時期桜竜装備ばかり作ってたし。


「ふむ、桜竜スプリングシャワーか。昨日も来たが、いつ見ても鮮やかだ」

「俺は初見ですけど、綺麗ですよね。……それで、攻略方法の説明とかは?」

「初戦は情報なしでもよかろう。君がミスをしても周りがサポートするからな」


 フォレスト先輩は今回も説明をしてくれるつもりはないようだ。

 赤妖精のときもそうだったけど、フォレスト先輩は初見を楽しむ気質のようなんだよね。


「とりあえず、五人でも勝てるんだ。お前が加わっても問題ないさ」

「だといいんですが。ソード先輩は不安じゃないんですか?」

「正直、お前がどう行動するか見てみたい」


 こっちも救い船は出してくれそうにない。


「ま、気にすんなよ、エイト。死んだら生き返らせてやるからよ」

「そうそう、細かいことは気にしないで楽しもうよ、エイト君!」

「はぁ。わかったよ。やれるだけやってみる」


 戦闘組のことはあまりあてにせず、自力で頑張ろう。

 例え消極的になっても、命、大事に。


「さあ、それでは開戦と行こうじゃないか、諸君!」


 フォレスト先輩の号令で戦闘が始まる。

 命大事に、命大事に……。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「そっちに行ったぞ、エイト!」

「いわれなくてもわかってます、ってぃ!」


 桜竜がランダムターゲットで吐き出してくる桜色の炎弾。

 今回は俺のほうに飛んできたので、なんとか躱す。

 この炎弾、着弾すると爆発して火の粉をまき散らす性質がある。

 この火の粉、桜が舞い散るみたいで綺麗なのだが、れっきとした攻撃である。

 この火の粉が舞い散っているエリアに入ると、HPに少しずつダメージが入る仕掛けだ。


「……まあ、俺たちは火属性耐性があるから、火の粉でダメージは受けないんですけどね」

「そういうこった。だからこそ、落ち着いて狩れるんだけどな」

「うむ。前に実装されていたときは対策装備がなかったから、ポーションを飲みながら戦っていたぞ」


 春休みのころに実装されたときは、赤妖精装備が出回ってなかった時期だものな。

 火耐性と言えばルビーのネックレスになる訳で、簡単には手に入るものじゃなかったと。


「……しかし、紅玉幻竜装備をつけての桜竜狩りは緊張感に欠けるな。紅玉幻竜装備禁止縛りで行くか?」

「そんなことしてどうするんだよ、フォレスト。時間がかかるだけだぞ?」

「少なくとも、あの火の粉を避けようとはするだろう。そちらのほうが楽しめそうだ」

「火の粉でスリップダメージを受けても、治癒の飴玉があれば回復しますよ?」

「うむむ……いまの我々では桜竜を狩るのはただの作業でしかないのか」

「そういうこった、諦めろ」


 フォレスト先輩にソード先輩とのんびり話をしているわけだが、サボっているわけではない。

 現在、桜竜は桜色の炎の渦に閉じこもっていて攻撃できないのだ。

 なので、散発的に飛んでくる炎弾を躱す以外なにもできないわけで。

 要するに余裕があるのだ。


「それにしても、随分簡単にHP50%まできましたけど、これで終わりってわけじゃないですよね?」

「もちろんだとも。……そろそろ終わりだな。あれを見ているといい」


 炎の渦が収束していき、中から桜竜が姿を見せる。

 そして、桜竜から爆発するように衝撃波が広がり、桜色の火の粉が周囲を覆い尽くす。

 桜竜のウロコは最初の鮮やかな桜色から、新緑を思わせる緑色に変わっていた。


「桜が散って葉桜というわけだ。ああ、周囲を漂っている火の粉にはダメージ判定があるから気を付けてな」

「でも、火属性耐性があれば効果がないんでしょう?」

「その通りだ。あとは、あの状態になったスプリングシャワーを退治するだけだ。いくぞ、二人とも」

「了解です。先輩」

「おうよ。さっさと一周目終わらせようぜ」


 一周目、という不吉な言葉を聞きつつ、三人散らばって攻撃を開始する。

 俺が狙うのは……その長い尻尾だ。


「居合連閃……一閃、二葉、三斬華、四死舞!」


 胴体と尻尾の先の調度中間あたり、【居合】スキル奥義『連閃』を発動させる。

 その効果は……。


「ギィィィエ!!」


 桜竜が一啼きしてバランスを崩して倒れ込む。

 俺が切りつけた尻尾は、見事胴体から切断されていた。


「いまのが【居合】スキルの奥義か? めちゃくちゃ威力が出てね?」

「かなりの高ダメージだったみたいだな」

「みたいだな、じゃないだろ。使った本人なんだからよ」

「いままでモンスター相手に使ったことがないんだから、放っておけ、ブレン」


 奥義『連閃』の効果は『【居合】スキルを納刀状態以外でも連続で使用できる』というものだ。

 勿論、一定の順番でないと使えないうえ、リズムゲームのようにタイミングよくスキルを発動させなければ、スキルの空振りに終わるという明確なデメリットがある。

 ……どうやらコンボで成功するとダメージボーナスがあるみたいだけど。


「いいよなー。刀も派手な必殺奥義があってよ。片手剣って奥の手が未だないんだよなぁ」

「……ソード先輩も別の武器に乗り換えます?」

「いやいや、俺は片手剣が好きだから」


 それだけ言い残し、ソード先輩も攻撃に参加しはじめた。

 片手剣は、奥の手といえる瞬間高火力技がない代わりに、平均的にダメージを与え続けられるという特徴がある。

 そう考えると、どの武器も一長一短があるわけで……どれがすぐれているとは言えない。

 そのあとも、桜竜への集中攻撃は続き、すべてのHPを削りきることができた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「うーん、なんとなく腑に落ちない」


 桜竜を倒し終えていざ解体となれば俺の出番だ。

 解体を俺ひとりですることはまったく問題ないのだが、その前段階でのモヤモヤ感が残っている。


「エイト君、難しい顔をしてどうしたの?」

「ああ、レイか。……いや、桜竜がやけに簡単に倒せたからさ。何かあるんじゃないかと」

「ああ、そっちの心配か。大丈夫だよ。桜竜スプリングシャワーはあれでコンプリートなのです!」


 レイが高らかに完全討伐を宣言する。

 ただ、なんというか、なあ。


「ボスってもう少し、最後になにかしてくるものじゃないのか?」

「そっちかー。エイト君って上位のボスしか行ってないものね」

「ああ、そう言われてみればそうだな。それで、そこのところ、どうなんだ?」

「下位のボスは、普通に倒せるような感じだよ。紅妖精……いまは紅幻竜か、あれみたいに死に際に道連れにしてきたりはしないよ」

「……そうなんだな。それにしても、あっさりしすぎというか」

「そこは私たちが全員火属性耐性があるからだよ。本当なら、後半戦は時間とともにHPを削られながらの戦いなんだから」

「……なるほどな。了解した」


 まったくその気はなかったが、ギミックを解除していたということか。

 それなら納得だ。


「それにしても、『連閃』ってカッコイイよね! 一閃から始まって……ええと?」

一閃いっせん二葉ふたば三斬華さざんか四死舞ししまい五刻ごこく六華閃ろっかせん七夕たなばた八刀やとう九頭龍くずりゅう。以上が基本コンボだ」


 一から始まり九で終わる『数え上げ連閃』である。

 ほかにも連閃パターンはあるけど、俺に使い分けろとか言われても無理。


「そんなにつながるんだね。さっきは……四死舞? で止めてたけどなにか理由があるの?」

「レベルシンクで四死舞までしか使えなかっただけだよ。五刻以降を使えたとしてもオーバーキルだったみたいだけど」


 そのあともレイと雑談をしながら解体作業を進める。

 宝石もポロポロ出るんだけど、スキルトレーニングを埋めるには雀の涙なんだよな……。

 千回単位でトレーニングをと要求されてるから本当につらい。


「解体はおわったかな、エイト?」


 丁度解体が最後の段階になったところでフォレスト先輩がやってきた。


「これが最後ですよ。それで、目的の物は手に入りましたか?」

「ぼちぼち、だな。いくつかは手に入っているが、まったく足りていないといったところか」


 なるほど、それは大変そうだな。


「『第二の試練の欠片』というアイテムなのだが、エイトは手に入れていないかね?」

「えっと、ちょっと待ってくださいね」


 インベントリの中を探してみるが、指定されたアイテムは見つからなかった。


「なかったですね。俺は入手できないのかも」

「ふむ、エイトは最初の試練をクリアしていないからな。そういうこともありうるか」

「ですね。……それで、このあとどうするんですか?」

「勿論、アイテムが揃うまでは周回だ。エイトもよろしく頼むぞ」

「やっぱり。了解しました。せいぜい足を引っぱらないように頑張ります」


 今日もまた一周では終わらなかったか。

 まあ、こういう日もたまにはいいだろう。

 毎日はゴメンだけど。

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